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父との会話

ゴルフコースを周ったことはない。しかし、ゴルフレンジなら10回以上は行ったことがある。だからかもしれないが、それなりにゴルフボールを正しいフォームで飛ばすことが出来る。

僕は小学生から剣道をしていた。中学まで続け、高校は陸上部に所属していた。剣道での父は師範であった。正直言って、父に剣道について詳しく教わった記憶はない。

怒られたわけでもない。けれども褒められた記憶もない。ただ、他の人にはしっかり教えていた。息子には放任主義だったのかもしれない。

僕自身も、父にとやかく言われるのは嫌いだった。あくまで、師範よりも父として居てほしかったのかもしれない。

このことから、父との会話自体も少なかった。母とはよく喋ることが多いのに。

しかし、たまに剣道や陸上の練習がなかった日曜日の午後、「一緒に打ちっぱなしに行くか!?」と父はよく声を掛けてきてくれていた。

初めは小学4年生の頃だっただろうか。ただクラブを振り回してもゴルフボールにすら当たらなかった。みかねた父は僕に、手取り足取りフォームを教えてもらった。

意外な姿だった。剣道ではそういった指導を一切受けて来なかった僕にとって、父の指導者としての力は僕の想像を超えていたのだ。

その日の内に僕はフォームを身につけて、ある程度まっすぐにゴルフボールを飛ばすことが出来ていた。

「剣道でも僕にそうやって教えてくれたら良いのに。」今思えば、自分から主体的に動けていれば何か変わっていたのかもしれない。

このように、たまに行くゴルフレンジが僕と父が唯一会話を多く交わす場所になっていた。

だが、中学や高校の部活では日曜に休みなどあるわけもなく、次第に行かなくなっていた。例えその日が休みだったとしても、試験勉強や彼女に気を取られていた僕は、父の誘いを疎ましくも思っていたのだ。

そんなこんなで時間は過ぎて行った。僕は浪人を経験した後、地元を離れ県外の大学に進学をした。

実家に帰るのは年末年始くらいであった。例え帰って来たとしても、地元の友人と朝まで酒を酌み交わし、父との会話は「ただいま!」くらいであった。

大学3年生になった僕は就職活動を始めていた。その時、母とはよく話していたため、どういう成り行きで母が今に至るのかを知っていた。

しかし、父については皆無である。母に尋ねても、「本人に聞いてみるのが1番だよ。」と言うだけである。

父は祖父の会社を継いでいる。男1人だから致しかねないことだ。もし、そのような「しがらみ」という表現が適切でないかは分かりかねるが、「しがらみ」がなかったら何をしたかったのだろうか??

その答えを聞く余裕は僕にはなかった。なぜなら就職活動は上手くいかず、結局50社以上にお祈りメールを頂いていたからだ。

コロナのせいにはしたくなかった。自分の何かが足りないから。企業の条件を満たせていないからなんだと言い聞かせた。それでも、相手に合わすような生き方をしたくないと思っていた僕は、就活であろうと妥協はしないと決めていた。まぁ、頑固すぎたのが1番だと思うけど。

なんやなんかで就職先も決まり僕は地元ではなく、進学した大学先の近くでもなく東京に行くことにした。

「いつかは地元に帰る。それまでにいろんな経験を積んで人として成長してみたい。」

それが僕の東京に決めた1番の理由だ。

大学4年の年末年始。

おそらくこれが最後の帰省になるかもしれない。仕事は休みがあまりない業界に就職が決まったからだ。また、東京から地元に帰るには少々手間が掛かる。

帰って来た初日、父は何を思ったのか懐かしい言葉を掛けてきた。

「ちょっと打ちっぱなし行くか!?」

僕は即答で行くと応えた。

久しぶりに訪れたゴルフレンジは、何も変わって匂いと景色が広がっていた。

いつものように2階の端っこへ向かう。

そして300球をひたすら打ち続けた。

「全然、フォームがなってないぞ!」

真っ直ぐゴルフボールを飛ばせない僕をみかねた父は、手取り足取り僕に正しいフォームを教えてくれた。

教えられた通りに僕はグラブを振った。

真っ直ぐ奥まで飛んでいったゴルフボールを見た僕は父の何かを知れたような気がした。

帰りの車の中、父にこう尋ねた。

「父さんは今楽しいの?」

父は顔色を変えず答えた。

「まぁ、それなりに楽しいかな。」

「ツンデレだな。」そう思った。

結局、帰省期間に父と深く話す事は出来なかったが、一緒にゴルフレンジに行けたことが良い思い出となった。

帰省が終わり、母に車で送ってもらう時あることを言われた。

「父さんに息子たちと何かしたいことないのって聞いたら〜、一緒にゴルフコース周ってみたいだってさ!!」

僕はただ笑った。

「やっぱ、ツンデレだろ。」

4月から社会人になった僕は、新入社員研修をすぐさま終え、現場で毎日業務を遂行している。

いつ地元に帰れるかは分からない。

けれども、たまに鏡を見ながらシャドウでゴルフボールを打っている。

「少しくらい覚えておかないとな。」

ゴルフコースを周る前に、もう少し父とゴルフレンジで練習したいものだ。



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