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旅する身体、その心の動き

 午前6時50分。旅先である郡山の、銭湯で迎える朝。
 アレルギー性鼻炎の薬で異様に眠くなった昨晩がうそのように、仮眠室の点灯でスッキリと目が覚める。寧ろそのくらいの薄ら眠い副作用が入眠に丁度良かったのかもしれない。
 現代っ子らしく携帯チェックをしてから動き出し、寝惚け眼で喫煙所へと向かう。ここは朝っぱらから、たったひとつの目的を果たすためだけの人々が入っては出て行くな。
 自身も例に漏れず目的を果たすと、身支度をするべく風呂場の脱衣所兼パウダールームへ入る。昨晩から思ってはいたが結構な湿気だ。風呂よりも湿気ている。これではパウダーが全て湿気る。しかしお陰で化粧乗りが良いような気がする。身支度を終えて席を立つと、ドライヤーを握りしめているのに水分でびっしょりのおばあちゃんから、
「ちょっとあんた、これどうしたら熱い風出るの?」
と助けを求められる。
 前に使った人が冷風で固定したままにしていたのだな、不親切な。私はびっしょりのおばあちゃんにドライヤーの使い方を教えると、本当にありがとうねえ、と感謝される。朝から人に感謝されるなんて滅多にないことなので良い気分になる。全然いいんだよおばあちゃん、寧ろドライヤーの使い方を教えさせてくれてありがとう。そんなキモい感謝の折り返しをするわけにもいかず、
「なんもですよ!」
と爽やかに言うなどする。言った後に、秋田弁だなこれ、と思う。おばあちゃんはどこの人だったのだろう。まあ多分東北の人で、どういたしまして的なお気になさらず的な、このニュアンスは通じていただろう。

 準備が集合時間よりも大分早く終わっていたので、いい気分ついでにコーヒーでも飲みながら本を読んで待つことにした。

 紙コップ式のコーヒーの自販機に千円札が入らない。吐き出されるとかではなく、頑なに噤んだ口のように千円札一枚入る隙を与えられない。なんでだよ、札中止って書いてくれよ、じゃあ。
 微妙な気持ちで隣の両替機に千円札を入れる。吐き出される。え?私のこれ、ニセ札ですか?悲しい疑念を抱きながら何度かトライするも全敗する。小銭入れを確認すると中身は9円。普段からの、自身の小銭を着実に減らすべくちまちま使う癖を憎む。
 このままではコーヒーが買えない。こんな気持ちのいい朝にそれは余りに癪ではないか。半分意地になって肩からかけている小さな鞄やポケットの中を探る。
 収穫、200円。普段からの、小銭をちゃんと小銭入れに仕舞わない癖に感謝する。これがあるからやめられない。

 コーヒーひとつ買うのにも苦戦してしまい、ようやく館内のベンチで本を読み始める。私小説的な内容のもので、文豪の憂鬱に安い共感を寄せながら読み進める。
 ふと本を閉じて顔を上げてみると、先程ドライヤーの使い方を教えたおばあちゃんが通り掛かり、再び声を掛けてくれた。
「あんた素敵な上着を着ているわね。」
どこまで私の気分を良くしてくれるのだろう、このおばあちゃんは。もしかしたらまだこれは夢かもしれない。だとしたら大遅刻だ。私の派手な上着の金色の縫い糸をおばあちゃんがトントンと触る。夢ではないな。
「ありがとうございます!嬉しい!」
 全力の若者スマイルで返事をする。こういう、見知らぬ土地での見知らぬ人とのコミュニケーションが本当に好きで、心からの喜びを彼女に伝えた。

 入館時とは打って変わって明るくなった銭湯で、ひとり小さな幸せを抱え、そこを後にする。
 本日は仙台でライブの為、只今車に揺られながらこの文章を綴っている。今日は誰に会えるかな。この文章を読んでくれた人は是非“noteを見た”とお伝えください。特典は特にありませんが、なんか嬉しいので。


​────いざ仙台!

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