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「妹のことを話してみたい」(その6)~ 亀裂

 夫の口から聞かれる言葉は聞くに堪えないものばかりで、それらを逐一覚えているわけではないが、私を最も呆れさせたのが、忘れもしないこの一言。

 「こいつは、俺がおらんかったら、生きていけんのやから」

 あり得ない。

 付き合い上手で、皆から信頼されていた。社交性に富み、結婚前には社会的人脈も築いていた妹のことが何も見えていない。

 男の横暴な態度には怒りを感じていたが、それ以上に、その眼力の無さ、愚鈍さに、理解しようにも決してたどり着けない異次元的な距離を感じた。

 その場では口にしなかったが、内心では、そんな男を選んだ妹にも失望と怒りを感じていた。

   **  **

 上田の自宅に戻ってからの数回に亙る電話で、事の次第がより具体的に見えてきた。
 結婚前は、人当たりが良く、男気の感じられる気骨のある男に見えていた。結婚前の男女というものは、互いに自分を良く見せようと振る舞いがちだ。

 時と共に、恋愛という魔法が消え去ると、妹の社会的適応力が夫の劣等感を刺激し始め、さらにその社交性に自分の浮気性を投影し、妄想を膨らませ、常に相手の行動を疑い始めた。

 語彙力の無さ、教養の低さも次第に顕わになって来た。字を知らない。文章を書いては誤字当て字が目に付く。遊びに来た友人とテレビのクイズ番組を見ながらトンデモ回答を連発する。下品な冗談を好み、子どもと遊んでいても下種な手を使い泣かしてしまう。

 そんな連れ合いを妹は全く尊敬できなくなっていた。

 亭主は亭主で、自分が尊重されていないことを感じ取り、それが面白くない。
 自分の優位性を誇示するために、居丈高になり、相手を実際異能に低く見ようとする。
 それが顕著に表れたのが、
 ― こいつは俺がおらんかったら生きていけんのや ―
 という暴言だ。

 夫婦間の信頼と均衡は崩れ去り、ある日ある時、夫婦間の軋轢が異常過熱した。

  夫は妻の髪を掴み・・・、

    頭を壁に叩きつけた。


 妹は精神のバランスを崩し、精神科を受診するほどに追い詰められていた。

 結婚相手の選択を見誤ったがために、あの輝いていた妹の心は、ずたずたに傷ついていた。


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