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ドラマ・シナリオ「隣町の難民キャンプ」

○新大久保駅・全景

○上村医院・外観
   裏通りにある古い医院、奥は住居になっている。
   「上村医院」「内科・小児科」「英語・中国語・韓国語・タイ語
           対応可」の看板が出ている。

       登 場 人 物
       上村真悟(38)医師
       野島 徹(38)社会運動家
       久田恵子(30)看護師
       スー・チ・ユウ(35)ミャンマー人
       イェン・チ・テン(2)スー・チ・ユウの娘

○同・診察室
   上村真悟(38)がイェン・チ・テン(2)の診察をしている。
   心配そうに見ているスー・チ・ユウ(36)。
上村「中耳炎ですね。お薬だしときますから大人しく寝てるんだよ」
   上村がやさしくイェンの頭をなでる。
   上村、スーの方を向き
上村「難民申請はどうだった?」
スー「今度もダメでした。また3か月の在留特別許可がでただけ。 
   先生、あの…」
上村「ここの支払いのことはいいから。
    それより、スーさんの心の方が心配だ。
     顔色も悪いし、こないだ出しといた安定剤、まただしておくから。
     気をしっかりもって。」
   スーは涙ぐみながら深々とおじぎをする。
   久田恵子(30)に手伝われてイェンの手を引いて
           診察室を出ていくスー。
   恵子がカルテを整理しながら、
恵子「先生ってば、やさしいんだから」
   肩をすくめる上村。
上村「子どもの方はたいしたことないが、母親の方が重症だな」
恵子「ビザがとれて健康保険にだけでもはいれれば、
    気が楽になるでしょうけど」
   上村と恵子が同時に溜息をつく。

○同・正面玄関
   「本日の診療は終了しました」の看板。

○同・待合室
   壁には、アフリカの子どもたちの写真が飾られている。
   それを見ている野島徹(38)。
   恵子が野島の後からに近づき横に並ぶ。
恵子「どう、なつかしいでしょ」
野島「ああ、思い出すなあ。これみんな、君が「国境なき医師団」
   にいたころに撮った写真だろ。
 俺もよく難民キャンプによらしてもらっていたっけ。」
恵子「自分探しの旅とかいって、世界中放浪していたあなたが、
    今では内閣府参与とは。まるで現代の坂本竜馬ね」
野島「君の方こそ、日本なんか狭苦しくて息が詰まるって言ってた
     くせに、ずいぶんと落ち着いたよな。ここにきてもう二年か」
恵子「きっと、この街が魅力的なのね」
野島「それだけかな、君をひきとめてるのは」
   恵子、驚いたように野島を見る。
   上村が診察室から顔を出す。
上村「悪い、野島、もう少し待っててくれ」
   野島、にっこり笑って片手をあげる。

○「アジア屋台村」・外観(夜)
   多国籍料理の居酒屋。「アジア屋台村」のプレート。

○同・中
   コックも店員も外国人である。
   上村と野島が並んで酒を飲んでいる。
野島「そうか、もう四年になるか。
    親父さんが倒れて、診療所継いでから」
上村「親父は多摩にあるナーシングホームに入ってる。
 自分の親は自分では診れないっていうのも皮肉な話だ」
   グイっとグラスをあける上村。
上村「前からいた看護師がやめたとき、お前が久田さんを
    紹介してくれて、本当に助かったよ。
    彼女、語学が堪能だし、明るいし」
野島「美人だしな」
   上村、思わず頬を赤らめる。
野島「まったく、いまだに進展なしか。あいかわらずだな。お前も」
   苦笑いをしてグラスを空ける野島。
    ×   ×   ×
   壁の時計が十時三十分をさす。
   野島と上村の前には酒瓶が並んでいる。
上村「無理だよ。俺には。開業医のでる幕じゃないだろ。
 政治の世界は」
野島「日本の医療制度はもはや断末魔だ。
 もちろん、医療に限ったことじゃない。
 この国が改革を急がなくてはならんのは周知の事実だが、
 頭の固い年寄り連中が考えることはいつも弱者の切り捨てばかりだ」
   グラスを握り締める野島。
野島「改革といっても、肝心なところにメスを入れなければ、
   何も変わりはしない、このままじゃ、この国自体が、
   もはや手遅れですと宣告されるのも時間の問題だ」
   野島、ぐいっとグラスを飲み干す。
野島「この俺に内閣府参与にならないかという話が来た時、
   これはチャンスだと思った。上村、お前の力を借りたい」
   野島、上村を見つめる。
野島「大学病院を辞めたとき教授さえもがお前の腕を惜しんだ。
 日本人だけじゃない外国人からだって慕われているのも知っている。
 お前はただの医者じゃない。
    話を聞きたいと思っている人たちはたくさんいるんだ」
   上村、首を横に振り、グラスを傾ける。
上村「俺はそんな立派な医者じゃない。
 なあ、医者ってなんだろう。
 どんなに医学が進歩したところで病気に苦しむ人はなくならない。
 社会が病人を作っているのだから。
 なのに、時代は変わっても医者は聖職者扱いだ。
 人は病にかかれば聖職者を求めるものらしい。」
   野島が上村のグラスに酒を注ぎ、
野島「上村医院では、金がない、保険証もない患者でも診てくれると
    評判だ。
 しかし、貧困問題は、個人の力ではどうしようもない問題なんだ。
 社会システム自体を変えることが、貧困をなくすことにつながるんだ。
 頼む。上村、ぜひ力を貸してくれ」
   考えこむ上村を野島が見つめる。

○上村医院・診察室
   上村が診察に入る準備をしている。
   そこに、恵子が入ってくる。
恵子「昨夜はだいぶ話がはずんだようね」
   上村、顎をさすりながら、
上村「ああ、二日酔いさ。まいった」
   恵子、思わず噴き出す。
上村、真剣な顔になり、恵子を見る。
上村「俺、野島の話に協力してみようと思う。
 自分でも柄じゃないのはわかってる。
 だけど、誰かがやるのを待っていても何も始まらない。
 これも、あいつとの腐れ縁と思って、
    行けるとこまでいってみるつもりだ」
   恵子、上村をまっすぐ見つめる。

○上村医院・外観(夜)
   T三カ月後
 
○同・診察室(夜)
   上村がベットに寝て、点滴を受けている。
   恵子が氷枕を持って入ってくる。
上村「近づいちゃだめだ。うつったら大変」
   恵子、かまわずベットの横に座り、上村の氷枕を変える。
   神妙な顔の上村。
恵子「この熱は間違いなく過労からです。
 最近、睡眠時間もろくに取れてないじゃないですか。
 まさに時のひとになった先生が忙しいのはのはわかるけど、
    自分の体は自分で守らないと」
   バツが悪そうに布団にもぐりこむ上村。
恵子「新法案策定のためだといって、マスコミの取材を受けるのでも
 大変なのに、他の病院への紹介状を書くのも寝ないでやってるし…」
   溜息をつきながら布団を直す恵子。
上村「以前のように、診察することができないのはわかってたつもり
 だったが…。残念だが、ここも当分、休診にしなくては。」
   上村がじっと恵子を見つめる。
   恵子が上村のおでこに優しく手を当てる。
恵子「まだまだ、熱があがりそうね」
   恵子が手を引っ込めようとすると、上村がその手をつかむ。
上村「待っててほしい。新法案さえとおったら、
 俺は、必ずここに戻ってくる。」
   うなずく恵子。見つめ合う2人。

○同・正面玄関・外
   「当分の間、休診いたします」の看板。
   スーがイェンの手を引いてやってくる。
イェン「しぇんしぇ、いないの?」
   スーうなだれて、イェンと去っていく。

○同・上村家・真悟の部屋
   スーツ姿の上村がネクタイを締めている。
   携帯電話がなり、電話にでる上村。
野島の声「俺だ。与党内部で新法案に反対する動きが出ている。
 くそ、ここまできて、やられてたまるか。
 急遽、総理と内密で話ができるようにした」
上村「わかった、すぐに行く」
    こぶしを握り締める上村。

○大久保通り
   スーとイェンが手をつなぎ歩道を歩いている。
   その脇を上村を乗せたハイヤーが通る。
   イェンが上村に気付く。
イェン「あ、しぇんしぇだ」
   イェン、スーの手を振り払いハイヤーを追って走りだす。
   追いかけるスー。
   脇道からでてくるトラック。
   車のブレーキの音。
   集まってくる通行人たち。
   倒れているスー。
   駆け寄るイェン。
イェン「(泣き叫び)ママー」
   気付かず走りさるハイヤーの後部座席には
   上村が固い表情で座っている。

                   つづく


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