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衰えを感じながらの久しぶりの合氣道で感じたことまとめ

久しぶりに、合氣道の稽古に行ってきました。

実は長年習っていたのですが、やりたくてうずうずしており、今回の一時帰国で想いが叶いました。

そしてそのとき感じたことが、駐妻生活と重なる重なる・・

そんな想いを少しばかり綴っています。


きっかけ

突然の合氣道再開に至ったのは、
駐妻になってからの自己分析がきっかけです。

これまで当たり前だった日本での暮らしを飛び出し、駐妻という立場で生活を始めた私。

会社を飛び出し、日本を飛び出したことで、見える世界が大きく変わりました。今までの常識を破壊され続けることで、いい意味で環境に柔軟に対応せねばならず、「自分が成長した」「変わった」と感じることがしばしあります。

しかし、一方で、環境が激しく変化しようとも、
「変わらない自分」もいます。

すると、ふつふつと湧いてくる「自分とは何者?」という問い。

どんな問いが浮かんでいたかというと、

「自分って何者なんだろう?」
フィリピンにおける「外国人」としての自分を経験することで、自分って
何者なんだろう?と思うように。自分のアイデンティティ、ルーツって何だろう。

「私は今後どう生きていきたいのだろう?」
とにかく毎日を全力で楽しそうに生きるフィリピン人に囲まれたことで、相対的に自分は楽しく生きているのかと思い始める。私は全力で人生を満喫できているのだろうか、と。
また、自分らしく生きるとはなんだろう、私は今後どう生きていきたいのだろう、とも思ったり。

「私が大切にしている価値観とは?」
異国(+パンデミック)において、正解や絶対的正しいことの存在しない状況が続く。私は何を軸に判断しているのか、大切にしたいことは何か、自分にとって心地よいことは何か、自分の好きな自分やありたい自分は何か、と。

こんな感じです。

つらつら書くと胡散臭い部分もあるのですが(笑)、ひとつひとつ考えたり、書き出したりしてみました。駐妻としてサバティカル休みをしている私は、とても贅沢なことに、自分と向き合う時間はたっぷりあるんですよね。

そんな自己分析や他己分析をしている最中、昔からの友人から「ねえ、合氣道はもうやらないの?」との問いかけに、電気が走ったような衝撃が!

「そうか、私の根っこにあるのってこれか!」という気付きを得ました。そして、単純なもので、迷走しているからこそ、自分の原点に戻るためにも合氣道やりたい!!!に至ったわけです。

私と合氣道

私は、実は幼い頃から合氣道をしていました。思い返すと、それはそれはかなり熱中していて、小学校~高校まで週5で稽古をし、その上さらに自主練。毎回楽しくて仕方なかったのです。

大学進学を機に地元を離れたことで、すっかり疎遠になっていましたが、私が自分に対する深い理解を求める中で、合氣道で身につけたと思っていることが実は私のなかに根付く価値観に大きく影響を与えていると感じました。

私は、合氣道を通して、心身共に鍛えられ、清く生きるという心を身につけたように思います。技を覚えて磨くことだけではなく、人の道、なので。
また、合氣道の面白いところは、勝ち負けを競うことが本質ではないというところ。人と比べているようではまだまだ、ということです。

私の中に根付いている価値観とも言えます。

久しぶりに関わることが怖いこと

さて。
そんな想いも溢れる大切なものでもあり、合氣道へ行きたいという気持ちは湧いてきたのですが、でも正直なところ、ちょっと怖い。

昔できたことをやるということは、以前によりも自分ができなくなったことを知ることになる。そんな自分に対峙するということです。

確実にあのときよりも年老いた自分。バリバリ現役のころのようにはもはや動けません。体力で無理やりカバーすることはできず、当時の勘や感覚が蘇るとはとても思えない。しかし、頭のなかの残像では出来たときの自分が残っています。なんならちょっぴり美化されているのです。年のせいなのかブランクのせいなのかわからないけれど、今わかっていることは「前みたいにはできない」ということ。残念な自分に向き合い、「できなくなってしまった自分」を知るのはしんどいし切ないのです。

そんな経験が、思わず、駐妻生活と重なります。

駐妻生活に突入するときは、私は海外生活の経験もないし英語もできなかったけれど、怖いという気持ちはありませんでした。何事もできなくて当然だと開き直っていたのでいたのです。

しかしながら、生活に馴染めば馴染むほど、今後いつか私も日本に戻るときが来たら、かつての日本の生活に適応できるのか不安になりました。復職して仕事をするようになったら、「前みたいに働けない」、「以前はできたことができない」、「期待に応えられない」、と思うのだろうか、と。

ふと重なってしまったことで、合氣道を再びやることは、いつか日本に帰った時のための何かの気づきになるかも?とも思い始めました。

いざ、合氣道へ

恐れはあるけれど、ある意味チャンスなのかもしれないと思えて、吹っ切れて行ってみることに。

最初は、やはり全然動けないし、感覚が戻りません。合気道の基本でもある呼吸法がうまくできていないからか、息があがるのも早い。おおまかに思い出せても、細かい所作のひとつひとつが不安でうまくできません。以前の私を知る師範の期待に応えられず、がっかりされてしまったのではないか、と悔しいような悲しいような気持ちも湧きます。

苦しいけど、ひとまず練習練習。ですが、ぶっ続けで動くことはもはや不可能です。休憩を挟みながらしかできないのがもどかしい。過去の自分の武器が体力や若さだとすれば、現在の自分の武器を最大限使うしかない、わたし武器ってなんだ、などと思いながら稽古しました。

最初はどうなることかと思いましたが、集中して、ある程度動くことでペースが安定してきます。体力でカバーはできないぶん、丁寧に慎重に的確に動きをこなすことで、身体が思い出してきました。でも自らの力というよりも、根気よくご指導くださった大先輩がた様様と言いますか、先輩や師範たちのおかげでしかなく、本当に頭が上がりませんし、感謝です。

そして、やっぱりめちゃ楽しかった!!✨(散々迷惑かけておきながら、図々しさはピカイチ)

久しぶりに道着に袖を通し、袴を履き、畳で正座をしたことで、スッと背筋が伸びる思いでした。

まとめ

不安だらけだったけど「なんとかなる」というマインドを教えていただく機会となりました。なんとかなるし、自分が過去一生懸命やってきたことってそう簡単には忘れないんだな、自分が頑張ったことは裏切らないんだな、と思う経験にもなりました。加えて、若さや体力まかせにしない、自分の武器を構築する必要があるなと思いました。

一時帰国中の飛び入り的に、再び稽古に参加するチャンスをいただいたことに大変感謝しています。過去頑張ってきたことを思い出し、自分のことを肯定する気持ちにもなれました。また、今回感覚を取り戻したことで自信もつきました。

いつかの本帰国で、日本に帰るときに不安になったら、思い出すだろう経験になると思います。自分の原点を思い出す場所として、今後も合氣道を大切に続けて行きたいです。





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