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人類の起源の最新研究

日進月歩で進んでいる学問分野の一つが、進化人類学ではないでしょうか。
そこで最新の研究成果を知りたいと思い、国立科学博物館館長の篠田謙一著『人類の起源』(中公新書)を手に取りました。
2022年2月に初版が出版されましたが、私が読んだのは第6刷、出版の一年後くらいでしょうか。すぐに通読したものの、たくさん出てくる人類名や地名に圧倒され、ほぼ流し読みでした。それではいかんと、意を決して再読しました。
十分に理解できたとは言えませんが、備忘録として感想を残しておきます。


人類史に興味を持ったきっかけは

私が人類史に興味を持ったきっかけは、『大地の子エイラ』(ジーン・アウル著)に学校図書館で出会ったことでした。
今から3万年前、家族と死に別れた新人のクロマニヨン人のエイラが、旧人ネアンデルタール人の部族に拾われ育てられるところから始まる壮大な物語は、高校生だった私を夢中にさせたのでした。
当時、人類の進化の道筋は多地域進化説が大勢でした。そんななか、複数の人類が同時に存在していたことや旧人と新人の混血を描いたこの児童文学は、先見の明ありと思うのです。今から見れば、時代的な制約や西洋の固定観念から逃れられていないところもありますが、私が人類史の最新研究を知っておきたいと思うきっかけとなったのですから、文学というのはすごいですね。


特におもしろく思ったこと

本書を読み、新しく知ったことはたくさんあるのですが、そのなかで特におもしろく思ったことをまとめてみました。


人類は移動するものだ!

ホモ・サピエンスが、グレード・ジャーニーの末、地球上に広がっていったことは知っていたのに、一度そこにいついたホモ・サピエンスは、大きくは移動しないようなイメージを持っていました。でも、そんなことはもちろんありません。
移動には様々な理由があるのでしょう。気候変動だったり、人口が増えたことだったり、新たな、例えば農耕など新たな生産手段が生まれたことだったり…
こうした集団の移動は人々に何をもたらすのでしょうか。終章には、文化や政治体制の変遷と遺伝的な移り変わりについて、次のように書かれています。

文化と集団の関係性を考えるとき、さまざまな類型が考えられます。たとえば、文化だけを受け入れて集団を構成するヒトは変わらないというパターン、集団間で混血が行われるパターン、さらには完全な置換などです。

『人類の起源』p.265

移動したら必ずこうなるということではないのですね。

世界史で「ゲルマン人の大移動」を習いましたが、どうにも腑に落ちないできました。移動の理由や、なぜ西ローマ帝国が崩壊したかなどはさて置き、移動すること自体は人類史をみれば普通のこと。
ただ、現在につながるヨーロッパの国々の基礎ができたという点で、特別扱いされているために、唐突感がありしっくりこないと感じるのかなあと思いました。


クロマニヨン人が現在のヨーロッパ人になったわけではない

前項の気づきとも関連するのですが、ヨーロッパも何度も人類拡散の波にさらされました。最新の研究では、現在のヨーロッパ人につながる遺伝子は、およそ5000年前の東ステップ地域からもたらされた移住の波だったというのです。

この地域は、中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部まで続くステップ地帯です。およそ4900〜4500年前に、その中のハンガリーからアルタイ山脈のあいだに広がる地域で、ヤムヤナと呼ばれる牧畜を主体とする集団の文化が生まれました。その中心は現在のウクライナになりますが、馬や車輪を利用することで瞬く間に広範な地域への拡散を成し遂げ、ヨーロッパの農耕社会の遺伝的な構成を大きく変えることになったのです。

『人類の起源』p.144

さらに、インド・ヨーロッパ語族の祖語が、このヤムヤナ集団だったのではないかという説もあるとのことで、古代ゲノム研究は、歴史学や言語学に大きな影響を与えるのだと、興味深く思いました。


縄文人と弥生人

歴史好きであれば、思わずしゃべりたくなる話題の一つではないでしょうか。
私は土偶や縄文土器を見るのが好きですし、日本列島に長いながーい時を生きた集団があったことに、興味を抱かずにはいられません。どんな文化・社会だったのか、言葉は、地域間の交流は、どんな精神性を持っていたのか…
さらに弥生時代がどう始まったのかにも関心があります。

なるほどと思ったのは、渡来人がどのように大陸からやってきたのかという点です。

日本列島の内部で、弥生時代以降に渡来系集団が東進して従来の縄文集団を吸収していったと考えた場合、各地に残る縄文人の遺伝子を次々に取り込んでいったことになります。そうなると、そもそも北部九州の渡来系弥生人※は、現代日本人と同じ程度に縄文人のゲノムを保持していたわけですから、その後も縄文系のゲノムが増えていけば、主成分分析の図上で現代日本人がより縄文人によった位置に来るはずですが、実際はそうなっていません。
この結果を踏まえれば、弥生の中期以降にも大陸から多くの人々の渡来があったと想定しないことには、現代日本人の遺伝的な特徴を説明できません。考古学の分野では古墳時代にも渡来があったと予想していますが、これまでの人類学の研究では明らかにすることができず、弥生時代以降の渡来の実態については謎に包まれていました。しかし、核ゲノムの解析からも弥生時代以降の渡来の事実が予想されたことで、現代日本人の形成のシナリオは、弥生から古墳時代における大陸からの集団の影響をいっそう考慮したものになるでしょう。

『人類の起源』p.219

※福岡県那珂川市の安徳台遺跡の女性のゲノム解析の結果。朝鮮半島や中国の現代人に似たものになるだろうという予想を覆し、現代日本人の範疇に入るものだったと判明。

弥生時代から古墳時代に多くの渡来があったという事実は、日本列島のクニが、どのように形成されたのかということと切り離しては考えられません。さらなる研究を期待します。


先住民族であるアイヌについて

古代ゲノム研究が進む前から、日本列島にどのように人類がやってきたかについて、二重構造モデル、大陸から渡来人が流入し、元々住んでいた縄文人は、列島の中心部から南へ北へ追いやられ、周辺部にその特徴を残していると考えられてきました。
ゲノム研究の結果からも、縄文人に由来するゲノムが琉球列島集団は30%、アイヌの人々にいたっては70%にもなり、大きな枠組みとしては二重構造モデルが支持されていると言ってもよいのかなあと思います。
ただし、本書の中では、日本列島それぞれの地域には異なる文化や歴史があること、地域別の集団の成り立ちをみていく必要があると述べられています。

特にアイヌの人々は、カムチャッカ半島から集団の流入があり、遺伝子的に影響を与えていることがわかってきました。
気をつけないといけないのは、北方の人々との混血があるという研究をもとに、アイヌは先住民族ではないという言説が、ネット界隈で流布されていることです。いや、ネットだけではなく政治家もいますから、より深刻です。
先住民族への迫害や同化政策、植民地支配などは政治の問題であり、真摯な謝罪と対策が求められているのではないでしょうか。
科学を装ったヘイトへの警戒心を忘れてはならないと思っています。


終わりに

篠田氏が伝えたいことは、もちろん題名にあるように「人類の起源」であり、私たちの来し方行く末を知ることにあると思うのですが、遺伝的な差異を根拠に「人種」や「民族」を差別することの意味のなさ、愚かさについても言及されています。
さらに「人種」というカテゴリーには生物学的な実態はないということ、「民族」という言葉で括っている世界各地の集団が、DNAから見ると、まったく性質の違う集団の集まりというケースがあるというのです。

終章でも、人類の起源と拡散を研究するために地域集団の遺伝子の違いに着目ているだけで、集団間の違いには積極的な意味がないと言っています。
このことと、様々な集団が、地球上のあらゆる場所に適応しながら、豊かな文化を持ち生きているという両面を、私はホモ・サピエンスの生物としてのユニークさと強靭さの表れと捉えていきたいと思っています。

人類の起源への探究を、よりよい社会への道しるべとしていかせるよう、今後も注目していきます。


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