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だから私はお店を辞めた

一番の理由は「納得」できたから

二人でお店を始める際に決めた、絶対に譲らないコンセプトは「とにかくおいしいものを作る」、「利益ばかりを求めない」、「一人でも多くの人に十勝の小麦のすばらしさを伝える」という3つである。

とにかくおいしいものを作る
私たちは開店から閉店する日まで、常に自分たちが自信を持って提供できるものを追求し続けた。製パンの工程や、配合、原料にとにかくこだわった。自分たちが持っている知識や技術を総動員して、どのメニューも自信を持って提供できるクオリティに仕上げることができた。
私たちのカフェで使っていた小麦粉は十勝産の「ゆめちから」と「キタノカオリ」という品種である。ゆめちからは強力粉よりもさらにグルテン形成能力が高い品種であり「超強力粉」と呼ばれている。一般的に他の小麦粉とブレンドして使用されることが多く、ブレンド比率をうまく調整することで生地はもっちり、ふわふわなものとなる。「キタノカオリ」はその名の通り、小麦本来の香りが高く、パンを噛み締めるたびに小麦粉由来の香ばしく、甘い味わいが楽しめる。この2種類の小麦粉の特徴を製パン工程や配合を工夫することによってうまく引き出し、Goshi松の看板商品であるバゲットは完成した。
二人が今まで自分たちのバゲットに自信を持っていられたきっかけはいくつかある。
カフェのプレオープンの日。その日はメニューを限定してバゲットのみを提供していた。来てくださったお客さんの一人が僕たちのバゲットを食べて帰る際にかけてくれた言葉は今でも忘れない。「私はこれまでバゲットは好きではなかった、でもこのお店のバゲットなら食べられる、本当に美味しかった」と
その方は私たちのバゲットを娘さんや、友達にもぜひ食べさせたいと言ってお店に一緒に来てくださった。

もう一人の常連さんにかけていただいた言葉が「君たちのバケット、味付けないのが一番うまいじゃん」である。私たちのカフェのメニューの一つにガーリックトーストがあるが、お酒にも合うように濃いめの味付けにしていた。それを食べた常連さんが、「せっかくこんなにパンがうまいのに、ほかの味をつけてしまうのはもったいない!」と言ってくださった。バゲットにとにかくこだわっていた二人にとってこの言葉ほどうれしいものはなかった。

カスクルート5

利益ばかりを求めない
商売なのだからやはり利益は出さなければいけないし、正直売り上げが二人のモチベーションに繋がっていた時もあった。しかし、私たちは順調に売り上げを伸ばし、軌道に乗ってきたところで閉店を決意した。
私たちのカフェのフードメニューはすべて600円である。正直言ってもっと利益を出そうと思えば、もう少し高い値段設定をした方が良いし、料理のクオリティも600円とは思えないレベルの高さだと思う。
それでも、二人は値段設定を変えることは絶対にしなかった。それは、二人が一番求めていたものは利益ではなくて、より多くの人においしいものを届けるということだったからだと思う。フードメニューが600円でドリンクを合わせても1000円くらいで十分満足できるなら、大学生や留学生も気軽に来ることができるし、2品頼んだとしても他店で夕食を1品食べるのと同じくらいである。
実際に、私たちのカフェは多くのちくだい生や留学生にも来てもらうことができた。畜大から街中へは車で20分くらいかかるので夕食を食べるためだけにわざわざ駅前まで来るということはちくだい生はあまりしない。しかも、近くの駐車場に車を停めるとなると駐車料金もかかってしまう。そんな状況の中でも、こうやって大学生から社会人、留学生まで幅広い層に来ていただけたのは、私たちが利益だけを追い求めなかった結果なのではないかと思う。

一人でも多くの人に十勝の小麦のすばらしさを伝える
私たちのカフェは定期的な宣伝や広告などはほとんど行っていなかった。一応、FacebookページやTwitter、インスタグラムのアカウントを作成していたが、ほとんど更新をしていなかったのが現実である。にもかかわらず、毎週お客さんに来ていただけるような常連さんや、噂を聞きつけてきてくれる方がいた。もしかしたら、もっとSNSを有効に使ってうまく宣伝すれば、もっと多くの方に来てもらえる繁盛店になったかもしれない。でも、私たちは毎週来てくれる常連さんや、友人にも食べさせたいと言ってくれるお客さんを大切にしたいと思っていたから、口コミでお店に来てくれるのを待つことにしていた。
知り合いに薦められたから来てくれた方や、私たちが発信していた最低限の情報を頼りにお店に来てくれた方は、本当に私たちのお店に興味を持って、応援してくださる方たちで、そういう方々が「本当に美味しいよね」とか、「どうやったらこんなに美味しくできるの?」とか、「ほかのバケットとはどう違うの?」とか言ってくださることもとても多かった。「絶対に食べさせたかったからともだち連れてきたよ」と言って何度もお店に来て下さる方もいた。
そうして私たちのお店を好きになってくださった人々が目に見えて増えていったことが単純にうれしくて、何よりも幸せだった。一方で、これ以上お客さんが増えたり、手を広げてしまっては、今いるお客さんを大切にできなくなるとも思っていた。これは次に話す9月でお店を辞める理由にも関わるものである。

お客さんが友達を連れてまた来てくれた。そうして一人、また一人とお店を好きになってくれる人が増えた。応援してくれる人が増えていき、自分たちがこだわって作ったおいしいものを伝えることができたと実感し、納得できた。派手な宣伝や広告をしなくても、おいしいものをしっかり作れば、認めてくれる人がいることが判った。それできっと、自分たちの中で満足できて、納得して、お店をもう辞めてもいいかなと思った。

これまでのものをもうできないという限界

もう一つの私たちがお店を辞めることにした理由は、これ以上続けても今まで通りの経営をすることは難しいと思ってしまったからである。
二人の本業はやはり大学での研究であり、本業に支障が出ない程度にカフェができればと当初は思っていた。しかし、うれしいことに毎週お客さんが来てくださり、予想以上に繁盛した。おいしいものを食べたいと思って来て下さるお客さん一人一人の期待に応えるために、毎週メニューを見直し、修正し新メニューの開発にも日々取り組んでいた。営業日は週に1日だけだったがカフェにかける時間はとても多くなり、本業の研究にかけられる時間は日に日に減っていた。それに加えて10月以降は二人ともさらに忙しくなり、カフェのために使える時間は今よりも減ってしまうことが判っていた。
そう思ったときにちょっと無理をしてまで続けたとしても、今まで通りの想いを持って、今まで通りのクオリティの料理の提供するのは難しいのでないかと思ってしまった。そして、これまでお店を好きになって来てくれていたお客さんにも失礼になるとも思った。それと同時に、自分たちができることをしっかりとやれてきたし、もうこれ以上は求めなくても良いかなという満足感を感じることができた。

だから私はお店を辞めた。

かっこいい終わり方をしたい

お店を辞めようかと二人で決めたのも、お店を始めようと思った時と同様でいきなりだった。
私が「カフェどうする?」と五嶋君に聞いたら彼も「もういいんじゃないですか」と言った。二人とも満足感があって、もう二人でできるのはここまでだなという実感があった。
そして、何よりも閉店を惜しんでくれるお客さんがたくさんいた。コワーキングスペースのマネージャーも何とか営業日を減らしてでも続けたらどうかと提案してくれた。
「惜しまれるくらいで辞めるのが一番いい」と私は思っていた。「もういい加減、辞めてもいいんじゃない?」と人に言われてからでは、辞める理由が自分たちではなくて、きっと人に言われたからになってしまう。私たちは自分たちで決めて、お店を閉めたかった。だから経営が順調な時に辞める決意をした。それがなんか、「かっこいい終わり方」と思っていた。スポーツ選手も周りからもう辞めていいと思われたころには、パフォーマンスは全盛期から落ちている時だと思うし、本人も実は限界を感じている時だと思う。私たちも、もう自分たちの限界がいずれ来ることが判っていたので、二人が満足してやり切ったなと思える今が、二人にとってのお店を辞めるベストなタイミングだった。

ここまでの文章はお店をやることを決めてから、時間をかけて振り返りながら書いた文章である。
最後の文章は、9月26日に最後の営業日を終えた後に書きたいと思う。きっとその時の想いを皆さんに伝えるのが一番良いと思うので。

今まで本当にありがとうございました

満足感と、そして感謝
いつも通り、カフェ終わりに五嶋君と飲んでいます。飲みながら今日の最後の営業日を振り返ろうと思います。
まず今日、カフェ終えて一番感じているのは「満足感」と、そして「感謝」です。
カフェオープン初日以上に忙しい日でした。でも、二人で何とかオペレーションできました。そこで何となく成長も感じられたかなと思っています。「自分たちのやりたいことをやり切った」という満足感で今はいっぱいです。

今日は本当に多くの方に来ていただきました。常連さんはもちろん、新規の方も最終日というのを聞きつけて来てくださいました。常連さんの中には泣いてまで閉店を惜しんでくれる方もいらっしゃいました。私たちのカフェは本当に多くの方に支えてもらって、愛されていたのだと感じることができました。今まで本当にありがとうございました。バタバタの最終日でしたが、来て下さったお客さん一人一人に感謝の気持ちを伝えられてよかったです。

次に繋がる
いったんはGoshi松というカフェは区切りが付きます。でも、皆さんに経験させていただいたこの貴重な体験は、私たちにとって本当にかけがえのないものになりました。
私たちはこの経験を必ず、次に繋げます。きっと二人ともこれからも「食」に関わっていきます。皆さんにかけがえのない経験をさせていただいたからには、中途半端なことはできないなと思いました。これからも「自信を持っておいしいと言えるもの」を追求していきたいと思います。

最後に
本当に、今までありがとうございました。突然の閉店にもかかわらず、足を運んでいただいたり、来れないけどメッセージをくれたりした方もたくさんいました。私たちの都合でお店を辞めることは、今まで応援してくださった方には失礼になってしまったと思います。申し訳ありません。
でも、今日、皆さんに来ていただいて、皆さんの言葉を聞いた時、私たちは自分たちの伝えたかった「本当に美味しいもの」を伝えられていたんだと感じました。

今まで、本当に、本当にありがとうございました。

もう少し、五嶋君と飲んでから今日は寝ます。


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