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「おやすみって言ったっけ?」


寝て起きたら、大体すっきりしてる。あるいは、輪郭がぼやけて何がなにやらよく分からなくなる。
嫌なことも良いことも、自分の意思にかかわらず、ずっと遠くに行ってしまう。
理不尽だけど平等な夜は、私を安心させる。

だから、早く寝てしまいたいのに。

好きな人の隣りで眠ることは、どうしてこんなに難しいのだろう。
なんで少しも安心できないのだろう。
一人で居る時の不安に比べて、誰かと居る時の不安は重たくて、手に負えない。

何でも知ってるつもりだった。目の前に居ること、吐き出される言葉、全てを疑う理由がなかった。
でも、好きになってしまった途端、見えない部分ばかりが気になって、信じるための理由を探すようになってしまう。そしてそれは探してるうちは絶対に見つからない。
私にはあなたの考えていることが分からないし、あなたは私が考えていることをきっと知らない。
動物ならまだしも、なにを考えているか分からない人の横で眠るのは不安だ。

でも、眠ってしまえば、目が覚めた時にはこの不安も過去のものにできる。
何だかよく分からない倦怠感と、寝不足で動かない頭が、新しい朝を連れて来てくれる。
何事も無かったような「おはよう 」が今の私を打ち消してくれる。


肌に馴染まないシーツの硬さが落ち着かない。
少しでも寝返りを打つとぎしっと揺れる。
ぼんやりと、でもずっと光っている青い明かりが目に痛い。
古いPCの起動音のような歯軋りが聞こえる。
強すぎる暖房に喉が渇く。
空気清浄機が全開で稼働していてうるさい。
時間の経過とともに外の景色は変わっているはずなのに何も見えない。
隣合う人との距離は息苦しいほど近いのに、それぞれの人生があって、見えていないたくさんのものを抱えている。
朝が来ればそれぞれの場所に帰っていく。

誰かの寝息と無機質な複数の音の連続。どれもこれも息が詰まるほど近くにあるのに、決して寄り添ってはくれない。
絶対に一人ではないという存在感。だけどひどく心細くて、泣きたくなる。


ここはまるで深夜の高速バスだ。

学生時代の貧乏旅、何度も乗った深夜バス。
いつも眠れなくて、薄暗闇の中で、隣の人を起こさないように恐る恐る身動ぎを繰り返した。
誰も彼も眠っているのに、自分だけが眠れない寂しさを噛み締めながら、無事に朝が来ることだけを祈っていた、あの深夜バス。


私たちどこに向かってるのかな。
いつになったら降りられるのかな。
無事どこかに辿り着けるのかな。

きっとどこにも向かってないね。
どこで降ろされるか分からない、気が付いたら乗っているのは私一人かもしれない。
最終的にどこかに辿り着くんだろうけど、それはきっと今夜ではないし、無事である保証はない。


事故が起きた時の緊急連絡先を書いていないから、何もかも一人で受け付けなきゃいけない。
だって多分、ここでの事故で死ぬことはできないから。ぼろぼろに傷付いている自分を引き取って、一人で帰らないといけない。
死なないうちは、仕方がない。

朝が来るまでどこにも逃げられないくせに、どこにも連れて行ってはくれないバスの中、一人でいるよりずっと寂しくて惨めな午前3時。

「ねえ、私さ、」と話しかけることもできない。



「新幹線代ケチらないで、ちゃんと自分の部屋で寝ればよかったね」
いつかの自分の声が聞こえてくる気がする。


ここは全く眠れない。

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