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今しかなれない、あさやけルビー

「歳とってからやとできひん興味のあることは、今やっといた方がいいよ。じゃないといい歳こいたおばさんになってから生足出したり、ケバケバの化粧しだしたりするんやで」

友人は私を脅すと、私の早めの誕生日プレゼントに赤いマスカラを買った。メイベリンのスカイハイ、あさやけルビー。私が初めて手に入れた、色つきのマスカラである。

「わたしは逆に黒を持ってへんのよ」と言うので、私は彼女の遅めの誕生日プレゼントとして黒のマスカラを買ってあげた。彼女がうちに泊まった翌日の朝、私たちはそれぞれの持ち場で鏡と向き合い、お互いにもらったプレゼントでまつげに彩りを加え、あるいは強化させる。朝の闘いのゴングが鳴った。女は常に、自分との闘いである。

キャップを開くと、赤く染まったブラシが顔を覗かせ思わず息を呑む。これを、まつげに、塗るのか。赤やピンクのマスカラは正直、気にはなっていた。ちょっと欲しくもなっていた。今しかできない、と友人に言われたら尚更、今だけの楽しみを享受したいと思えたのも本当だ。

それでもやはり、こうして実物を目の前にすると怖気づいてしまう。私のまつげは今からあさやけルビーに染められる。まつげごときでなんだと思われるかもしれないけれど、未知の異世界に一歩足を踏み出すような心地すらした。

黒く細い自まつげに、おそるおそるブラシを撫でつける。何度か塗り重ねるうちに、まつげの黒が徐々に赤みを帯びていく。うおお、と声がひとりでに出た。本当にまつげが、ピンクになった。


私はもうすぐ、24歳を迎える。24といえば20代前半というよりも、20代半ばと呼ぶ方が相応しくなってくる年齢だ。生きていれば歳を重ねるのは当たり前のことなのに、たったそれだけの事実になんとなく凹んだり焦ったりしてしまう今日この頃。

いくつになってからがおばさんと呼ぶべきなのかはさておき、私はきっと、自分がおばさんになってしまったらまつげをピンクにする勇気なんかなくなるだろう。歳を重ねても自分の憧れを求めて輝いていられるおばさまは素敵だけれど、自分にはとてもなれる自信がない。

現に私は、すでに攻めたファッションが着られなくなってきてしまった。女の子らしいプリティな服よりも、今は綺麗めお姉さん方面の服を手に取るようになっている。憧れの姿になることよりも、年相応でいたいという気持ちの方が勝ってきた。
そしてたぶん一度この気持ちを手に入れてしまうと、二度となりたい自分を目指すことはできなくなるのだろう。というか、年相応であることこそが今の私のなりたい姿なのだ。

しかし友人はそれを許さなかった。彼女が大学院生であり、早生まれでまだ23になったばかりだったのもあるのだろうけれど、彼女には「今はまだ若いんよ!」と熱弁された。そりゃそうだ。わかってはいるのだ。だから、少しでもやりたい、と思った今が最後のチャンスだった。今しかできないことは、今やるしかないのだ。


ピンクに染まったまつげをこわごわ友人に見せに行くと、「いーじゃん!かわい〜」と手放しで喜んでくれた。持つべきものは、思いきったおしゃれ全肯定友人である。友人のまつげも、黒々と艶やかに上がっていた。

改めて鏡を覗くと、スカイハイという名の通り、ピンクのまつげがくいっと天に向かって伸びている。それを見るだけで、私の心もくいっと上を向く。ピンクのまつげは近くで見ると違和感のあまりぎょっとするけれど、遠目で見れば目の周りがほんのりと彩られてなかなかかわいい。なんだ、まだいけるじゃないか。私もまだ、あさやけルビーになれるじゃないか。

まつげを存分に上げた私たちは、二人で街を歩いた。いつもと違う姿でいるのが嬉しくて照れくさくて、だけどなんだか誇らしい。まだまだ続く20代、もっともっと味わい尽くしてやろうじゃないの。プリティな服は着られなくても、まつげをあさやけルビーに染めることくらいなら、いくらだって。


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