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【#青ブラ文学部】ダイエットのやり過ぎ注意

 香織の枝のようにか細い手脚を触ってみると、ほんの少し力を加えたら折れそうだった。
 これだけ見たらどれだけ衰弱していたか、一目瞭然だ。
「一体何日間ぐらいちゃんとしたご飯を食べていないの?」
 私がそう聞くと、香織は「……そこの……パン……三日……」と今にも消えそうな声で言った。
 キッチンの方に行くと、袋が開けっ放しの食パンが置いてあった。
 彼女は『三日』と言っていたが、カビが生えているの見ると、それ以上かもしれない。
 私は変わり果てた友達を見た。
 肌艶の良かった彼女が今では頬は痩せこけ、目に隈ができ、肌は荒れて唇は砂漠と化していた。
 ソファに腰を掛けるのがやっとの状態で、顔を俯いていたので、寝ているのかも死んでいるのかも分からなかった。
「おかゆ、作るから」
 私がそう言うと、香織はバッと私の方を見た。
「や……や……だ……たべ……たく……」
「食べなきゃ駄目。でないと、推しのアイドルに会えなくなるよ」
 推しのアイドルという言葉が聞いたのか、香織はこれ以上何も言い返さなかった。
 私は事前にコンビニで買っておいたおかゆを電子レンジで温めながらある言葉が脳裏を過ぎった。
『彼、痩せている人が好きなの』
 香織の言葉だ。
 彼女はあるアイドルグループの男性にハマっていて、いつか彼と結婚したいというのが口癖だった。
 ある時、香織が突然ダイエットを決意すると言ってきた。
 理由を尋ねると、推しの彼が配信で『痩せている人の方が好き』と言っていたからだと。
 確かに香織は痩せてはいない。
 けど、そこが彼女のチャームポイントでもある。
 饅頭みたいなプニプニほっぺたのどこが駄目なのと尋ねてみても、彼女は「贅肉を削ぎ落とさなきゃ。でないと、嫌われちゃう」と頬を摘みながら答えた。
 その日から彼女は見違えるようにダイエットをした。
 主に食事制限がメインだった。
 いつか諦めてリバウンドするだろう――そう思っていたが、彼女は本気だった。
 まさかそこまで彼の愛が強いなんて思わなかった。
 もっと早く連絡するべきだった。
 けど、手遅れじゃなくてよかった。
 そんな事を考えていると、電子レンジが温め終了を知らせてくれた。
 私は急いで器に移して香織の元まで運んだ。
「ほら、あーん」
 私がスプーンですくって口元まで運ばせると、彼女はゆっくりと口を開けた。
 何回か息を吹きかけて冷ました後、慎重に口に運んだ。
 香織は僅かな力でモグモグ動かした後、また口を開けた。
 何回か繰り返すうちに、力が付いてきたのだろうか、自分でおかゆを食べ始めた。
 パクパクと完食した後、急に立ち上がったかと思うと、キッチンに向かった。
 ガチャガチャと何か音がしたかと思えば、両手に溢れんばかりのスナック菓子の袋を持ってきて、手当り次第に開けて、チップスが溢れるぐたい鷲掴みで食べ始めた。
 食欲に火が付いたのはいいけど、食べ過ぎじゃない?
「そんなに急に大量に食べたら胃が受け付けられないと思うけど……」
 私がそう言っても、彼女は夢中で食べ進めていた。
 段々乾いていた肌がポテトチップスの油でテカテカになっていた。
 そんなこんなで持ってきた袋を全部平らげてしまうと、今度はスマホを取り出し、何か操作していた。
 それが終わると、またキッチンに行き、今度はニリットルの炭酸飲料を開けて、ラッパ飲みしだした。
 全部飲み終わる頃に、ピンポーンとチャイムが鳴った。
 彼女が足早に玄関に向かうと、「どうもーー! LLサイズ、お届けに上がりましたー!」と若い男性の声が聞こえた。
 彼女が持ってきたのはピザだった。
 一番大きいサイズで、生地の上に厚切りチャーシューとベーコン、ツナマヨとハラペーニョなどが散りばめられていた。
 それを一切れずつ頬張っていった。
 半分ほど食べた所で、またチャイムが鳴った。
 今度は私がドアを開けると、「こんにちは! 特上五人前をお持ちしました!」と巨大な寿司桶を持った女の子が出迎えてくれた。
 お勘定を済ませて持ってくると、もうピザが無くなっていた。
 私は封を開けて、彼女の目の前に置くと、お醤油を付けずに三貫まとめて口の中に入れた。
 寿司を食べている間も、続々と出前が来た。
 1メートルを越えるハンバーガー、5玉入りのラーメン、10人前のカルボナーラ、ホールケーキ3つなど……巨人の食卓かと思わせるぐらいのラインアップだった。
 だけど、栄養素が偏っていたので、急いでスーパーに行き、野菜とフルーツを買ってきて、大きなサラダボールを作ってあげてみたら、数秒で平らげてしまった。
 香織は掃除機みたいにドンドン吸い込んでいき、あっという間に全ての出前を完食した。
「あーー! 生き返ったーー!」
 香織はパンパンに膨れ上がったお腹を擦って寝っ転がった。
 いつも通りの饅頭のほっぺたがプルプル揺れていた。
 数時間前まで死にそうな姿の面影はどこにもなかった。
 香織は汚れた口元を拭った後、私の方を見て言った。
「彼の推し、やめるわ」

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