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嫉妬

誰かに嫉妬している人は自分の持っている嫉妬を否認することもあります。嫉妬も辛い感情なのでしょうから、その存在を否認したくなる気持ちは誰にでも大なり小なりあるものなのだろうなと思います。

ただ、嫉妬をして相手の悪口を言っていても事態は改善しないので、どこかの時点では嫉妬に依存せずに有効な努力を開始できることが必要です。

美男美女とか才人や知識人などは特に嫉妬されやすいように思いますが、一説によると圧倒的に実力が突き抜けると嫉妬されなくなるとするものもあります。逆に、――特に男性の嫉妬の場合には――そうした逆転は起きず、実力が上がれば上がるほどに強く嫉妬されやすくなるとする説もあります。また、「美男は無価値であるが、美女はお金持ちの男性が独占するべきである」という趣旨の主張をする男性も世の中には存在します。嫉妬にも色々な形があります。

嫉妬についての説にも色々なものがあって、何事も一概には言えません。

中には聖人君子のように清らかな心を持っていてまったく嫉妬をしないという人もいるでしょうし、大概の普通の人の場合のように何かしらに嫉妬をしてしまうという人もいるでしょう。

大切なのは何事も一概に決めつけないことだと思います。例えば、「完全に嫉妬はない」ということはまずないことでしょうし、あるいは「完全に嫉妬はない人というのは完全に存在しない」ということもまずないことでしょう。そういうふうに極端な結論に固執しないことが大事だと思います。多くの場合、真理はバランスの取れた中間にあるものです。偏見を上手く避けて、正しく真実を見極めるためにはたくさんの調査や努力が必要ですが、それでも真剣に正しくそれを求める人には与えられると思います。逆に、悪に染まり、人を欺いて虐げ、知識や財を盗み、私腹を肥やすような悪行をしている人には真理が与えられることはないでしょう。苦肉の策として悪行が許される場合もあると思いますが、その場合、その行為が正義や公益、愛の原理によっていることが必要です。正義や公益、愛の原理に基づいた悪行は転じて善行になるとする説もあります。ただ、正しいものを傷つけたり、みんなの公益を壊したり、憎悪に囚われて殺人などの犯罪をしてしまったりすると困ったことになります。いつも正しく公益を意識して、みんなを愛し、最もみんなの利益になる選択をすることが大切です。そのためには秘密を守ることが大切な場合も多いでしょう。実力を下手にひけらかせば、実力のない人たちは嫉妬に苦しんでしまいます。しかし、基本として極力は人を苦しめるべきではありません。だから、できる限り周囲の人々から嫉妬されないように、色々なことを秘密裏に行うことも時に必要です。

世の中は複雑です。遺伝もあれば環境もありますし、意志のような内発的動機もあればお金目当てのような外発的動機もあります。そうしたすべての現実に存在する作用を偏りなく公正に一つずつ正確に考え続け、最もすべてのものの利益になる行為を求めることが大切です。

いつか世界が優しい人たちでいっぱいになって、愛あるものになるといいですね。祈ります。

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