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街を育ててホテルにする〜西伊豆・土肥のキュートな挑戦

出版社の編集職を辞してからというもの、「食」をキーワードにさまざまなお仕事に携わっています。
その中でも、ホテルというのは非常にエキサイティングで醍醐味の大きいジャンルです
だって、ホテルにはレストランもカフェもショップもあり、食からインテリア、建築を含むデザイン、ソフトからファシリティーに至るまでありとあらゆるコンテンツ考案が必要不可欠で、
どんだけ首を突っ込んでも、まだまだ知らないことばかり。

ホテルには、全部がある

間違いありません。

さらには、都会派ラグジュアリーホテルからリゾートのレジデンス合併スタイル、「Airbnb」などのおしゃれ民泊、「9h」などの近未来型カプセルホテル(時々お昼寝場所として利用します)、アートホテルにテーマ性あるブティックホテルなど、もう、ゾクゾクするような魅力あるニューカマーが次々と参入してくるものですから、目が離せずワクワクが止まりません。
コロナで世界が身を縮めている中でも、虎視眈々とアフターコロナのビジネス復興を狙っている業界、それがホテルではないでしょうか。

昨今、旅が恋しくてたまらず、そんな思いに従うようにホテル業界への興味が増すばかりですが、先日、非常に楽しく興味深いホテル体験をしました。

4月1日オープンの小さなホテル「Loquat(ロクワット)西伊豆」

「びわ」という意味を持つチャーミングで贅沢なホテルです。すでに2月6日には先行して敷地内にあるイタリアンレストランとジェラテリア、ベーカリーがオープンしており、今回宿泊棟が始動するということでようやくグランドオープンとなりました。
が、泊まれるのは1日にたった2組。
「ロクワット」は、西伊豆・土肥の地に300年前から続いていた歴史ある鈴木家の邸宅をフルリノベーションした宿で、
母家をレストランやフロントの役割を果たす場にし、庭に建つ大きな3つの蔵を、バー(日中はサロン)と2つの宿泊棟として仕上げました。

1棟貸しスタイルであるため、泊まれる宿泊者数は限られているのです。

……というところまでを前情報としてお聞きしていたため、白状すると「地方に誕生する超贅沢ホテルだよね♡」と思っていたのでした。
しかし、少し違っていました。

本当の贅沢を実現するための戦略が、私の知らないところにあった

のです。
この日「ロクワット」を訪ねた私たちを迎えてくださったのは、親会社である「Catalyst」の代表取締役を務める高野由之さん。
旅館再生事業や古民家再生のプロデュースを行う会社で、抱える案件の大きさや多彩さとは裏腹に「創業してまだ数年です」とさらりとおっしゃる様子が爽やかで、正直、社長さんらしくない(すみません)好男子でした。
お訪ねした3月末は連日のようにメディアの訪問が続いてお疲れだったでしょうに、話がこのホテルの存在意義の件に及ぶと、好男子は急に熱量高いパワービジネスマンとなり、エキサイティングな土肥の未来について語ってくれたのでした。

僕は自分の会社を立ち上げる前もずっと旅が好きで、携わっていた仕事も地方創生やそれらに関わるようなものでした。で、プライベートや出張でも、いろんな場所に行くんですよ。特に、日本の自然豊かな地方とか。でもそのうちに、いろんな疑問を抱くようになって。なんというか、どこも似ているんですよね。例えば、どこの宿でもその地方の名産物や郷土料理が出るんですが、夕食には豪華な会席料理がドーンと出て、瓶ビール飲みながら、固形燃料であっためられる小さな鍋とか冷凍の八寸とか小鉢とかなんだかんだ。温泉入って寝て、目を覚ますと再び、干物や湯豆腐がずらりと並ぶ、普段だったらありえない量の和朝食。昼に地元の料理店とか行っても、もうお腹に入らないんですよね。
食事だけじゃなく、いろんな土地の観光システムにも疑問を抱いていました。いわゆる「V字型観光」と呼ばれるもので、宿泊客は宿にのみ滞在して終わったら帰る、というような。
縁があってお仕事を始めることになったこの伊豆市土肥というエリアも、残念ながら旅人が回遊したいと思うスポットは少ないものでした。古くから栄えた温泉地なんですが、歴史があって素晴らしい“たからもの”が山ほどあるのに、宿泊客は土肥の町を観光することはなく、修善寺とか沼津に行っちゃう。土肥にホテルを営むということは、その前にこの町に、もっと楽しく居心地のよくなる仕掛けを作らないと、そもそも土肥の町の方にだって受け入れてもらえないぞと思ったんです。

わかる、わかる、わかる。……が、ここまで聞いてもまだ、「ロクワット」がそれを解消する存在になっているのかな?と思っていました(再びすみません)。
が、その後に続く話で、私は驚いてしまいました。

4月1日は「ロクワットのオープンの始まり」です

2月6日に併設飲食店がオープンし、4月1日に宿泊棟がスタートした「ロクワット」。しかし、計画はここからが本当のスタートです。

1軒の素晴らしい宿が誕生して、そこが存在するだけで町が一気に潤い、地方活性につながる、なんてことは不可能です。私たちは土肥の町が初めて訪れた時から大好きになり、知れば知るほど惹かれるばかりです。しかし、ここの経済に貢献したいと思っても、大きなホテルを建てたり施設を作ったりしてしまっては、愛情のゆえんである自然を破壊してしまうことにつながりかねない。要するに矛盾します。難しいんですよ。
そこで、まずは江戸時代から300年続く旧家、鈴木家から始めることになりました。大昔は、町の皆さんが婚礼や葬儀といった際にここの大広間に集まっていたと聞きます。我々が今回着手するまで、30年間ほど放っておかれた古い家で、庭も内部もかなり荒れていましたが、根気強く手を入れると見違えるように美しくなりました。宿泊棟やバー棟に使ったのは庭にあった蔵で、それぞれ「一の蔵」「二の蔵」「三の蔵」と名付けました。庭にある珍しい白びわの木もそのままにしてあります。
さぁ、最初の一歩が始まった。ここからなんです。というのも、今、残念ながら土肥の町には、かつての鈴木家と同様、廃墟となった古い家や蔵がたくさんあって、住み手もなく捨て置かれたような状態のままになっています。こういった物件を探して交渉をし、決まったら鈴木家と同様に徹底的にオリジナルを活かして丁寧にリノベーションをかけていこうと考えています。「ロクワット」は、今は1日2組しか泊まれませんが、今後は土肥のエリア内にいろんなタイプの“客室”を誕生させたいと思っているんです。いつか、土肥の町が点と点で結ばれるホテルになる、そんなイメージ。素敵だと思いませんか?

町がホテルへと変化していく

それはすごい。聞いたことがありません!

「ロクワット」でもう一つ魅力的だと思ったのは、その存在が旅人のためだけではなく、土肥の人々に向けたものであるという点です。

例えば、ここのメインダイニングはイタリアンレストランです。
北鎌倉に本店がある「タケル・クインディチ」が入ったのですが、新たに西伊豆の食材を活かすレストランとしてオープン。使用する食材は駿河湾の魚介類や天城の野菜、そして多彩な柑橘類ですが、そういった食材が繊細なイタリア料理になって出てきます。2月6日にオープンしてからというもの、地元の人々に大人気。土肥在住の人はレストラン利用時にドリンクとデザートがサービスされる(5/31まで)というのも、エリア愛を感じます。
ジェラテリア&ベーカリーは、鎌倉の人気ジェラテリア「SANTi」が参画。パンは東京・池尻大橋の「TOLO PAN TOKYO」がサポートに入りました。この日、私が「ロクワット」に到着したのは午後4時くらいでしたが、ものの見事にパンはすべて売り切れ。これも地元の方々に大人気なのだそうです。

地元に愛されることが地方ビジネスの第一歩であり最大の難関

というのは、かつてローカル都市を取材した際に幾度となく聞いた言葉ですが、ことほど左様に楽しく素直な方法でアプローチしているのも、「ロクワット」の魅力だと思いました。

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私はこれまでにいろんなローカルガストロノミーの魅力に触れ、それを伝えたいとか、もっと増えたらいいのにとか、そんなことを考えてきました。
しかし、実情としては、ローカルガストロノミーのシェフたちは結構苦労しています。
連日、海外や首都圏からとんがったフーディーが大挙して押し寄せるのを、近隣の在住者や飲食店関係者から怪訝がられ、時にはやっかみの眼差しで見られることもあるといいます。
一生懸命、自身の道を探り続ける一方で、予想外の気苦労が多いというのがローカルビジネスの盲点なんだなぁ、と感じたりします。

今回訪ねた「ロクワット」は、

ローカルを“面と未来”で思想し、設計する

という大きな気づきをもたらしてくれました。
似たものを作り上げるのはもちろん簡単なことではありませんが
このような考え方があること、そして、それらを元気いっぱいに推進しているのが30代を中心とする優秀な旅好き集団によるものだということを、
ぜひ知っていただきたいなと思いました。
素敵な旅に、感謝です。

#ローカルビジネス #旅が好き #これからのホテル

フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。