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どんどん「たいら」になる:日本政治史研究者の清水唯一朗さんとの対話

2003年ぐらいのこと。共に20代の、日本政治史の若手研究者と、外資系コンサルティング会社出身者が、なぜか同僚だったことがありました。その若手研究者がDHBR Fireside Chatの7人目のゲスト、慶應大学SFC教授の清水唯一朗さんです。

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当時私は、たまたまのご縁と直感でマッキンゼーから東京大学先端科学技術研究センター(先端研)にえいやっと転職。その頃にできた「大学がプロジェクトのために文部科学省の予算を取り、その予算でプロジェクト特任のスタッフを雇う」という新しい枠組みのもと、学部卒ながら特任助手(今で言う助教)として働いていました。

先端研にはその装置をまわすと一帯の電気が飛ぶと言われる研究をやっている先生、ユビキタス研究のために敷地内にぼこぼこセンサーを埋め込んでいる先生、視覚と聴覚の障害を持ちながらバリアフリーの研究と実践を進めている先生、そして大学発ベンチャーや産学連携組織を作っている知財法の先生(玉井克哉教授、私の当時のボス)など、既存の大学組織・学問領域にははまらないぶっとびな先生が文理を超えて集まっており、なんかすごいエネルギーが渦巻きそれを外にも放出している場所でした。そこに新たに着任されたのが、日本政治史の大御所の御厨貴先生。日本的な分類でいけばド文系の先生が「先端科学技術」研究センターにいらっしゃった。今思えばすごい(というか、はちゃめちゃな)ことです。

御厨先生がリーダーの人材育成プロジェクトを立ち上げ、私はそのプロジェクトを回す専任の助手となり、より研究者的立場で関わる助手ということでやってきたのが清水唯一朗さん(清水くん)でした。中でも、御厨先生が精力的に取り組まれてきた「オーラルヒストリー」を担当する、とのこと。同僚でありつつ、私はプロジェクトを派手にぶんまわし、彼はじっくり研究する、という役割の違いがあり、仕事を直接一緒にやるということはほぼなかったのですが、清水くんが、自分の研究には誠実に向き合いながら、「専門」に閉じこまらずいろんなことに純粋な好奇心を持っている姿に、ああ、こういう人が研究者、大学の先生になるっていいなあ、と思っていました。

その後、小布施の会議でばったり出会ったり、清水くんのSFCのゼミに呼んでいただいたり、私が関わるプロジェクトの会議に招待したり、と、ちょこちょこと接点はありながら、ちゃんと話すことがないまま月日が流れました。でも、ちょこちょことした接点のたびに、よきおもしろき人生を重ねている、という印象を持ちました。

そして、清水くんの2021年の著作「原敬 - 平民宰相の虚像と実像」を読んでみたら、これがめちゃくちゃ面白い!

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原敬、その時代に生きた人たちがどのように激動の中を協力したり対立したりしながら日本政治を形作っていったのか。彼らが一人の人間としてどんなことを考え、思い、悩んでいたのか。制度と個々人が織りなす物語が、わかりやすく、でもあくまでも学術書として冷静に描かれていく。著者は、まっすぐな好奇心と学問への真摯なコミットメントを持って、陶酔せず静かにそこにいる。

こんな本を書けるようになった、清水くんご自身の人生の軌跡をぜひ聞いてみたい、と思って今回お声がけさせていただきました。「そもそもオーラルヒストリーってなに?」というのも長年気になりながら、ちゃんと聞けたことなかったし。

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人に近いところで歴史ができるのが「政治史」

なぜその人がある分野に興味を持ち、さらには一生をかけてそれを研究するようになるのか。私にとっては、研究内容そのものより、興味を惹かれる問いです。なぜ清水くんは「日本政治史」というものに興味を持ったのだろう?

まず、「大学の先生になりたい」とずっと思っていたそうです。大学の先生は、2年サイクルで担当の学生が入れ替わり、変わる度に新しい学生から学べて自分も変われるというところに、すごく魅力を感じていた。

同時に、子供の頃から歴史に興味があり、とりわけ人の歴史に惹かれていたとか。そして、政治というものを見てみることで、人のいいところも悪いところもひっくるめて浮き上がってくる人に近いところで歴史ができるのが「政治史」だから、政治史の研究者になろう、と。そうすれば大学の先生にもなれるし。うむ、なるほど。

すでに高校の時には、日本政治史の大学の先生になる、ということをしっかり考えていて、しかも全くその通りになっているだなんて、全力疾走で回り道しまくった挙句、この歳になってようやっと自分なりの人生を歩めているような気がする、という私からみると、もはや異次元です。

自分の声に正直にまっすぐに人生を歩み続け、しかも専門は「日本政治史」の大学の先生、となると、大変にまじめなかたい感じの人かな、と思うかもしれませんが、そこが清水くん、全く違うんです。

いつも目がきらきらしていて、楽しそうで、とにかくcheerful。そして、えらそうな感じが見事にゼロ。誰に対しても。ゼミに呼んでいただいた時も、あれ、あの時教室に清水くんいたっけ?というぐらい。ゼミの先生なのに。

清水くんは長野出身。長野出身の親しい友人は全員とにかく桁違いにナイスでcheerfulなので、長野マジック、ということなのかもしれません。が、清水くんがずっと取り組んできた「オーラルヒストリー」のことを今回改めて聞くことができ、そこに清水くんの在り方のヒントがあるように思いました。

「答えを求めないようにする」オーラルヒストリー

先端研時代、清水くんたちがオーラルヒストリーの研究をしているのをぼうやり眺めていました。その時の私の理解は、それまで歴史の研究は文書を読み解くことで行われてきたのに対して、人にインタビューをした記録を歴史の研究に使うようになってきた。つまり歴史の研究のためにインタビューをするということね、という程度のものでした。

清水くんはオーラルヒストリーとは何か、について、こう語ってくれました。

インタビューにはどうしても聞き手側の偏見や価値観が入る。話し手の答えも聞き手の考えに反応したものになる。一方、オーラルヒストリーは聞き手側の偏見や価値観をできる限り排除することで、話し手が話したいことを話してもらうようにします。

そして、オーラルヒストリーを実現する、つまり話し手が本当に話したいことを話す場をつくるためには、聞き手側に「答えを求めないようにする」心構えが必要だ、とも語ってくれました。

私も長年インタビューをやってきています。最初の頃は、今振り返ると、自分の考えをサポートしてくれる言葉を求める、もはやインタビューとも言えない自分本位なインタビューをしていました。あとは、インタビューをしている方に「こいつはやるな」と思ってもらいたいという一心で、どんな鋭い質問をするかばかり考えて、相手の言葉をちゃんと聞いてない、とか。そこからだんだんと、長い時間をかけて、相手に無心で向き合うことで相手の深いところから本当の言葉が溢れてくる、といったインタビューに変わってきています。時折イタコ状態になったり。なので、清水くんのいう、インタビューとオーラルヒストリーの違いは、なんとなくわかります。

このオーラルヒストリーが、清水くんの研究と教育、つまり清水くんの人生そのものに深々と影響を与えていきます。

「これは自分の人生に必要なのでゼミにしてほしい」

慶應大学SFCに着任してまもない頃に、授業でオーラルヒストリーのワークショップを開催した清水くん。授業後、ある学生がやってきて、こう言ったそうです。

「先生、これは自分が生きていくために必要なものなので、ゼミにしてください。」

そして彼女が自分の友達なんかも連れてきて、8人でゼミが始まりました。ヒストリーとカタカナで書かれているとはいえ歴史のゼミ、清水くんはれっきとした日本政治史の研究者。にも関わらず、ゼミに起業している学生社長が5人もいる、というような謎の展開になっていきます。

自分が人生で何をしたいのかわからなくなってきたら、自分に対して耳を傾ける「セルフ・オーラル」が流行ったり、ゼミ生の友達に自分のことをオーラルヒストリー形式で聞いてもらうことで自分への理解を深めたり、と、学生の手でオーラルヒストリーが、歴史学の一手法ということを超えて進化していきます。まさに「生きていくために必要な」ツールとして。

そして、こうしたゼミでの体験を通じて、清水くん自身も、学生さんたちに対するスタンスが変わっていきます。

スタンスをたいらに持てるようになりましたね。ゼミも最初の頃は、学生とのやりとりも、とんがった星同士がぶつかってとんがりが刺さったままお互い動けなくなる、自分の主張を言い合う、という感じだったけれど、だんだん自分のとんがりを引っ込められるようになった。

資料は論文を書くための材料ではない

オーラルヒストリーを自らも実践し、そしてそのゼミでカラフルな学生たちがオーラルヒストリーを軽やかに真摯に自分たちの人生に取り入れていく様をみていく中で、清水くんの本丸の日本政治史の研究のスタンスにも変化があったとか。

最初は自分にとって歴史の資料とは学術論文を書くための材料でした。でも、だんだんと、自分はこの資料に何を読み取るのか、という姿勢になっていきました。そしてその資料の中にある、本人の経験、悩みを意識するようになって。深く読み込むようになったことで、遅筆にもなりましたが。

これは、DHBR Fireside Chatの第一回目のゲスト、禅僧の藤田一照さんが教えてくださった「有心・無心」の違いと似ているのではないかと思います。達成したい目的のためにがんばる、その目的のために自分を含めて使えるものを使っていく、という有心に対して、そこに任せきり没頭することで自ずと何かが立ち現れる(かもしれない)無心。

よいゼミをしよう、よい学術論文を書こうという目的があり、清水くんにとってオーラルヒストリーはもしかして最初はそのためのツール・材料の一つだったかもしれません。これは有心。

でも、自分の偏見や価値観を排除して、答えを求めずに相手の前に立つ、それにより相手の本当の声を引き出す、というオーラルヒストリーを実践しその場を広げていく中で、ゼミにおいてはそこにいる学生、研究においては今手にしている資料に対しての向き合い方が変わった。自分の目的のためのツールではなく、それそのものを丸ごと受け入れ、それに対して自分が何を感じるか、考えるかを丁寧に観察するようになっていった。その結果、ゼミでも研究でも、思ってもみなかったようなものが生まれてきている。これは無心です。

オーラルヒストリーと共に旅をすることで、清水くん自体の生き方が、有心から無心へ、ゆるやかに変わってきているんじゃないかなあ、と。まあ、勝手な推測ですが。


DHBR Fireside Chatという場があることで、こういうお話を大好きな尊敬する人たちから聞けるって、本当に幸せです。今回もただただ幸せな時間でした。(そして、オープニングでは、「慶應義塾大学」でかみまくり。ぎじゅくだいがく、ってめっちゃいいづらい...)

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Yuichiro Shimizu
1974年長野県に生まれる。慶應義塾大学で日本政治外交史を学び、政策研究大学院大学・東京大学でオーラルヒストリープロジェクトに参加する。2007年、慶應義塾大学SFCに着任し、政治学、歴史学、オーラルヒストリーを用いた研究と教育を進め、2017年から現職。この間、米・ハーバード大学ライシャワー日本研究所、台湾・国立政治大学国際事務学院、独・ルール大学ボーフム日本学科などで客員を務め、日本研究の国際化にもかかわっている。著書に『政党と官僚の近代』(藤原書店、2007年)、『近代日本の官僚』(中公新書、2013年)、『日本政治史』(共著、有斐閣、2020年)、『The Origins of Modern Japanese Bureaucracy』(Bloomsbury、2019年)、『憲法判例からみる日本』(共編、日本評論社、2016年)など。近著に『原敬―「平民宰相」の虚像と実像』(中公新書、2021年)がある。















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