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帯同3年と休職の延長に至るまで

このたび、帯同休職を延長することに決めました。

休職の上限が3年間だったのですが、会社の制度に「休職の延長」というオプションが新たにできたそう。

「今後どうしよう」と悩んでいた本年だったのですが、

有難く利用することにしました。

ですが、
「やったー!ラッキー!延長しよー!」と飛び付いた感じでもなく、実は悩んだりモヤモヤしたりもしたのです。

選択肢が私にあり、選べる状況であるのに贅沢な話ですが、
「休職の延長」が私の答えなのかな?と思う気持ちがでてきて…。

せっかくなので、
そんな私の心の軌跡を残しておきます。

私の状況

夫の帯同にて、マニラ生活も3年目。
自身の会社では新卒から働いて、約10年経ちますが、現在は帯同に伴い休職中。
マニラでは、プロボノやインターンでリモートワークをしたり、資格取得や英語の勉強をしたり、etc…と、その他いろいろと手を出したりひっこめたりしながら、新しいキャリアへ向けた挑戦をしています🔥

また、夫の海外勤務期間は3~5年と言われていますが未定。現在子はおらず、夫婦ふたりで暮らしています。

モヤモヤしたこと

「帯同休職を延長する」という選択肢が増えたことを、有難いとは感じつつも、手放しに喜べず複雑な想いに駆られた私。

悶々とした思考の方向性としては、
整理すると下記の4点。

①バーンアウト
②離職ブランクへの怯え
③急激な自信喪失
④同士や仲間の本帰国により仲間がいない

①バーンアウト

休職期間に合わせ、帯同は3年間と決めていました。(当時、休職期間が延長可能になるなんて思いもしなかった!)
そのため、そこに合わせて気持ちやプランを整えていたので、そこから延びていくとなると、軌道修正が必要に。

でもね、新しい計画を立てることはワクワクするハズなのに、全然ときめかなかったんですよね。
仮にあと半年あったら「あれやろうこれやろう」と思ったり、1年あったら「これもできるんじゃない?あれもやってみる?」と考えられるような気もしたんですが、なんだかしっくりこない。それよりも、「あれ?なんか違うかも?」と少し違和感を感じていました。

今思うと、メンタルの不安定が何よりも大きな影響を与えていたんでしょうね。
最初に「3年マニラで頑張る」って腹を決めて取り組んできたぶん、「やれることはすべてやってやったぜ😳えっへん!」と思っている節があり、バーンアウトしちゃったような感覚に。そのため、急なアディショナルタイムの登場に「ほええ?あと数年何すればいいの?」と呆然としたような気持ちになったのです。情けないけど、何かを頑張る気力が途切れてしまったという感じでした。

帯同は限られた期間ではありますが、結局いつまでなのかわからない。そんななか、何をいつどこでどう頑張ったら良いのか、わからなくなりました。

何かするにしても、それは今までの延長線上のことでいいのか、新たな何かをするべきなのか、それは本当にやりたいことなのか、いくばくかの残された期間でやりきれるのだろうか、と気持ちが迷子に。なんかちょっと疲れてしまったのか、計画の立て直しなんて考えただけでも億劫に思ってしまっていました。

②離職ブランクへの怯え

現在休職して3年になります。
3年間職場から離れていることになるけれど、「3年なら、勢いと経験値でまぁなんとかキャッチアップできるかも!」という謎の自信がありました。

ですが、この先あとプラス数年の帯同生活と離職状態を経て、復職することを想像したら軽く絶望。
私がこうして休職する間にも、同期や後輩は現場でバリバリ働いているわけだし、方針だってルールだって変わっているし、部署転換もあって知っているひとなんていなくなってるし、、、もう‥全然ついていける気がしない、と怯える気持ちに。
制度上可能であっても、現在いくら自分ができることに日々めいっぱい取り組んでいたとしても、限界が見えるような気がします。(できるひとはいくらでもいると思うんだなぁ。だけど残念ながら、凡人の私はこの程度よ。)

浮世離れしたような、この帯同での海外暮らしをさらに続けてしまったら、もはや会社及び社会復帰できないのではという不安がぶわっと沸いてくる。

また、今より確実に歳を取ってからの復職は、感覚や感性は鈍りそうであり、体力やヤル気でごまかせないカバーできないし、とできない点ばかりが目につくようになりました。

③急激な自信喪失

ブランクはあっても、復職したらリカバリーするし、帯同期間のおかげで唯一無二の存在になるぞー!と意気込んでいたものの、いつまでになるのか再びわからなくなったことで、急激に自信喪失

帯同期間が長くなるにつれて、「〇年も何してたの?」の問いが怖くなってくる。その期間に見合うような、堂々と答えられるような、何かができたかしら私?と思うと、何もできていない気がしてきます。何もかも中途半端。中途半端だけど、この先このままの帯同を続けたところで、とびきり上達したり極められたりできるとはとても思えません。

私なりに3年間いろいろ頑張ったけれど、目覚ましい何かを成し遂げたとは思えていません。そんな私があと半年?1年?2年?追加で暮らしたところで、ただこの延長で生きて終わるのではと思いはじめます。「そんなことがしたくてこの3年頑張ってきたわけではない!」と思うと、復職することでメリハリをつけるほうがマシかもしれないと考えていました。

また、自分が好きな自分と、自分らしい自分との乖離に気づきました。この先働いている自分でありたいという気持ちを持ちつつも、「働きたい」と言い続けられない気がして落ち込みました。

④同士や仲間の本帰国により仲間がいない

私には、同じようにキャリアロスに悩んでいる駐妻の友人たちがいました。

同時期に帯同し、コロナ禍でももがきながらも、ひたむきに努力して、キャリアに邁進していた駐妻の友人たちから、刺激を受けていました。
そして、「よし!私も負けずに頑張ろう🔥」と自分を鼓舞し、努力してきたつもりです。

が、そんな彼女たちからも、チラホラと本帰国の話が聞こえてきます
復職するひともいれば、働き方を変えて転職したり、と数年の帯同をバネに、自分の道を歩いていくのですよね。新しいキャリアを歩んでいる感じがして、とても眩しく見えました。
そんななか、自分だけ何も変化できていない。私だけが新たに加わった制度というものに甘んじて、ズルズルと帯同を続けるのではないかと思うと、置いてけぼり感を感じていました。「私が私のキャリアを歩めるのはいつになるのだろう…」という気持ちで、焦るような、もどかしいような、そんな想いを抱えていました。

一方で、コロナ後に新しくやってきた駐妻たちの「これから頑張る!」「帯同期間中、あれもこれもやりたい!」といったようなキラキラしたテンションとは差を感じます。良くも悪くもマニラ生活にこなれてきて、新人の頃に比べたら何かの輝きを失いつつある私。また気持ちを引き締めて、共に頑張る新しい仲間を作りたいのだけど、うまく馴染んでいけませんでした。

なかなか同士が見つからず、増すばかりの孤独感に、「私はもう駐妻をやめたほうがいいかも。今って潮時なのでは?」と思い、節目のないこの状況に苦しさを感じるようになりました。


休職の延長という選択

そんなわけでモヤモヤした迷いはありましたが、
最終的に休職を延長をすることに決めました。

正直なところ、この決断に至るまでには、これといった強烈な決め手があったわけではありません。

ひとつひとつのモヤモヤする要素を洗い出し、自分が何をして働きたいか、どう働きたいのか、もっと言うとどう生きたいのか、そして自分は今後どういうことがしたいのか、今の私は何を大切にしたいのか、と、正解のない問いを悩み尽くすことにしました。(この作業の地味なことよ、しんどいことよ…)

そんなふうに悩んだり考えたりしていると、助け船をくれるひとは必ずいるもので、いただいたアドバイスからの気づきもあり、なんだかもっとできるかも!と感じるようにもなりました。

「○○のため、絶対に延長する!」というような要因はなかったけれど、「これかも」「これよりはこっち」「このほうが好き」という具合に要素を整理して積み重ねていくと、
休職の延長をするほうが私らしくて好きだな🍃、と思うように。

そんなふうに思えたので、休職を延長することにしました。


今後について

モヤモヤしているときはなんとも苦しかったけど、
決断し、また再度腹を決めてからは心が清々しい~

すべてが解決されたわけではありませんし、不安がまったくないといえば嘘になります。実は今後については課題も山積みですし、身体も気持ちもついてゆけるかはわかりません。不安やコンプレックスは最大の原動力。バネにして頑張りたいし、その行動の積み重ねがまた私に自信をくれると信じて頑張る!

いろいろぐちゃぐちゃ考えてみて気づいたけど、
何かを続けるというのもまた勇気が要るものですね。
何かを始めたり辞めたりすることはとても勇気の要ることだなぁと思ってきたんですけどね。いいおとなになってからではありますが、そんな気付きを得たりもしました。

帯同生活を有意義に過ごせるように、歩みを止めずにいきます✏️

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