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BOSE-700 refurbished

君のことをしったのは2019年、高校の教室。社会学科系の教室が連なる廊下の右側、手前から二つ目。ホームルームの席順で座る、ガヤガヤする教室の窓側隅っこ、一番後ろ。仲のいい子もあまりいなくて、適当に座った席の横:その女の子は角度の高い猫目とくるくるの黒髪を押さえつけるようにヘッドホンをしていた。私はカーキのスカートを履いて、その子はカーキのズボンを履いていた。後から知った話だが、その子は拒食症をわずらっていたらしい。なんにせよ、私の中でその子は近づく理由があまりない子だった。ファッションなのか、おしゃれなランドセルで登校していたし、つり目が怖そうだったし。でも、その耳にかかるヘッドホンに少し憧れた。あぁやって大胆に外の音を遮断したいなぁ、かっこいいなぁと淡く思っていた。

例の如く興味のあることは聞かずにはいれない性分なので、「そのヘッドホンかっこいいね。みたことないデザイン」と声をかけた。どうやらそのヘッドホンはその子のお気に入りだったようで、あつーく色々語ってくれた。ノイズキャンセリングがすごいんだ、とか、スタイリッシュなこのエッジは、耳当てを動かすだけで長さ調節ができるんだ。とか。「使ってみる?」と言われてNOという理由はなかった。多分すごく使ってみたいような目でそのヘッドホンを見つめていたのだと思う。そのヘッドホンは、46750円。「貯金はたいて、何食か食べなければ買えるよ」とその子は言った。2019年、秋の話。

結局私は1年間、そのヘッドホンを買わなかった。というより、手がでなかった。貯金を叩いても、食事を30回くらい我慢しないといけなそうだった。bose-700。

2020年秋、アメリカでルームメイトと暮らし始めて二ヶ月程経った。自分のパーソナルスペースがどうしても枯渇して、これはもうノイズキャンセリングのヘッドホンを買うしかないんじゃないか、という結論に至った。調べてみると、bose-700は、デビューから一年半ほど経っているにもかかわらず、ノイズキャンセリングヘッドホン業界のトップ2をはっていた。とても4万6千円もヘッドホンに出せない私は、アメリカのBOSEが行っているrefurbishedのシステムを利用した。誰かが使ったものを、BOSEが綺麗にした、同じ製品だ。その分安い。

2020年冬、君は届いた。中古のスマートフォンでも入っていそうな、機能性しかない白い箱に入って。君は279ドル。いい値段のヘッドホン。その中古、リサイクル。簡素な箱に入って送られてくる。ただの大学生の端くれのくせに、無駄に大きな夢を抱きがちな私にはちょうどいい代物だった。

それ以来の付き合いだ。ずぅっと、君は空間を作ってくれる。君が造ったステージの上、私は人の曲をきいて踊ったり、泣いたり、放心したり、映画の主人公になったりした。サンフランシスコ、ルームメイトと帰宅中、Spotifyで少し癖のあるラップを聴きながら、私たちは踊った。彼女の耳にもBose700。私が勧めたら、翌週には手に持っていた。一ヶ月に一度ほど、RMのSeoulを聞いた。たまに和訳の歌詞をみては泣いた。東京、1時間半のミーティングから解放され、脳死しながら帰宅する私は、放心状態。Vaundyの新曲を永遠リピートしながら海に浮かんでいた。耳にはBose700。サンフランシスコ、コワーキングスペースの帰り道、ふっとみかけた花屋に入る私は映画の主人公だった。曲は、cigarette daydream.

君の持ち主になる人は私が初めてじゃないね。もしかしたら私で最後にならないかもしれないね。前の人はどんな人だったんだろ。テック系のレビューYouTuberかなぁ。一回だけ聞いて、BOSEにお返ししたのかしら。それとも、将来有望な若者かな。もっといいヘッドホンを背伸びして買うために、君を手放した、とか。私の生活は、ノイズキャンセリングヘッドホンがないと成り立たないほど忙しなくはないけれど。たまぁに宇宙に自分が一人だけふわっと浮いているような、そんな感覚がどうも欲しくなる。どうにも、君にしか造れない空間がある。

色んな人のライフステージで、君は文字通りステージを造って、その人の選ぶライフを、音をかけて、今日も休みもせずに。

ポチっとスイッチをいれる。グワァンと心地よい起動音。「battery: 17 hours. Connected to: pixel 4」

さぁ、今日も1日。

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