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【360/1096】読書記録「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」

360日目。あれ?あと5日で1年ではないか?!と気がつく。遅い。今日は余裕たっぷりと思って家を出たのに、大遅刻するという変な時空を生きていて、時間間隔がおかしいのかもしれない。


鴻上尚史氏の講談社新書を読み始めて、久しぶりに一気読みしたのでその記録。

これを読むきっかけは、スタンレー・ミルグラムの「服従の心理」を読んだときに、人は本当に簡単に服従してしまうし、服従していることに気づかない人もいるほどなのだと思うと、それに逆らうことは並大抵のことではないのではないか?と思えてきた。

自分もこれから簡単に服従を選んでしまうかもしれないし、過去は服従し続けてきたしなと。

そのときに、「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」がアマゾンのおススメ本にでてきたのであった。
(たぶん、その前に鴻上さんの本を読んでいたからだと思うけど)

<概略>
太平洋戦争末期に実施された”特別攻撃隊”により、多くの若者が亡くなっていった。だが、「必ず死んでこい」という上官の命令に背き、9回の出撃から生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏に鴻上尚史氏がインタビュー。飛行機がただ好きだった男が、なぜ、絶対命令から免れ、命の尊厳を守りぬけたのか。命を消費する日本型組織から抜け出すには。

太平洋戦争の末期に実施された”特別攻撃隊”。戦死を前提とする攻撃によって、若者たちが命を落としていった。
だが、陸軍第一回の特攻から計9回の出撃をし、9回生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏は、戦後の日本を生き抜き2016年2月に亡くなった。

鴻上尚史氏が生前の佐々木氏本人へインタビュー。
飛行機がただ好きだった男が、なぜ、軍では絶対である上官の命令に背き、命の尊厳を守りぬけたのか。
我々も同じ状況になったとき、佐々木氏と同じことができるだろうか。
戦後72年。実は本質的には日本社会は変わっていないのではないか。
本当に特攻は志願だったのか、そして、なぜあんなにも賛美されたのか。
命を消費する日本型組織から、一人の人間として抜け出す強さの源に迫る。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210937

さらに、漫画にもなっているそうだ。

鴻上さんがこの本を書こうと思ったきっかけの本があり、こちらも今読んでるところ。

この本の中で、「命令した側」と「命令された側」をいっしょくたにして語らないということが繰り返し書かれていて、これがすごく大事なんだということだ。

「命令した側」と「命令された側」をごちゃ混ぜにしてしまうのは、思考の放棄でしかないのです。

「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」 より

と書かれていた。これをすると、問題の所在があいまいになり、再び同じことを繰り返す可能性をはらむ。

リーダーの出した指示の責任は、リーダーがとるのであり、その指示に従った部下に責任をとらせるなら、「責任」というものは無意味になると論じている。

これは、今の日本にもよく起きがちな様相だと思った。
安部氏の国葬のことにしても、同じような議論が起きて、国葬に反対するとなぜか、故人を冒涜していると怒る人がいる。
そして、そのようなまったく論点のずれた怒りをあらわにして面罵する人は当事者ではなく、傍観者であるとしている。
まったくそのとおりだなと思う。
傍観者の発言にはよくよく注意をしなければならない。
思い入れを饒舌に語る人は、「傍観者」であることが多い。
しかし、真実は「当事者」の言葉の中にだけある。

現実を見る能力が精神主義によって曇っていくさまは、愚かしく感じる。
でも、それを、「感動する」という一点で自分を納得させていってしまう人たちと、今の自分に違いはあるだろうか?大丈夫だろうか?と考えさせられてしまった。

東條英機首相が議会で「勝つと思ったら勝つのだ。気力がすべてだ」「負けたと思った時が負けなのだ。負けと思わなければ負けない」という趣旨の発言をよくしていたそうだが、これでは、何がどのようになったら勝ちでどのような場合に負けだと判断するのかがまるでわからない。
よもや、「全国民が死ぬまで戦うのが戦争」だと思っていた人が指揮官だったのだろうか?と思うとものすごい恐ろしい。

東條首相が飛行学校を訪れたときのエピソードがある。

どうやって敵機を撃ち落とすか質問し、学生たちが
「高射砲でこう撃てば・・・」と具体的に答えたら、
「違う。精神で撃ち落とすんだ」と答えたのです。

「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」 より

リーダーが、精神論を持ちだしたら終わりだと鴻上さんは断じている。一番安直であると。
ダメな人ほど、「心構え」しか語らないと。
もちろん、気迫ややる気は大切だが、それしか語れないということは、「リーダーとして中身がない」と言い切っている。

本当に優れたリーダーは、リアリズムを語ります。
現状分析、今必要な技術、敵の状態、対応策など、です。
今なにをすべきか、何が必要かを、具体的に語れるのです。

「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」 より

具体的な技術を学ぶということの大切さが身に染みた。
自分がいかに具体的に考えられるか?が、服従しないための一歩なのだなと思う。
自分と相手を知り、今、必要なことを見つけ出す。
これは、別に戦争に関係なく、自分にできることであり、やることなんだと思う。

精神論で感動できる話はわかりやすいし、同意しやすい。自分も頑張ろうと言う気になりやすい。
しかし、それは要注意だ。
現実は複雑で、単純ではない。

鴻上さんは、甲子園が真夏に行われているのも、この特攻のときと同じ構造だと指摘している。
また、最後のほうに2016年9月19日の報道ステーションの自衛隊のニュースを取り上げている。
南スーダンへの駆けつけ警護への参加に対し、
「1 熱望する 2 命令とあらばいく 3 行かない」という3択で3に〇をつけたら、上司に呼ばれ「なぜ行けないんだ?」とえんえん問い詰められたと自衛隊員が語っているニュースで、結局2と答えたと。
1944年の特攻隊員たちへのアンケートと同じであり、1944年が2016年につながっていると指摘した。

佐々木さんは特攻隊員であったとき、21歳の若者だった。
その佐々木友次という青年は、上官の命令に背いて生き延びることを選んだ。
そういう人が日本にもいたことを知ることはとても大切なことだと思う。

今日のところはこの辺で。
では、またね。


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