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宇宙開発によくある誤解を説明させてくれ

こんにちは、イギリスの宇宙ベンチャーで働いているこおるかもです。

日本時代にも6年間宇宙開発に従事して、研究も(学会発表多数)、開発も(小型衛星3機)、新規事業開発も(宇宙ベンチャー代表)、色々と経験してきました。

そんなぼくが、みなさんの多くが多かれ少なかれイメージされているであろう、宇宙開発におけるよくある誤解に回答します。

その1:宇宙開発って、最先端の技術なんでしょ?

答えはYesでありNoですが、一般的な宇宙機には、実はみなさんが思い描くほど最先端の技術が満載されているわけではない、という意味で、Noを強調したいと思います。

例えば、人工衛星に搭載されているコンピューターは、その処理性能からいうと、約10年以上前のモデルを採用しています。

その理由のひとつを説明すると、電子機器の場合、宇宙では放射線対策が不可欠になります。そして、高エネルギーの放射線が宇宙機の半導体にあたると、ビット反転(ビットエラー、またはシングルイベントなどという)が起きて、あるメモリ上の電荷が変化し、0だった値が1に、1だった値が0に、反転してしまうことがあるのです。

そして、そのビットエラーの発生確率は、集積回路の密度に比例して上がっていくので、近年の著しい半導体の進化による集積密度の向上による恩恵は、簡単には受けられないのです。

もちろん、きちんと対策(放射線シールドや、ロジック回路の定期的な書き直し機能の導入など)をして、放射線試験でエラー率を検証して、許容レベル以下であれば採用する、というような開発プロセスがあるのですが、そのプロセスを取るのもお金とスケジュールがかかりますし、新規開発には何かとリスクがつきまとうので、別に使わなくても済むのであれば、すでに宇宙で動作実績のある従来機器を使おう、というマインドになります。

そして実は、この「宇宙での動作実績」というのが、宇宙開発では非常に大きな意味を持っており、ここに上げた放射線の例以外でも、同様の理由で新規技術よりも従来技術を採用しようという考え方の方が合理的な場合が多いのです。

なぜなら、多くの宇宙機は、1品ものの特注品です。しかも試作品(開発品)も、たいてい1機しか作りません。なので、あれもこれもと新規技術を採用すると、開発リスクがどんどん膨らんでしまうのです。

時に何百億円もする人工衛星が、実は自分の作業用PCよりもスペックが低いという、ちょっと切ない気持ちになるのが、宇宙開発エンジニアあるあるです。

その2:宇宙に詳しいんでしょ?

これはよく聞かれるんですが(宇宙人っているの?とか)、少なくとも多くのエンジニアは詳しくないです。

もちろん、宇宙開発を志す人は、「宇宙が好き」という人がそれなりに多いので、趣味の範囲で得る知識として、一般の方よりは詳しい人が多いのは事実です。

しかし、仕事として宇宙のことを研究するということは稀で、多くの宇宙開発エンジニアは、実際に宇宙を探究しているというよりも、そのために必要となる宇宙機を開発している、というのが実際のところです。

少し踏み込んで説明すると、宇宙開発の分野には、大きく2つに分けられます。「宇宙科学」「宇宙工学」という棲み分けです。

まず、科学者は宇宙に関して何らかの科学理論の仮説を立てます(例:宇宙は膨張してるっぽい by アインシュタイン)。そして、どんな実験や観測ができればそれを証明できるのかを考えます(例:恒星が赤方偏移していることを観測できればいい by ハッブル)。そしてその観測を可能にする宇宙機を開発するのがエンジニアです(例:ハッブル宇宙望遠鏡)。そして絶対数で言えば、エンジニアのほうが圧倒的に多数なので、全体としてはそんなに宇宙に詳しいわけではないのです。

しかも、例えばロケットのエンジニアであれば、基本的には宇宙に到達するまでの輸送手段を開発しているだけなので、日頃宇宙について深く考える機会はほとんどありません。まして、宇宙開発には地上システム(通信用のアンテナなど)の開発なども必須なので、そうした方々はもっと宇宙からは遠いです。

ぼくは一応、人工衛星のエンジニアなので、稀に宇宙のことについて真剣に勉強させていただくこともあります。以前、火星探査の衛星開発に従事したことがあるのですが、最初にまず科学者チームから火星の地質学的歴史について、貴重なレクチャーを受けてからプロジェクトが始まりました。

それによると、火星は43億年前には海が広がっていたそうですが、それが何らかの理由(諸説ある)で干上がってしまったそうです。その謎を解明するためのミッションだったのですが、諸般の事情で中断しているようです。。。

その3:宇宙開発をしている人って、エリートなんでしょ?

これはNoですね。これを示すエビデンスがあるわけではありませんが、定性的に違うといえる根拠はいくつかあります。

第一に、宇宙事業は給料が低いです。これは探せば統計的にも正しいはずです。なぜなら、宇宙事業は他の多くの事業ほどまだ儲かっていないからです。もっと言えば、日本の場合はまだほとんどが官需(要するに公共事業)で動いているので、民間事業ほど儲かれば儲かるほど給料が上がるという仕組みにはなっていないです。

定性的に言って、給料が低い分野にエリートが集まるとは考えにくいです。

第二に、宇宙開発の従事者は他の分野よりもまだまだ少ないです。少ないがゆえに、なんとなくエリートっぽいイメージが湧いているだけで、本当にただただ少ないだけなんです。少ないからこそ、競争倍率が高くて優秀な人が集まっているという推理も可能ですが、むしろ人手不足で本当に困っているくらいです。

まぁ、エリートだとか優秀だとか、そういうことは主観でしかないので、みなさんあまり気にしないようにしましょう。

その4:宇宙工学を専門にしていないといけないんでしょ?

これも明確にNoですね。

こおるかもの宇宙開発全史」というぼくの自己紹介記事でも書いたのですが、そもそも宇宙工学という分野の定義の仕方はミスリードです。なぜなら、宇宙に行ったからといって、物理法則が変わるわけではないからです。

ぼくなりの言葉で言えば、宇宙工学は「あらゆる工学分野の総合格闘技」というふうにいつも考えています。

例えば、最初に挙げた電子機器の放射線対策の例でいうと、これは宇宙特有の技術課題ということではありません。地上にも一定量の放射線は常に降り注いでいますので、近年の集積密度が高すぎる電子機器においては、同様の放射線エラーが起きてしまうため、様々な対策がすでに講じられています。

他の例をもう一つだけ挙げると、人工衛星は、基本的にエネルギー源を太陽光に依存しています。したがって、太陽光による発電効率が非常に重要になるのですが、みなさんご存知のように、太陽光発電は地上での再エネ政策のために技術開発が日進月歩であり、1%の効率を上げるために各社が日夜研究開発に取り組んでいます。人工衛星は、その恩恵を受けて年々少しずつ性能が向上しています。

このように、あらゆる工学の分野は、往々にして地上の方が先に進んでいることが多く、それを如何に宇宙用に応用するかが問われており、逆に言うと、各工学分野の専門家というのは、宇宙開発では非常に貴重な人材です。

近年では、嬉しいことに徐々に宇宙産業も成長しており、他産業からの人材流入も増えてきています。

例えば自動車産業でエンジン制御を担当していたエンジニアが、人工衛星の軌道制御を担当していたり、ソフトウェアエンジニアが宇宙機開発のDXを推進している例など、僕自身前職でそういった方々とよく一緒に仕事をさせていただきました。

エンジニアとしてある分野で一人前といえる方であれば、絶対に宇宙開発で活かせる方法があると思います。もちろん学生の方も同様に、自分が勉強したり研究してきたことが宇宙開発でもきっと活かせますので、もし希望しているのであれば、諦めずに道を探ってみると良いと思います。

逆に、「宇宙が好きで~」とキラキラした目でこの業界に入ってくると、かなり愕然とすることになるので、本当に辞めて気をつけてほしいところです。

最後に

いかがでしたでしょうか?みなさんの誤解はとけたでしょうか?今後も宇宙開発の中の人として、情報発信していけたらなと思っております。もちろん、上記はすべてイチ個人の感想ですので、もっと違った見方があることは否定しません。

もしご質問等あればお気軽にとうぞ。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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