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春、生徒会長と芋

高校在学当時、同じクラスにいた生徒会長の彼女が好きだった。
彼女は小柄ながらも溌溂としていて、朗らかで、でも少し抜けていて、そしてなにより笑顔がとても素敵な人だった。

高校の文理選択で高校2年生のころ、クラス編成が行われた。そのときに彼女と一緒のクラスになった。そしていつのころか、私が彼女のことが好きらしいという噂が流れ始めた。
その当時は本当に誤解だったのだが、その噂を境に彼女のことを妙に意識するようになってしまって、気づけば噂が現実となってしまった。彼女のことが好きだと自覚した。それは高校2年生の割と早い時期だったと思う。
今にして思えば、その噂は私をからかうだけのくだらないものだったのかもしれない。

しかし、私は彼女の無邪気な笑顔を追うようになった。彼女が髪を切ってくるたびに、その回数と比例するようにどんどん短くなるベリーショートが好きだった。クラスメイトにいじられて、やめとけばいいのに売れない芸人みたいなことをやって、ひとりで顔を赤くしているところが好きだった。
ノリがとても良くて、表情がとても豊かで、誰からも愛されていたと思う。

彼女はテスト期間にはいつも遅くまで学校に残って勉強をしていた。
私も彼女に倣い、学校に残って勉強をした。始め賑やかだった放課後の教室も、時間が遅くなっていくにつれ、一人、また一人と教室から去っていく。最後まで残っていたのは、大抵は私と彼女だった。会話することはほとんどなかったが、教室にふたりきりになれたほんの数十分は幸せだった。勉強で分からないところを時々聞きに来てくれるのが嬉しかった。
普段はあまり話せなかった。彼女の周りにはいつも誰かがいて、私が入り込む隙間は無かった。だから、テスト期間だけは少し特別だった。

彼女は、一足早く、推薦で大学進学が決定した。その時10月くらいだろうか。3年生も終わりに近づくと、進路決定者は自由登校となる。だから、同じ空間で勉強することはおろか、顔を合わせることすらなくなっていった。時々、生徒会か何かの用事があるのか、自由登校にも関わらず彼女は学校に来ていた。たまに会えたときの一言二言の会話がやっぱり嬉しかった。それも日に日に卒業が近づくと共に、ほどなく無くなっていった。
私の進路が決まったのは、3月も終わりに差し掛かってくる頃だった。その頃には学校には3年生の姿はもうほとんどなく、おそらく学年で一番後に進路が決まったのが私だった。
彼女とはずっと会えないままだった。このままじゃいけないという気持ちが私の中で沸々と湧くようになっていた。卒業式までへのカウントダウンはとうの昔から始まっていて、もう猶予はなかった。焦りばかりが先行した。
しかし、私は結局なにもできないまま、高校生活が終わりを迎えようとしていた。

卒業式当日。春の日差しが温かく降り注ぐ和やかな日だった。無事に式も終わり、クラスメイトと最後に写真を撮ったりした。彼女とも、もちろん写真を撮った。卒業式の名残惜しさが尾を引きながら、門出の熱気が少し落ち着いてきた頃に彼女を連れ出した。私たちの教室から、校内の少し遠いところにある自販機まで。卒業祝いとして彼女にジュースを奢った。
そのときに、人生で初めての告白をした。
ずっと好きでした、と彼女に一方的に伝えるだけの、告白というにはあまりにも不格好なものだった。
高校生活の半分以上は彼女のことが好きだった。その間、彼女と付き合いたいという感情は一切なかった。ただただ、この人が好きだという感覚だけが私にはあった。
私は、卒業と同時にこの感情に蓋をする。
告白は、それらへの訣別の意と、彼女への感謝であった。

ありがとうとだけ、彼女から言われた気がする。
その後は、部活のチームメイトと最後にわいわいやった後、家路についた。
私の高校生活は終わった。

その夜、彼女にLINEを送った。
また会ったときはよろしくね、とかだったと思う。
よろしくね、と同じように返事をもらった。
そのときのLINEは、なにかの拍子に消してしまった。


それから幾年過ぎた現在。「また」は訪れない。

先日、たまたま彼女のインスタを見つけた。
蓋をしたはずのかつての春が少し顔を覗かせた。
とても懐かしい気分になった。
高校のころからずっと変わっていないアカウントだ。
昨年末、友人(?)たちと一緒に写っている写真が投稿されていた。ベリーショートだった髪型は、さほど変わらずショートヘアで、ウェーブなパーマがかかっていた。
少しくすんだ橙色の、ドレッシーなセットアップに身を包んでいる彼女は、彼女の今の雰囲気にマッチしていて大人の気品があった。
友人と幸せの真っ最中にいるかのような、溢れんばかりの笑顔を彼女たちはしていた。
相変わらず、彼女は笑顔がとても素敵だなと思った。

卒業式に撮った彼女とのツーショット。
見返してみたら、生徒会長だった彼女の横には
明白に芋臭い私が笑っていた。
見ていてとても恥ずかしくなった。
私にもこういう時期があったことが
今の私からすると不思議ではある。
成就はしてないし、失恋もしなかったのだが。

臭い物には蓋をしろと言う言葉がある。

私のかつての春に、またそっと蓋を被せようと思う。

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