まけない
小さい頃、母に言われた「家庭料理でいちばん難しいんは、卵焼きなんやで」という言葉をずっと覚えている。
卵焼きの作り方は、料理の経験の乏しい人にでもだいたいわかる。溶き卵を長方形のフライパンに流し込み、奥から手前に巻いていく。巻けたものを奥に寄せて、手前の空いたところに残りの卵液を流し込み、同じように巻く。
「卵焼きは甘い派?しょっぱい派?」というよくあるアンケートのように、家庭によって調味料の違いがあるところまでは、誰しも想像がつくだろう。わたしだってそうだった。
ある日、当時の恋人と自宅近くの川沿いで花見をするということで、お弁当をつくることになった。卵焼きといえば、お弁当の定番である。そこで、数年越しに母の言葉の本当の意味を知った。
卵が巻けない。
奥から手前に巻こうとすると卵が破れる。菜箸を使っても、フライ返しを使っても、どうしても破れる。そして、もたついている間に裏面が焦げる。
とりあえずかたまりにするために、フライパンの壁に押しつける。何度か繰り返して、なんとかひとつにすることはできたが、ちっとも巻けていなかった。
ただのちょっと焦げた卵のかたまり。
お弁当用の一口サイズに切ることで、なんとなくそれっぽくは見えたが、全く卵焼きではない。
材料は卵2つと牛乳と塩コショウ。味は悪くないが、見た目が最悪だ。焦げてぼろぼろで、お世辞にもおいしそうとは言えない。
それ以来、なんとなく卵焼きに気まずさがあって、ほとんど作らなくなった。失敗することがわかっていながらわざわざ飛び込まない。卵焼きが作れなくても、他の料理を食べれば生きていける。
しかし、悔しくもあった。わたしはあの日、卵焼きに負けた。惨敗。
勝ちたい。卵焼きに。
わたしは、ついに卵焼きに立ち向かうことにした。これから毎日、卵焼きを作る。1日1本。これから2週間、反省点やつかんだコツをこの記事に記録していく。
日程:2020/5/5(火)~2020/5/19(火)
材料:卵(M)×3、砂糖小さじ1、醤油小さじ1、塩2振り、サラダ油小さじ1
道具:卵焼き用フライパン、菜箸、フライ返し、ボウル、さじセット
撮影:iPhoneの標準カメラ、加工は水平角度の調整のみ
結果を対照するために、上記の条件に基づいて行う。(材料は、クラシルを参考にさせていただきました。)
5/5(火)1日目
驚くべきことに、初日にも関わらず、これまでの人生でつくってきた卵焼きのうちでいちばんまともなものができた。しかも、フライ返しではなく菜箸で巻いたのだ。
知らずのうちに巻けるようになっていたのは、大変喜ばしいことである。しかし、このような企画をはじめてしまった以上、巻けるようになって"しまった"と言える。そもそもは成長を記録するつもりで、この記事を書き始めたのだ。つまり企画倒れのようなものだ。
しかし、視点を変えれば、おいしそうな絶品の卵焼きに見えるかというとそうでもない。卵焼きにしては茶色すぎるし、内側も焦げている。ひっくり返そうとあたふたしているうちに、火が通りすぎた。そして食感もパサパサしている。
改善の余地はまだまだある。目標を「卵を巻く」から「おいしい卵焼きを作る」にシフトチェンジして、明日からも挑戦しよう。夢は大きければ大きいほどよいのだから。
5/6(水)2日目
今日は材料だけではなく、レシピ動画も参考にした。レシピ動画では、一巻きするごとに油を染み込ませたキッチンペーパーでフライパン全体を拭いて、油を広げていた。なるほど、これなら焦げにくい。
我ながら成長が早くてやりがいがある。昨日に比べて格段に黄色の割合が増している。が、実は写真では隠れている底面はまだ焦げている。形もひしゃげて情けない。
明日もがんばろう。
5/7(木)3日目
めきめきと上達している。今日は色も形も食感も悪くない。
おいしい卵焼きとは何かを調べてみたところ、どうやら焼く前に濾し器(ざる)を通し、強火で一気に焼くとふわふわになるそうだ。
改善点が見つかったからには、今すぐにでも挑戦したいところだが、1日1本というルールを決めたのは自分だ。そこは遵守しなければならない。
明日が待ち遠しい。
5/8,9,10
親が死ぬ夢を見て、慌てて実家に帰ったので卵は巻かなかった。
実家にも卵焼き用フライパンはあるが、やはり同じ環境下(フライパン・コンロ・材料)でなければ意味がない。ここを休止期間として、予定していた最終日から3日間を延長する。
実家で過ごした所感については、はてなブログに書いたので、よければこちらもぜひ読んでいただきたい。
5/11(月)4日目
ただの黄色い卵ばかりを巻き続けてもつまらないので、刻みネギとカニカマを混ぜてカラフルにしてみた。かわいい。
強火で一気に焼くという挑戦をしてみたのだが、片面が半熟のままの卵を巻くという高度なテクニックはまだわたしには早かったようだ。
ざるで濾したおかげで、格段に口当たりがよくなった。醤油とネギの風味がよくマッチしている。だしを加えれば、和風の卵焼きとしてさらにレベルが上がるのではないだろうか。
5/12(火)5日目
今日は、巻くごとに焼きのりをはさみ、断面を黒いうずまきにしてみた。これもまたかわいい。
子供のお弁当なんかに入れてあげると、ちょっと自慢のママになれそうだ。居酒屋なんかで、「〇〇名物!ぐるぐるたまご」的なメニューで出してもいいかもしれない。
味に関しては、卵と海苔を口の中に同時に放り込んで食べたようなものだった。可もなければ不可もなく、おいしいといえばおいしいが、自分のためにわざわざやろうとまでは思わない。
5/13(水)6日目
今日は赤い卵焼きをつくりたくて、卵液とキムチをミキサーにかけてみたのだが、キムチの水っぽい赤さでは卵の黄色には勝てなかった。
しかも水っぽさが仇となって、焼いてもなかなか表面が固まらない。一方、底面はどんどん焦げていく。また、卵液(+キムチ)に粘度があり、フライパンの上でうまく広がらない。
これまででダントツで巻きづらかった。外側はボロボロだが、内側の巻き目がきれいなところがせめてもの救いだろうか。
しかし、この6日間で一番おいしかった。キムチにも砂糖が入っているので、味付けは醤油だけに留めたのがちょうどよかった。ビールによく合いそうなので、ぜひ試してみてほしい。
5/14(木)7日目
本日で7日目の折り返し地点。
水玉卵焼きというレシピを見て真似てみたのだが、全く水玉にはならなかった。水玉模様というよりは、表面にカビが生えていると言われたほうが納得できる。
作り方としては、クッキーの型でくり抜いたところに卵白を流し込んで水玉模様の層を作り、それをいちばん外側の層にもってきて巻きなおすというやり方だ。
妙にしんなりしてスカスカだ。手間もかかるし、かわいくもないし、さほどおいしくもない。なんなんだこれは。
5/15(金)8日目
卵焼きは、必ず黄色である必要はない。白身だけを巻いてみた。
白とは厄介な色で、焦げが目立つ。醤油で色づくのを防ぐために、粉末のほんだしで味をつけた。それでも綺麗に焼けるようになるには修行が必要だろう。形もうまくいかなかった。
味は悪くはないが、つまり目玉焼きの黄身以外というわけだ。これを食べたくなったら、目玉焼きの黄身を残せばいい。圧倒的にそちらの方が楽である。
5/16(土)9日目
今日は青い卵焼きを作ろうと思ったのだが、着色料を手に入れられず、やむを得ずかき氷のブルーハワイのシロップを買ってきた。
砂糖の代わりにもなるだろうと少し多めに入れたのだが、それでも卵の黄色が強く、RGBを補正したように見える。
そして、食べた感想がとにかく最悪だ。もう何とも形容できない、地獄のような味だった。たまごの風味と鼻の奥を抜ける甘味のアンバランスさに負けて、2切れで気分が悪くなり、ギブアップしてしまった。成人してから食べ物を残したのはこれが初めてだと思う。
これまでつくった料理のうちでトップレベルでまずい。というかこれを食べてから体調が悪い。どうしてこんなことになってしまったのか。
5/17(日)10日目
きのうのバカ卵焼きがトラウマで、元のレシピに原点回帰した。食べてほっとした。
レシピ通りに作ったのは3日目以来なのだが、心なしか下手になっている気がする。色も形も以前の方がおいしそうだった。
卵焼きのアレンジに夢中で、本来の目標から遠ざかっていた。わたしにはあと4日しか残されていない。とにかくがんばろう。
5/18(月)11日目
天才が誕生したかもしれない───そう確信した。
水玉模様の卵焼き(7日目)には惨敗し、白い卵焼き(8日目)も焦がし、白身という敵には散々苦しめられてきたが、今回の出来はあまりにも美しい。
やはりわたしは成長していた。毎日こつこつ焼いているので、ついに神様が認めてくださったのかもしれない。ありがとうございます。
気を抜かずにあと3日、駆け抜けます。あと少し、応援のほどよろしくお願いします。
5/19(火)?日目
ハンバーグを作ったら疲れた。おいしかったのでもう何でもいい。ちなみに最近は白米よりも玄米を食べています。
5/20(水)12日目
バカ卵焼きのリベンジとして、青い食用色素を買ってきた。 さすが食用色素、食品の味を大きく損ねることもなく、味はいつも通りの卵焼きだった。
しかし、食べているうちに少しずつ気分が悪くなった。視覚と味覚のギャップに脳が追いついていない。脳が明らかにヤバい何かだと認識して、胃から追い出そうとしている。
やはり食べ物はおいしそうに見える必要がある。料理は五感で楽しむものだ。
5/21(木)13日目
なぜかブレていて妙な躍動感があるのだが、写真がこれしかない。
これはホットケーキミックスと卵焼き器で簡単紅茶のバウムクーヘン(プレミアム会員用レシピのためリンク不可)というレシピを参考にした。材料に卵が含まれていることから、わたしはこれを広義の意味での卵焼きと定義した。わたしのルールを決めるのはわたしだ。
2本分らしい生地を一度に巻いたので、かなりボリューミーで、朝食として半分を食べたのだが、夜まで腹持ちしていた。もちろんその分、カロリー、糖質、脂質もすごい。
ちなみに、レシピではホットケーキミックスを使用しているのだが、記事の更新日の現在(5/28)、スーパーにもコンビニもホットケーキミックスが売っておらず、自分で配合した。
と言っても、薄力粉、砂糖を4:1で混ぜて、ベーキングパウダーと塩を少量足せばいいだけの話だ。それにも関わらず、人々はなぜ購買を争い、フリマアプリにたどり着くのか……
人は皆、暇になると料理をはじめるのだろうか?
5/22(金)14日目
最終日は、卵焼き器で作る!ミニロールケーキのレシピを借りた。もちろん卵を使用している。
かわいくなあれ♪と試しにブルーベリーを入れてみたのだが、なんだかこっちを見ているような気がする……。
ベーキングパウダーやオーブンがなくても作れるので、ホイップクリームや生クリームさえあれば(あとハンドミキサーも)比較的手軽に作れるのではないだろうか。
生地にはサラダ油の代わりに溶かしバターを入れたので、ふわふわしゅわしゅわで新しい食感だった。おやつにちょうどいい。
以上、14日間卵を焼き続けた結果、最終的にはロールケーキにたどり着いた。
さすがにこれだけ特訓すれば上手くなる。これで、いつ誰にお弁当を頼まれても、安心してきれいな卵焼きを入れてあげられる。
13日目と14日目は合計で3つ、その他は毎日3つずつ卵を巻いたので、2週間で40個の卵を消費したことになる。鶏さん、本当にありがとう。
また、たびたびレシピを参考にさせていただいたクラシルにも感謝の気持ちでいっぱいだ。この度は大変お世話になりました。
<おすすめランキングと総評>
1位 キムチミックス卵焼き
とにかく旨い。ビールに合う。ただしミキサーがないと厳しい。
2位 刻みネギかにかま卵焼き
シンプルな割に食卓に並んでも質素すぎない。だしを入れて半熟で焼くのがよい。
3位 フライパンで作るロールケーキ
洋菓子にしては手間と時間がかからないので優秀。ホイップクリーム以外の材料はだいたい家にあるものが多い。
4位 普通の卵焼き
基本中の基本で、シンプルな安心感がある。まずは練習あるのみ。
5位 ホットケーキミックスと卵焼き器で簡単紅茶のバウムクーヘン
巻いているうちにどんどんデカくなって面倒くさい。時間もかかる。味はおいしいし、紅茶以外にもアレンジが可能。腹持ちもいい。
6位 ぐるぐる卵焼き
ダントツでお弁当向きで、子供が喜びそう。そこまでおいしいというわけではないが、まずくもない。
7位 二色の卵焼き(外側が白)、白い卵焼き
卵黄と卵白を分ける過程が面倒くさい。しかもそこで失敗するとすべてやり直しになる。
9位 水玉模様の卵焼き
手間がかかって難しい割に、それを乗り越えてもスカスカのパサパサでおいしくない。
10位 青い卵焼き
できればもう食べたくない。毎日食べていたら気が狂いそう。
11位 ブルーハワイシロップの卵焼き
人生の恥。しばらくトラウマになるので絶対に真似しないでください。
こんなに長い記事のここまで見守ってくださった読者の皆様、ありがとうございました。
ちなみに、タイトルの「まけない」は「卵を"巻けない"」から「卵に"負けない"」に成長したという掛け言葉になっています。
それではまたどこかでお会いしましょう。
♥𝓫𝓲𝓰 𝓵𝓸𝓿𝓮♥ をください♡ なぜなら文章でごはんを食べたいので♡