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【統計でみる銭湯】東京23区の銭湯(2022年11月版)

■ はじめに

本記事は、東京23区の銭湯数の推移など、ちょっとした数字を使って状況を見てみようという企画です。2019年から毎年秋から冬ごろにかけて更新しています。

2019年

2020年

2021年

2022年はウクライナ紛争によるエネルギーサプライチェーンの混乱、コロナ禍からの世界的な経済活動の回復で輸入材の価格を中心に各業界で原燃料調達に苦慮し、食品・半導体・肥料など数えきれないほど多方面で値上げラッシュが巻き起こった年でした。

帝国データバンクは、20年に引き起こったパンデミックへの緊急対策(優遇条件での特別融資、休業支援金、家賃猶予など)によるセーフティネットの弱体化に伴い、それまで低く抑えられてきた倒産件数のトレンドが22年の上半期に増加局面へ変化したとみており、足元の状況を「増加基調へシフトする端境期」と分析しています。

お湯を沸かす燃料費や、設備の電気代に多くのコストがかかっていると考えられる銭湯でも、やはり値上げがありました。そのような中、23区の銭湯はどのような動きを見せたのでしょうか。以下、簡単に見てみましょう。

■ 算出方法

算出ロジックは以下の通り。

  1. 東京都浴場組合の配布する銭湯マップ(2017年10月10日発行)に記載されている各区の銭湯数を整理する
    ※発行当時休業中のものは含む。スーパー銭湯、サウナ、岩盤浴など公衆浴場でないもの、組合に所属しない銭湯は対象外)

  2. 1.の銭湯数から、同組合がウェブで公開している銭湯廃業リスト(下記)を照合して各区で現在営業中の銭湯数を特定する
    ※このリストは、銭湯マップ発行後からの廃業銭湯のみを掲載しているため、基本的に漏れなく捕捉可能
    ※組合に廃業届を出すタイミングによっては、組合サイトに公開されていない銭湯が含まれるが、今回は22年11月末日時点で届出が完了しているもののみを対象とした

  3. 23区の人口を東京都総務局統計部から取得し、2.の浴場数とあわせて単位人口当たり銭湯数を算出する
    ※そのまま割ってしまうと桁数が非常に小さくなってわかりにくいので、人口1万人あたりの施設数を算出する

■ 体感より減っていない銭湯数

図1に、22年11月時点の廃業結果をもとにした各区の銭湯数の減少状況を示した。

図1-1:2022年11月の区別銭湯減少状況

21年10月から22年11月の約1年間で、23区全体では20軒の銭湯が廃業した。
この数値は、20年10月から21年12月にかけての減少数19軒と実は大きく変わっていない

また、各区の銭湯密度(人口1万人あたり銭湯数)も、数値・ランキングいずれも大きく変わらず、足立区と江東区が入れ替わる程度だった(図1-2)

図1-2:銭湯密度ランキング

ランキングがほぼ変わらない

冒頭で、原燃料の高騰が響き閉店が増えたのではないかと予想していたが、直観とは異なる結果となった。銭湯が急激な外部環境変化に負けず生き残っていることは喜ばしいが、逆にこの認識のズレは何に起因したのだろうか。あくまで仮説だが、筆者は以下の2点と推測する。

  1. 有名銭湯の廃業による「銭湯の斜陽化」認識の強化

  2. 入浴料値上げによるコスト転嫁の成功

■ 有名銭湯の廃業による「銭湯の斜陽化」認識の強化

1つ目の仮説は、「今年廃業した銭湯の中にはしばしばメディアで取り上げられる銭湯が含まれていたため、『銭湯全体がヤバいのでは』というバイアスがかかった」というものだ。

今年廃業した中には、所有する集合住宅を民泊用の宿泊施設として提供し、「銭湯に泊まろう」として一躍注目された北区の「殿上湯」(8月)や、

※殿上湯のレビュー記事はこちら

昭和の名横綱羽黒山が開業した江戸川区の「照の湯」(11月)があった。こちらは残念ながら未訪のまま閉店されてしまった。

このような名物銭湯が閉店したことが、印象を引っ張っていたのではないだろうか。

■ 入浴料値上げによるコスト転嫁の成功

二つ目は、入浴料の引き上げによって原燃料のコスト増加分を顧客に転稼したというものだ。

今年7月15日、都知事が定める東京都の大人入浴料は480円から500円へと20円値上がりし、ついにワンコインの臨界点に達した。増加率で言えば約4.2%である。この増加分が上がったコストを吸収できたのではないだろうか。

これを埼玉県が提供している価格変動分析ツールを用いて、簡易的に検証する。

産業連関表という、産業間の原料投入と製品算出の関係性を示した行列表に基づき、品目別の価格上昇が各産業や各財に与える価格変化を試算できる。
例えば、電気を大量に消費する鉄やアルミニウムなどの金属加工業は、電力コスト上昇の影響を強く受ける。

図2をご覧いただきたい。電気代が10%上昇したときに、物価が上がりやすい財やサービスだ。電炉を用いて製造する粗鋼、鋳鍛鋼など鉄鋼製品が上位に来ており、電気代が上がると金属製品が高くなりやすいことがわかる。

図2:事業用電力料金が10%引き上げられたときの消費者物価の上昇(上位のみ抜粋)

さて、銭湯は仮に人が入っていなくても開店時間には電気代やガス代または薪代といった燃料費、水道代が一定かかる装置型産業だ。これらの値上げ幅を、東京都が銭湯の価格や経営支援などを議論するために組織する「東京都公衆浴場対策協議会」の経営にかかる会計科目(令和4年度推定)から、

・電気代(価格分析ツールでは国内の「事業用電力」):25.58%
・ガス代(価格分析ツールでは国内の「都市ガス」):42.53%

のコスト増があったものとみなして試算した。

https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/chousa/yokujyo/kyougikai/documents/22-4siryou3.pdf

図3が試算結果である。

図3:電気・ガスの値上げによる消費者物価の値上げ幅(上位のみ抜粋)

銭湯が含まれる「浴場業」(図中赤枠)は全体の4番目に位置し、その値上げ幅は5.81%である。

グラフ上で1,2位の「都市ガス」「事業用電力」は入力した値上げ幅と同じだけ上昇しているため、波及効果による物価上昇率としては事実上、熱供給業(大規模ビルなどでヒートポンプ設備などを管理し施設内に熱供給する事業)についで2番目に高い

これを実際の施策と照らし合わせよう。今年7月の入浴料値上げ率が4.2%なので、原燃料費高騰に伴う(本来必要な)値上げ率5.81%を大半吸収出来ていると考えられる。少し足は出ているものの、銭湯の経営が絶望的に苦しくならずに済んでいるのではないだろうか。

また、銭湯の中には釜焚きに薪を用いているところもあり、これらはガス焚きの場合よりコスト上昇幅は小さかったのではないかと推定されるため、トータルでも推計値よりコスト上昇が緩やかだった可能性もある。

※ただし、銭湯は今や数少ない価格統制対象であり、実際には20円程度の値上げでは到底黒字化できない構造的赤字を抱えている。この議論に関する考察は稿を改めたい。

■ おわりに

毎回(だいたい)1年間の銭湯の減少を振り返っているが、今回はあまりにもランキングや数字が変わらなかったため、逆に変わらなかった理由を考察してみた。

コロナ、化石燃料の高騰にもかかわらず銭湯は案外しぶとい。けれどしぶといだけではやはり限界があることも事実で、次回は銭湯の生き残りについて、しっかり考えてみたい。

ここまでお読みくださりありがとうございました!今年もよろしくお願いします。

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