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一度きりの受賞で「才能ある」とカン違い

ブックサイト「好書好日」の連載「小説家になりたい人がなった人に聞いてみた。」の、「小説家になりたい人」こと、清 繭子。地方文学賞の〈審査員特別賞〉を10年以上も前に貰ったきりの私が、無謀にも会社を辞め、小説家になろうとする、もう自分で自分を笑うしかない(自笑)な奮闘の日々。


もう14年も前のこと。
美容院で髪を染めていたら、知らない番号から電話がかかってきた。
セールスだったらすぐ切ってやろうと、できるだけ不機嫌な声で「おぉん?」と出る。

「もしもし、清さんの携帯でしょうか。わたくし、深大寺恋物語大賞事務局の……」
その瞬間、背中がぴしーっとなって、毛染め液を付けていた美容師さんがビクッとした。

「第六回 深大寺恋物語大賞」受賞の知らせだった。

受賞といっても大賞ではなく、審査員特別賞なんですけどね……。
しかし、二十代の清は思った。
「ああ。やっぱり私、才能あるんだ」
そして、そのカン違いはその後14年に渡って続いたのである。(こわっ!、てか今もやん……)

受賞後、とくに出版社からお声がかかることもなく(そりゃそうだ)、仕事の合間を縫っては小説を書き、「群像新人賞」「すばる新人賞」「R18文学賞」「文藝賞」などなどにせっせと応募→落選を繰り返したが、

「一次も通過しなかった…だと…?ミスプリか?」
「あかんわ、ここの下読み人と相性悪いわ~」
「原稿、郵便局員に失くされたのかも…」
キヨシハ ラクセンヲ ヒトノセイニスル チカラヲ テニイレタ。

なぜなら、私はもうあの受賞で完全に自分を「小説を書ける人」認定してしまったのである! なんなら、受賞作品集が出た時点で自分ではもう「小説家になった」つもりだったのである! 
ひゃ~~~っ!怖い!前向きな人って怖い!
「!」を多用してPOPにしたところで怖い!

ちなみに先日、文學界新人賞を受賞された市川沙央さんにインタビューしたとき、「清さんは落選したときどうやって立ち直りますか?」と逆質問され、「人のせいにします!」と答えたら固まっていらっしゃった……。そこ、プロになれる人との差だぞ、きよし!


そして時は流れ、会社を辞めた私は、縁あって「好書好日」でインタビュアーになった。初仕事は、「生皮」を刊行された井上荒野さんへのインタビュー

荒野さんといえば、荒野さんといえば……

「深大寺恋物語大賞」の審査員ですよ!

勝手に私の中で恩師となっている井上荒野さん(迷惑やぞ)。荒野さんにいただいた選評は三十回は読んだ。うれしくて、うれしくて。

取材の冒頭、「じつは以前、深大寺恋物語大賞で荒野さんに選んでいただきまして…『象のささくれ』っていうタイトルで……」と恐る恐る伝えると、

「あー! 男の背中が象に似てるっていう……」
と、なんと、10年以上も前の、たった10枚の作品を覚えていてくださったのだ!

小説を選ぶ側の真摯な姿勢を知り、人のせいにしてきた自分を恥じたのでした……。下読み人の皆様、(あと郵便局員の皆様)お許しください。

と同時に、

「ええふうに取る」ことに関して天賦の才がある清は、あの井上荒野さんに覚えていてもらえる作品を書けたんだから、やっぱりいつかは小説家になれるのかも……とも思ってしまったのであった!

ポジティブというのは、もろ刃の剣。諦めない力にもなるけれど、真実(己の実力)を見誤る原因にもなる。

それに、小説家でポジティブな人って聞いたことないよね……。
自己批判精神をもっと持てるようになりたい。でも、落選はつらい…逃避したくなる…。市川沙央さんに「落選したときにおすすめの映画&本」を聞いたので今度書きますね。

ちなみに「深大寺恋物語大賞」は来年度をもって、20年の歴史に幕を閉じる。原稿用紙10枚で深大寺周辺を舞台にした恋物語を…という、初心者でもとっかかりやすい小説コンクール。

私の時代は、入賞すると、選考委員の村松友視さん、井上荒野さん、清原康正さんと授賞式の後、会食があり、その場で小説についていろいろ質問できる場が設けられていて、とても貴重な時間を頂きました。おすすめです!



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