「日課」から、自分のこの世界に対する抵抗の仕方を知る

きっかけは、坂口恭平さんの『cook』という本だった。

2018年11月くらいから、心のしこりが感じられるようになってきて、冬至を迎える頃には絶望感の中にいた。ちょうど久々に風邪をひいたこともあり、心身ともにかなり落ちていた。胃腸風邪だったため食べることままならず、生きている実感が湧かなくなっていた。

長らく、ひたすら前だけ向いて止まることなく歩き続けてきたけれど、さすがに疲れて休みたくなったのだよね。

これ以上、何をがむしゃらにやる必要がある?

そう問いかけたら、もう何もかも嫌になってしまった。

そこへきて、年末年始の家族や身内とのやりとり、バトルがあり(毎年のことですが、、)

全てが虚しく感じられて、いろいろなことがどうでもよくなってしまった。完全に引きこもりになっていったよね。

今思えば、軽い鬱状態だったように思う。

1月中頃になって、2度のバス旅に参加してリフレッシュしたことで、ようやく、徐々に自分が復活してきた。

自分を取り戻せたきっかけは、坂口恭平さんの『cook』との出会いだった。彼の本は大概読んでるし、うち何冊かは我が本棚に鎮座する。
『独立国家のつくりかた』『現実脱出論』なんかは、何度読み返しても、都度自分の中に新しい何かが生まれる。

坂口恭平さんは躁鬱病を抱えており、書くことは彼にとっての治療行為だそうで、そんな彼が病気と向き合う中で新たに取り組んだのが料理だった。

以下、坂口恭平『cook』より

料理をつくる、ということは「自分をつくる」ことである
僕たちは何気ない料理を通じて、普段の生活では、論理的な思考では、決して味わうことのない感覚を感じ、そして駆使している。しかも、同時に料理は運動でもある
料理は誰にでも出来る。そして技術は確実に向上する。毎日食べなくちゃいけないから誰もが実は毎日継続している。この避けることのできない料理という習慣にちゃんと焦点を合わせてみよう。言葉にすることはできないけど、しっかりと自分の体の中にある無数の感覚や思考や運動が、料理をつくり、料理を食べるという行為の中で具体的な姿としてあらわれていることに気づくことができるはずだ。
料理は栄養を与え、あなたを元気にしてくれるし、食べていけるということで、不安を軽減もしてくれる。だけどそれだけでなく、料理はただ治療するだけでなく、あなたの感覚をもっと広げてくれる。
それは、料理という作業を継続し続けることからはじまる。
作業の継続。
これこそが、自分を健やかにする唯一のコツだ。僕はこれを「作業を貯める」つまり
「貯作業」と勝手に読んでいる。

この本を読むうちに、無性に何かつくりたくなった。

そして、ご飯をル・クルーゼで炊き、出汁からお味噌汁をつくって食べた。

お米を研ぐ、出汁からお味噌汁をつくる、ということが懐かしく思えるくらい久々だったのだ。

そうしてできた、食べたご飯は感動するくらい美味しかった。

どれだけ自分をおざなりにしてきたんだろう?

久々の料理を通して自分の「感覚」の広がりをリアルに感じた。

もちろん普段も何か作って食べているのだけど、つまりつくったりつくらなかったり、「適当」だった。


元々料理は好きだった。20代半ばで実家を出て一人暮らしを始め、実家にいたときは全くしなかった料理を始めたら、自分が意外にそのことが好きだと知った。

ちょうど会社員を辞めフリーターとなり、いくつもバイトを掛け持ちしながらも、自由気ままに楽しく過ごしていた。帰る時間が遅くなっても毎日自炊をしていた。

その後いくつかの仕事を渡り歩き、フリーターから派遣社員、派遣社員から嘱託職員、嘱託職員から正職員となり、組織のヒエラルキーの中に再び飛び込むことになっていった。それに比例して、責任過多な業務が増え、残業続きの毎日を過ごすことになったが、それでも常に自炊は欠かさなかった。

当時誰かのためにつくることも好きだったけれど、何より自分でつくって自分で食べることが好きだった。一人暮らしのときの自炊は楽しかったし、あの頃の「炊事」はすべてが自分のためだった。

自分が食べたいものを自分のために自分で作るのって、「作る楽しみ」がそこに加わるから豊かになる。もちろん外食でも買ってきたお惣菜でも豊かな気持ちになれるけど、私は自分で料理することで「自分で作る」楽しみを得ていたのだ。

私の、料理をするという日課は、年月をかけて完全なる「習慣」となっていた。

今思えば、仕事で消耗するようなことが続き、自分を亡くすようなことがあっても、「習慣」がすぐさま自己回復を促してくれた。

他にも習慣化していたことがいくつかある。

当時ヨガ歴は10年になっていた。どんなに忙しくても週に1度はヨガスタジオに通い、1時間半みっちりヨガをしていた(ついにはインド/リシケシまで行き、アシュラムに寝泊まりしてヨガ三昧の日々を過ごしたり)。

毎朝の瞑想も習慣化していた。チャクラクリアリングなんかも日課にしていた。

様々な日課、それらを習慣にしたことで、30代の頃の自分は、割といつも「健やか」だったのだ。

坂口恭平さんは、「日課」について、こんな表現をしている。

その人なりのこの世界に対する抵抗の仕方

なるほどあの頃の私は、いくつかの日課に取り組むことで、荒ぶるような日常に抵抗し、自分が自分であること、自分のコアを保っていたのだ。

7年前に大きく環境が変わり、新しく手にしたホロスコープを生きる毎日はとても充実して、駆け抜けるようにあっという間に月日が経ってしまったけれど、多くの素晴らしい出会いに恵まれ、様々な経験値があがったことには感謝はあるものの、それと引き換えに自分に手をかけることをすっかりどこかに置き忘れてきたようだ。

そのことは、悪しき習慣となってあらわれていた。さすがにこれはマズいと思い、昨年夏に、日常を見直すためにいくつかの日課を決め実行していった。半年経って、習慣化に成功したこともあれば、悪しき習慣を断てないままでいることもある。それでもいくつかの日課によって、例え心が折れるようなことがあっても、自分を立て直すことができている。

さて2019年は、

・悪しき習慣を断つこと
・新たな日課をつくり、その作業をおもしろがってやってみること

を実施していきます。

日々の作業に集中して取り組む!

毎日の日課でブレない自分づくり!

ちなみに坂口さんは、朝4時起き、原稿20枚、2時間散歩を日課にしているそうで、初めてから62日目。鬱には一切なってないとのこと☆




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山下 千草

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