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その仕事に背骨はあるの?

もうずいぶん昔の話になります。

フードマガジン『エル・グルメ』編集部に異動する前、
私はマダム雑誌『婦人画報』の編集部に在籍していました。
創刊は1905年(ワオ!)。初代編集長は国木田独歩という、歴史ある雑誌です。
いろんなジャンルを担当していましたが、
最も長かったのが「カルチャー班」。
食はもちろん、うつわ、旅、お茶、皇族、歌舞伎から宝塚まで
ありとあらゆる内外のカルチャーを記事にしました。
たいした特技も資格もなくポンと配属されただけの私でしたが
今思えば、一生の持ちネタをこの時代に得た気がする。
(ありがとう、婦人画報!)

中でも忘れられないのが、瀬戸内寂聴さんの取材でした。
ご縁があって何度か、大作家の取材を担当させていただき、
編集部内でも「寂聴番」を気取ってたんです。
瀬戸内寂聴さん。52歳で出家する前の名は瀬戸内晴美。
時代を代表する女流作家で、晴美時代の作品もたくさん拝読しました。
すさまじい流行作家だったんですよ。
代表作「かの子繚乱」が、昭和37年〜39年まで『婦人画報』に連載されていたというご縁もあり、
瀬戸内さんも、この雑誌に愛着を感じてくださっていたのかもしれません。

私が初めて庵主さま(このようにお呼びしてた)にお会いした時、
彼女は85歳。私は、ドがつくペーペーでしたから
そりゃもう、めちゃくちゃ緊張しました。
気さくな方で、インタビューではとてもたくさんお話ししてくれる。
どんどん脱線して、しまいには妊娠のススメとか、ファッション談とか
今思えば脱線話もすべてが、楽しくてエキサイティングでした。

庵主さま自ら、自身のエッセイの中では何度となく

なぜ私は出家したか

について触れているのですが、
ネットでいろいろ調べてみると、そのたびにいろんな答え方をしている様子。w
更年期障害があまりに辛くてある日突然、とか
男女関係でものすごく煮詰まって、とか(これは少し本当らしいです)
忙しすぎておかしくなっちゃった、とか。

ちなみに、私がお話を伺った際におっしゃった言葉は

私の文学にはまだ背骨がないと痛切に感じたから

でした。
たくさんの賞を獲り、編集者に追いかけられる人気作家でしたが
芥川賞・直木賞という2大栄冠とは無縁で、
他にも、流行作家としては仕方のないことかもしれませんが
「たいしたものを書くわけでもなし」と中傷する文壇関係者も多かったのだといいます。

この言葉を聞いてから長い時間が経ったのですが、
最近になって私は、この庵主さまの言葉が折に触れて心に浮かびます。
なぜだろう?
自ら問うてみるのですが、おそらく
自分自身、今の仕事に対して似たような焦燥感を感じているからではないかなと思います。
すごく楽しいし、すごく愛着もあるし、やりがいもある。
でもときどき

私の仕事に背骨は通っているだろうか?

という問いが沸き起こってくるのです。

それはどんな時に起こるかというと、
携わっている企業案件が当初とは思わぬ方向に進み、揉め、
挙句にどうしようもなくもつれてしまってしまう時や
その逆に
クライアントに喜んでいただきながらも自分的には不満が残る時。
ま、弱さなのかもしれませんね……。

ただ、難しいところもあって
例えばフリーの料理人やシェフであれば、
ポリシーに目をつぶり、お客の要望を無視して
美味しいと思わない料理を出したりモノを推薦することは
当然、背骨もなんもあったもんじゃないと思います。
しかし、企業案件に携わって仕事をする場合、
クライアントやスタッフとのチーム体制で仕事が進んでいく際、
そこに、例えば店や商品への個人的な愛着とか思いの濃さというのは
あればあるに越したことはありませんが、
でも、ないからといって仕事をお断りするようだと

それこそ、子どもっぽい。NGです

ものすごくいいと思うコトだけを、熱量たっぷりに追いかける姿勢を
「背骨のある仕事っぷり」と見なすことに、違和感を感じるわけです。
かといって、
「山口ったらあんな仕事やってるよ。ギャラがいいんだね、きっと」
と思われるようなら、もう死んじゃう。マジで。

一流作家でもアーティストでもない一介のディレクターが
背骨のある仕事を得ようと思う時、
いったい何を基準にすればいいんだろう?
……という思いが、ここ最近、しょっちゅう心をよぎるのです。

いつも、noteを書くときって、
自分の中にある程度は、テーマに対する解答がぼんやり浮かんでいるのですが
背骨問題に関しては、目下、ぐるぐると思考中です。
ありがたいことに面白くてふるえるようなお仕事のご依頼を次から次へといただくし、
クライアントは素敵な方々ばかり。喜んでいただき、おほめの言葉をいただくと、こちらだって舞い上がります。
でもどこかで、

その仕事に対して背骨感じてる?

と、心の中から声が聞こえてくるのです。
「感じてるよ!」と言い返すには、何が必要なんでしょうね。

今年はこのまま、我々の暮らしはコロナに凌辱されつつ終わってしまうのでしょうが
その一方で、ニューノーマル、働き方改革、新しい日常が現実のものとなりました。
その延長線上では、皆が「背骨ある仕事をしたい」と思っているはず。
瀬戸内さんのように出家するのは今の私には難しそうですが
自分なりの働き方の基準、矜恃(きょうじ)を得ないとなーというのが
だんだん、リアルな問題になってきたと感じています。

#働き方 #COMEMO #食の仕事

フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。