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翼をひろげる瞬間

身近な人が自信をなくしているようにみえたとき、自分のなかのエネルギーが突然火力を増してふきだすことがある。

ほんとに時々だけど、一体どこからそんな力が湧いてくるんだというくらい超強力で、強引な、なりふりかまわぬ、得体のしれない力が湧いてくる。その日がたまたまそうだった。

自分の翼をしまいこみかけているその人に、迷わずいう。

あなたがもってうまれた魅力、そのすばらしさと尊さは、誰に傷つけられても否定されても、ずっと変わらない。あなたにとっての宝物。あなたはそのままで素晴らしいし、すでに自分の良さを活かして生きている。だからどうか、その魅力をなかったことにしないで。

ということを感情に語彙がまったく追いつかないままいろんな言い方で、伝わらないもどかしさと葛藤しながら、必死に熱弁していた。

そういうと相手は「いやいやそんなおおげさな」って笑って、顔の前で手を横にふって、お酒をちょっとだけ飲む。気弱な横顔。わたしはますます加速する。

悩んでいる時は見えにくいかもしれないけど、いまも輝いてるよ。もしいまそれが見えないのなら、何度でも言うよ。いつだってそれが見えなくて不安になったら、何度でも何度でもいう。あなたの宝物、それが周囲をどんなに幸せにしているのかを。

口の端に泡をためながら、鼻の頭に汗を光らせながら、しゃべり続ける。もしかしたら相手もそこまで言われるほど落ち込んでたわけじゃないんだけど…と思っているかもしれないし、こっちがしつこすぎて、ちょっとひいてるかもしれない。でも「今自分がいわないでどうする」という謎の使命感にかられて体を乗っ取られたみたいに、ことばが、熱が、加速して、魅力を語り続ける。あなたの宝物がくもってしまうのは、あなた自身にとっても、世界にとってももったいないことだから。それは本当だから。

あつくるしく喋りつづけ、勢いでハイボールを追加注文し(お酒弱いのに)、鼻の頭の汗でチェックのハンカチが湿っぽくなった頃、ふとみると、相手の背中が少しずつ変化していた。

会った時にはきゅうきゅうにしまいこんでいた翼を、ちょっとだけ広げて、羽根にさわってみたり、なでてみたり。自分に翼があること、それを広げることができることを、もうその人は思い出している。誰とも比べることのできない、見えないけどたしかに存在する、自分だけのおおきな翼。

もちろんわたしが引き出したんじゃない。翼をひろげるきっかけを他人が「与える」なんてことはできない。ただ本人は最初から知っていて、それを「思い出す」だけ。そうそう、こういうもの持ってた、ちょっと忘れてたけどそういえばずっとそばにあったね、時々手入れをしなくちゃねって。誰だって、本当は自分に翼があることを知っているのだと思う。いろいろあると、時々忘れてしまうだけで。

ひとが翼をひろげる瞬間は、本当にうつくしい。息をとめて、ただその様子を見守るだけで、ありがとうございますという気持ちになるし、体中の細胞が喜びだして、ふだんは忘れている「生きている」ことへの喜びが爆竹みたいに弾ける。

ふたりで日本酒2合をわけあってのんだ。わたしはもう真っ赤だったけれど、その人はさっぱりと、どこかすがすがしい顔をしていた。

じゃあね、またね、って手をふって何日もたつけど、まだ体がぽかぽかしている。そういう特別な夜が、忘れた頃にときどきやってくる。


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