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#2 鵜木坂 百合

 僕がこの裏サイトを立ち上げたのは3年前で、『鵜木坂 百合(うのきざか ゆり)』とはその時から関わりがあった。
 しかも、『鵜木坂 百合』が本当に彼女なのだとしたら、3年前から僕らは密に接していたことになる。 

 3年前の当時、僕は21歳で、パソコンに少し詳しくなった頃だった。漠然とだが、初めは何か面白いサイトを作ることが夢で、お遊び半分でチャットサイトを立ち上げた。最初は至極一般的なチャットサイトで、好きなキャラクターを選んで話題や趣味でカテゴライズされたルームに入り、どこの誰とも知らない人と会話を楽しむような、至って普通なサイトを運営していた。
 特別有名なサイトでもなかったが、利用者は月日を重ねる内に増えていった。
 ある時、僕がサイトを覗くと『BFFT』というルームが作成されていた。念のためルーム内で問題が発生しないよう各ルームの見回りをしていたのだが、そのルームだけは合言葉が必要で、それが分からない者は入れない仕組みになっていた。サイト作成者特権で直接ルーム作成者と連絡を取り、ルーム内を見させてもらった。
 そこに待っていたのが今の僕に繋がる、世界の絶望だけを見据えた者達だった。 

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ーーーーkanataが入室しましたーーーー 

ナナシのゴンベェ:『あ、新しいBFFTでしょうか』 

115:『こんばんは、kanataさん』 

猫丸:『みんな今日はどうですか』 

サヤ:『見ての通り今日も生きちゃいましたよ』 

社〔ヤシロ〕:『時間だけが無駄に過ぎていきますね』 

鵜木坂 百合:『私今日も天井を見上げて終わりました』 

社〔ヤシロ〕:『誰の役にも立てないのに、生きているだけでお金が発生するなんて馬鹿馬鹿しいですね』 

猫丸:『いつかみんなで一緒に死にましょうか』 

サヤ:『最期くらい死を疎んでくれる人が欲しいものですよね』 

ーーーーkanataが退室しましたーーーー 

115:『びっくりして出て行っちゃいましたかね』 

ナナシのゴンベェ:『でも合言葉がないとここには入れないはずです』 

鵜木坂 百合:『あ、あの人、管理人さんです。管理のため見回りさせて欲しいとのことだったので…ごめんなさい』 

猫丸:『ああ…それじゃあここは無くなりますね』 

サヤ:『なんだ…少しはここで気を紛らわせていたのに、また無機質な日々が来るんですね』 

社〔ヤシロ〕:『あなただって、私だって、ここが無くなっても生活に変化はそう無いですよ』 

サヤ:『それもそうですね』 

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 それから1ヶ月後、僕はそのチャットサイトを閉鎖し、すぐに自殺志願者たち専用の裏サイトを立ち上げる準備を始めた。
 普通のチャットサイトより、裏サイトの方が断然興味が湧いたのだ。彼らの見る世界がどんなものなのか深く知りたかった。
 そして、僕は以前のルーム作成者であった『鵜木坂 百合』…つまり、今ここにいる能崎 紫(のうざき ゆかり)とサイト作成に協力してもらうため、個人的にやり取りをすることになったのだ。 

 『鵜木坂 百合』曰く、彼女はとても内向的で、外を出歩くのは病院へ行って帰るだけのほんの僅かだと話していた。ほぼ毎週のようにイカレた患者の集う精神病院に行っては、答えの分かりきったやり取りを主治医と交わし、薬をただ処方されるだけ。それに頼らなければ生きていけない、要は自分もイカレた患者の一人なのだと。薬を飲めば少しは安定するも、切れかかればまた不安定はやってきて、目に付く全てがうざったくて、恨めしくて、自分より幸せそうな人間と比較しては自分の落ち目を責め続ける日々を送っていると。どうすれば前を向けるのか分かっていながら、前を向くのが怖くて、前を向いてしまったらそれまでの自分を全否定するようで、死ぬまで私は後ろ向きなのだと。救えない精神患者なのだと、彼女は自らをそう話し、嘲笑っていた。
 僕は、この裏サイトがそんな彼女たちの心の救いに少しでもなれたら、なんて思っていた。
 しかし、彼女らにとっての救いは"死"有るのみ。
 そうして僕は"心の拠り所"としてのサイトではなく、"死"という救いを求める者たちの手伝いをすることを決意したのだ。

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