巫女と龍神と鬼と百年の恋 ①

(あらすじ)
昔、龍神を祭る村があった。自給自足で細々と暮らしていたある年、日照りが続きその原因は村で祭っている龍神様がお怒りになっているためだと言い始める。
 村の大人たちの集会で「誰か人柱が立たなければ、の日照りは治まらない」と言い始める。誰もが名乗りを上げない中、村の巫女を務めていた細波が名乗りを上げる。
 人柱として龍神に出会い、村の人たちに怒って雨を降らせなくなったのではなかった。数百年前に細波と同じように人柱としてきた一人の少女の事が忘れられずに心を閉ざしていただけだった。細波は龍神の凍った心を溶かすことが出来るのか?


(本編スタート)

1
「腹がすいたと泣く奴があるか。そんなお前さんには昔話をしてやらないとな」
 腹を空かせてなく村の子供には決まってする昔話。
 実際に1人の女の子が犠牲になった話を聞かされたのは私が5歳になったばかりの頃だった。
 
   〇●〇●〇
 
今は作物が溢れているけれど、500年前までは荒れ地に人が住み始めた場所だから作物が実ってもそれほどの収穫はなかったんだよ。十分なご飯じゃない?贅沢言うんじゃない。
ここ数年で収穫が悪くなってきてるんだから。
 話がそれたね。
 ある年日照りが続き村の三分の一の人口が息を引き取り、いつ己にも死が訪れるか毎日脅えながら生活を送っていた。いっそご先祖様が開拓してくれた村を手放そうかという話がちらほら聞こえてきたときに1人の男が叫んだそうな。
「人柱を立て、この地域一帯を守っている龍神に助けを求めよう」と。
 神様がお怒りになっているから雨が降らないのではないのか。龍の神様は雨を司っているからね。それを聞いた村人たちは藁をもつかむ思いで人柱を立てることを承認した。問題だったのは人口が減ってきている中で誰を人柱という名の生贄に出すかという点だったんだ。
 若者を人柱にすることは誰もがためらった。村に活気が戻れば人手が必要になってくるからね。下手なことを言えば自分が生贄に出される可能性と思って、お互いに譲り合っていた時、両親のいない1人の娘が名乗りを上げたんじゃ。
『私は元々躯が弱いからここにいても何の役にも立ちません。最初で最後に村のために私は命を捧げます』
 反対の意を唱える者は誰一人として居なかった。やっと身を捧げてくれる者が現れたのだから、ここで口出しをすれば己が死ぬ運命になる。自らの命を差し出した娘に感謝の言葉をかけても心配の声を掛ける者はいなかった。
 娘も笑顔を向けるだけでそれ以上は何も口にはしなかった。
 娘が命を捧げた真実は明かされぬまま村の外れにある龍神の祀られている湖に沈められた年から村は緑豊かになり、そして日照りが続くことはなくなったんじゃ。
 
 
  〇●〇●〇
 
「ご飯がお腹いっぱい食べれないのはまた神様が怒っているの?」
 私の問いかけには婆様は困ったように私の頭を撫でるだけでそれ以上は何も教えてはくれなかった。
 
2
 物心ついた時には既に周りに妖怪と呼ばれるモノ達が居た。
 母さんは存在を感じ取ることが出来るが、視たり会話をする能力はなく父さんのことを私は知らない。
 村の人は知らない。母さんがひっそりと神様を祀っていることを。女手一つで育ててくれている私を大抵面倒をみてくれたのは彼女だ。
 初めて喋った言葉は妖怪の名前だった。
 「桜花」誰も知らない名前は妖怪のもの。
 母さんは目に視えないものを祀っているのに、私のことを気味悪がって近づかなくなった。
 子どもが1人で生きていける訳がなくて、私を育ててくれたのは桜花だった。少しして母さんが流行病で亡くなっても“寂しい”という感情は湧かなかった。
 ここに埋まっているとだけ言われた場所に花を供えてもそれは形式上であってそれが私の感情から生まれたものかと言われたら私は「いいえ」と答えるだろう。
 それでも時折村の巫女の家系だったから母さんは私に巫女としてのやるべきことを教えてくれた。
 母さんは矛盾していた。視えないものを視ることができた私が怖かったのかもしれない。恐れていても巫女としての仕事は我が一族で行わなければならなかった。
 作法よりも一番重要なことよと教えられたのは「龍神を信じる気持ち」。妖怪ですら視えない母さんは龍神の姿を知るはずもないのに熱心に教えられた。
『村人の誰もが龍神様のことを信じなくなったとしても、私達は信じ続けないといけないの。巫女の家系に生まれて守らなければならないことよ』
村一番の美人は村に縛られて生きていたと桜花が言った。私自身もどうしてそこまで必死になって守らなければならないのか、はっきり言って分からない。
 母さんが教えてくれた龍神のイメージは清らかで何にも揺るがないものだと。
 後で歴代の巫女が残していたきた手記に書かれていた。
 私は寂しがり屋で孤独の中で独りで生きていたる神様が良く夢の中に出てきたから、村を守るのは彼だと直感で悟っていた。毎晩逢える訳じゃなくて時々しか逢えないのに、懐かしいといつも感じてしまう。
 
 
 お付きの者にも心を開ききれていない、人に敬われることに興味がなく気持ちのままにふらふらと水の中を泳ぐ。
 そんな神様が夢に出てきた日は決まって雨が降るの。
 
 〇●〇●〇


 龍神本体が居るとされているのは村から一本道で来られる少し離れたところにある大きな湖。周辺は森に囲まれているため、時折動物たちの休息場となっていることもある。湖と村とを挟むようにして簡素な祠が立てられている。大人が二人もはいれば窮屈になってしまうほどの大さで、中央には龍神のうろこと呼ばれている石が置いてある。
 「さざ姉~いるんでしょ、へんじして」
 龍神の祀られている祠のある湖を眺めていたら、村の中で私を姉のように慕っている奈々が草むらの中からひょっこりと顔を出した。私はいつも突然現れる奈々に正直驚く。私がここにきていると誰も知らないはずなのに。
「奈々ちゃん、特別な事がない限りここにきては駄目だよ」
「なんで?さざ姉はいっつもいるのに」
 ぷぅっと頬を膨らませる奈々。
龍神祭という年に一度に豊作と雨を願う時以外、神聖なこの場所には立ち寄れないといった方が正しいのかもしれない。奈々がここに来ても大人が厳しく怒ることをしないのはきっと7つまでは神に守られていていると信じられている。大人よりも神に守られやすい年代。
 慕ってくれる五つの子供に強く言うことはできないので私は奈々を自分の傍らに呼んだ。うれしそうに私の傍らにやってきた幼子はちょこんと隣に座る。
「まいにちなにをしてるの?」
 無邪気に質問を投げかけてくる奈々の頭を優しく撫でてあげる。
「村が豊かであるためにお祈りをしているの」
 本当は夢に出てくる龍神にここに来れば逢えるかと期待をして来ているのだ。夢に龍神が出てきているという話を誰にもしていないので知っている人はない。ここに来たからといって逢える訳がないのは気付いている。それでも“もし”という感情が捨てきれなくて私はここに足を運んでいる。
 ふと、私が奈々くらいの時こんなに無邪気に笑えていただろうか。この子の家庭は決して裕福な暮らしをしているわけではないのだが、幸せな家庭が築けているから笑えるのかもしれない。
「奈々ちゃんは今が幸せ?」
 何気ない問いかけに幼子はきょとんとした表情を浮かべながら言った。
「しあわせだよ。ちちとははがいるもん。それだけじゃなくて、さざ姉もいるし」
 この子はまだ私が村人にあまり好感を持たれていないということを知らないのだ。だから私の後ろを当たり前のようについてくる。この子が私の立場を理解するのにはもう少し時間がかかるだろう。その異常さを知った時に私の後ろを付いて来ると私は考えていない。  
それが人間というものだと思っているから。
 おとぎ話のように異端な所を受け止めて貰えると少しでも夢を見てしまうのは奈々が純粋な瞳をしているからだ。
「さざ姉どうしたの」
 小さな手を伸ばして私の頭を撫でようとする優しさが大人になっても続いてほしいと願う。優しさが誰かを救うものであって欲しい。私の後を追ってくる奈々の手を振り払うことができないのは、優しさに触れたいと思う時があるからだ。
 人とそれほど接する機会がなくともこの子と言葉を交わすと良い子だと伝わってくる。私の後を追いかけてくるのを良く思われていないことも分かっている。注意をしても幼子は後を付いて来るのを止めようとはしない。嬉しいと思う反面それがきっかけで村の人達に嫌がらせを受けないか心配だった。
「どうしたの?」
 人の感情に敏感な雪は私が頭を撫でるのを止めたのに気がついた。気持ちを悟られまいと無理に笑顔を作った。
「そろそろお家に帰ろうか、雪ちゃん。みんなが心配しちゃうからね」
 そう言いながら立ち上がると雪が私の方へ手を伸ばしてきた。私はその手を取り雪に歩幅を合わせながらゆっくり帰り道を歩いた。

#創作大賞2023 #恋愛小説部門


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