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死刑執行人から学ぶ矛盾の使い方、合気道で考える運命を支配する方法

合気道とはバランスを大切にする武道だ。
表と裏、陰と陽、天と地、両極端を学んでそのはざまに立つ。
それは何も戦いに限った話ではない。人生だってバランスを取らなきゃいけないのだ。
てなわけで、今回もめちゃくちゃ極端な人生を送った人物を参考にしながら合気道的な人生のバランスを取って支配する方法を考えよう。

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今回取り上げるのはフランス革命でルイ十六世の首をギロチンで落とすことになった死刑執行人シャルルアンリ・サンソンだ。
この人は生まれた時から死刑執行人になることが定められており、そしてフランス革命という社会の大転換に巻き込まれたためにに、矛盾に満ちた人生を送っている。

死刑執行人の表と裏

犯罪者を拷問し首をはねる死刑執行人は当時のフランスでは世襲制であり、当然ながら世間からは忌み嫌われる。
なにしろ犯罪者への拷問、死刑の執行、死体の処理まで一手に引き受けているのだから、触れることすら恐れられるような存在だった。
学校に受け入れて貰えず、出自を隠して入学しても身分がバレれれば退学になる。店では物も売って貰えず、病院にも受け入れて貰えない。
じゃあどうするか? すべてを自力で調達する。
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荒木飛呂彦著
『ジョジョの奇妙な冒険第七部 スティールボールラン』より抜粋

サンソンはスティールボールランのメインキャラクターである
ジャイロ・ツェペリのモデルとしても有名。

死体の処理も請け負っているから解剖学を学び、医療技術を手に入れ、死にかけた神父を救って家庭教師にして、貴族を治療して貧民にはパンを配る。先祖代々、死刑執行人として生きるための術を受け継いでいく。
貴族並みかそれ以上の教養、剣と拷問の技術、当時の医師を遥かに凌駕する医療技術、処刑した犯罪者の家族や民衆から恨まれない方法。

死刑執行人として生きるということは、それだけで多くの重荷を背負うことでもあった。サンソンの一族は死刑執行人でありながら誰よりも死刑制度の廃止を願っていた。

運命の皮肉

何度も死刑の廃止を申し出たサンソンだったが、フランス革命の直前に訪れたチャンスでは議員投票で否決される。
この投票で死刑に賛成した議員たちの中には、その後に自分たちが投票箱に自分の首を投げ込んでいたことを知る。

残酷な処刑をやめさせて人道的に人を処刑するためにルイ十六世とギロチンの発明家ルイ博士と共に開発したギロチンはその後にルイ十六世の首を落とし、剣では到底できなかったであろう自身が精神を病むほど多くの人を処刑してしまう。

死刑廃止を願っていたにも関わらず、誰よりも多くの人間を処刑することになるとは夢にも思っていなかっただろう。
ただ、フランス革命が起こり社会の大転換が行われ、直接の上司であった裁判官すら処刑されたにも関わらずシャルルアンリ・サンソンは処刑されなかった。誰も処刑人を処刑することができなかったのだ。

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当時の風刺画
誰もサンソンを処刑できないので、
サンソンは自分で自分をギロチンにかけている。

矛盾を支配する

シャルルアンリ・サンソンが自分で自分を処刑せずに済んだのにはいくつかの理由がある。
処刑した多くの犯罪者をケアしており身内からは感謝されていたこと。
貧しい人にパンを与え、無償で治療してやっていたこと。
彼は王の僕でありながら一部の民衆からも評価されており、そして替わりのいない唯一無二の職人だった。

本人は死刑制度に反対しながらも処刑人として生きる運命を余儀なくされていたけれど、処刑人として代々受け継いできたあらゆるものが彼の生存の役に立ったのである。
処刑人という大きなマイナスを補うために行われた多くの活動が彼の運命を変えたとのではないだろうか?

矛盾というのはそれを両方手にした時に強みに変わる。
矛盾とは何でも貫く矛と、何にも貫けない盾をぶつけることから来ている。道理が通らないという意味だ。
しかし、何でも貫く矛と何にも貫けない盾を一人の人間が装備したらどうだろう?

まとめ

自分に甘く他人に厳しい人は発言に矛盾が生じる。そういう人の評価が低いのは自分の矛盾を自覚していないことが、相手にわかってしまうからだ。

自分に甘くて他人に厳しいということを公言できる人は強い。それはある意味では自分の弱さを知っているからで、そこにつけいられない。

合気道は矛盾の稽古だ。表と裏、陰と陽、その両方を稽古してその中心をさぐる。それは矛盾を理解して自分のものにするためではないだろうか?



おわる


ロシアのドーピングに関わった反ドーピング機構所長も同じような話だ。


マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?