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過去30年のビジネス書ベストセラーに見る、日本の内向きと個人の時代

1990年以降の約30年に渡るビジネス書の年間ベストセラーを振り返ると、日本全体の移り変わりが見えてきます。

その移り変わりをまとめると、

  • 日本は内向きになり

  • 何気ない日常に価値を見出すようになり

  • 日本の経済成長より個人的な自由を重んじるようになり

  • 難しい文章を避けるようになった

というポイントになります。

それでは、1990年から5年ごとのベストセラーを振り返って見ましょう。(出典は全てトーハン調べ)

世界に目が向いていた1990年、日本の凋落の予感


1990年といえばバブル崩壊が起こり、日本が失われた何十年に突入する直前です。ラインナップを見ると、世界のことについて触れている本が目につきます。「国際情報JUST NOW」と「1990’S世界がこう動く」など、これからの世界情勢が気になるビジネスパーソンが多かったのだろうという印象です。(ちなみに著者の落合信彦氏は、落合陽一氏の実父です。)

1位の「日はまた沈む」は、日本のバブル崩壊を予想したイギリスの経済誌の編集長による書籍です。堺屋太一氏の「新規の日本 転機の日本」もまた、90年代の日本を予想したものです。
80年代は地価が高騰して円の価格も上がり、東京23区の地価で米国全土の土地が買えるのではと言われていた時代です。
今と真逆で、円で世界の色々なモノを買うことが出来たんですね。なので、目線が世界に向かっているのですが、とはいえ「こんな状況がいつまでも続かない」ことは分かっていて、日本の凋落を予見する本も売れている状態のようです。

また、2000年代以降のベストセラーと比較すると分かるのですが、なんというかすごい頭が良さそうなタイトルの本が並んでいます。

1990年

  • 国際情勢を解説した落合信彦氏の書籍がトップに2冊もランクイン。

  • ビル・エモット「日はまた沈む」1990年代半ばに凋落することを予言

バブル崩壊後の1995年、日本社会のシステムへの反省


バブル崩壊後の1995年は、日本の社会システムが何かおかしかったよね?という反省と、これからどうなっちゃうの?という心境がうかがえるラインナップになっています。

右肩下がりになった日本について、解決策を提案した堺屋太一の「大変な時代」や、日本の政治や官僚、産業界の歪んだ構造によって閉塞感を生んでいるという指摘をした「人間を幸福にしない日本というシステム」など、日本社会のシステムについて触れた本が目立ちます。

一方、1位は「おごるな上司!」という困った上司への29の対策を解説した本です。この時点ではバブルは崩壊したけれど、会社という組織システムは強固なので、上司、部下の関係性に触れたビジネス書の需要が、まだまだあるのですね。
ちなみに「60分で分かる「PHS」」という本がランクインしており、当時のPHSが現在の「ChatGPT」くらい注目を集めていたことが分かります。

1995年

  • 堺屋太一の「大変な時代」がランクイン。 右肩下がりになった日本へのローコスト革命への提言。

  • 堀田力の「おごるな上司!」は、困った上司への29タイプの対応策を解説。

  • 「人間を幸福にしない日本というシステム 」は、日本の政治や官僚、産業界の歪んだ構造によって閉塞感を生んでいると主張。

ネットの影響を受けて、ビジネス書のタイトルがWebメディア化した2000年

タイトルの並びを見ると、"面白いほど分かる”とか"ネコでも分かる”とか、急にビジネス書のタイトルがWebメディアみたいになっています。2000年はすでにインターネットがある程度普及しているので、Webのキャッチ―なタイトルに影響を受けているようです。

それに伴い、内容についても初心者が読みやすいラインナップとなっています。1990年のベストセラーは頭が良さそうみたいな表現をしたのですが、2000年のベストセラーは誰でも読める、初心者でも分かるという感じで裾野が広がっています。経済の仕組みを分かりやすく解説した「経済のニュースが面白いほどわかる本」や「経済ってそういうことだったのか会議」がトップ2となっており、このあたりから、"いかに易しくて分かりやすいか”が、ベストセラーの条件になってきます。

さらに、「ネコでも分かる株入門の入門」など初心者向けの投資解説本が2冊ランクインしており、これも2000年前後に証券会社がインターネット取引サービスを開始したことが影響しています。

2000年

  • 経済の仕組みを分かりやすく解説した「経済のニュースが面白いほどわかる本」や「経済ってそういうことだったのか会議」がトップ2で、内容が柔らかくなっている。

  • 「上司が「鬼」とならねば部下は動かず」は、強い上司になり部下を育成するための31の方法を解説。

  • 「ネコでも分かる株入門の入門」など初心者向けの投資解説本が2冊ランクイン。

  • ・ドラッカーの著作を編纂した入門書、知識労働者がどう生きていくかにスポットを当て「プロフェッショナルの条件」もランクイン。

「話し方」が大事だと気づいた2005年、タイトルのキャッチコピー化が進む


「人に好かれる話し方」と「人を10分ひきつける話す力」という話し方についての本が2冊ランクインしています。話し方やコミュニケーション解説は、ビジネス書の鉄板ネタなので、これ以降も同ジャンルの本が毎年ランクインしていきます。

さらに、引き続き投資や儲け話系の書籍が並びますが、たった〇日で、たった1分でなどとますます書籍のタイトルがキャッチコピーのようになっていきます。

一方でアメリカのリーダーシップ論を翻訳した「その他大勢から抜け出す成功法則」やパナソニックの創設者、松下幸之助の「道を開く」など、ビジネスパーソン向けの本もランクインしており、裾野の広いタイトルがキャッチ―な本と、キャリアの築き方や経営者の哲学本のような本に2極化していきます。

それにしても、個人情報保護法が施行されたとはいえ、その関連本が1位になるというのは、本全体の発行部数は減っているとはいえ、もしかしたらビジネス本に関しては2005年時点の方が発行部数が少なかったのかもしれません。

2005年

  • 2005年に個人情報保護法が施行されたので、関連本が1位に。

  • 株で儲けるための本が3冊ランクイン。

  • このあたりから、話し方が大事だと気づきはじめる。

  • たった〇日で、たった1分で、などタイトルがさらにキャッチコピー化する。

  • アメリカのリーダーシップ論を翻訳した「その他大勢から抜け出す成功法則」やパナソニックの創設者、松下幸之助の「道を開く」など、ビジネスパーソン向けの本もランクイン。

名著のラノベ化というイノベーションが起った2010年、日常に意味を見出し始める

ドラッカーの「マネジメント」を元にした「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が大ヒットした年です。
1990年以降、難しい本がウケない傾向性が見てとれますが、ビジネス名著をラノベ仕立てにしたら大ヒットするという、イノベーションが起った年です。これ以降、難解な古典ビジネス名著をどう易しい内容で分かりやすく届けるかという流れが続きます。

また、断捨離や片付けなど、日常の行動を生き方に紐づけた本が目につくようになります。それまではのビジネス書はいかにスキルを身に着けるか、いかに成長するか、という切り口でしたが、何気ない日常の行動に価値を見出していく系の本が目立ち始めます

そして、この年も相変わらず話し方、会話のスキル本がランクインしています。

2010年

  • もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらが大ヒット。ブームに伴い、本家のドラッカーの「エッセンシャル版マネジメント」が2位に。

  • 経済や経営論などを分かりやすくキャッチーに解説するムーブメントが2000年代以降続いていたが、ついにラノベの形式でドラッカーが解説されるように。

  • 断捨離や片付けなど、日常の行動が生き方に紐づけられるようになる。

  • 「たった1分で人生が変わる」「世界一分かりやすい」など手軽かつ容易さをうたったタイトルが目立つ。「たった1分で人生が変わる 片づけの習慣」には、夢が叶う人の机はなぜ美しいのか?のサブタイトル。

  • 相変わらず話し方と聞き方が好き

「嫌われる勇気」が引き続きベストセラーの2015年。名著の漫画化など「易しい解説」が人気

心理学者のアルフレッド・アドラーの人生哲学を解説した「嫌われる勇気」が1位です。2013年年末に発行されているので、2年経っても勢いが衰えず、シリーズ累計で900万部が売れているといいます。
この本もまた、哲学者と青年の対話形式でストーリー仕立てで描くことによって、アドラー哲学を分かりやすく解説しています。

同じく、全世界で3,000万部も売れている「7つの習慣」の漫画版がランクインしており、ビジネス名著を易しく解説した本がいかに人気か分かります。

そして、相変わらず「超一流の雑談力」や「伝え方が9割」など、話し方やコミュニケーションに関する書籍が人気です。

2015年

  • 「嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え」が大ヒット。心理学者のアルフレッド・アドラーの人生哲学を、哲学者と青年の対話形式でストーリー仕立てに描いている。

  • 同様に人生の成功哲学を解説し、全世界で3,000万部も売れている「7つの習慣」を漫画版がランクイン。

  • 相変わらず「超一流の雑談力」や「伝え方が9割」など、話し方に関する書籍が人気。「伝え方が9割」は後に漫画家もされている。

お金を増やして、自由に生きていくための本が目立つ2022年

投資に関連したお金の増やし方に関する本が3冊ランクインしています。また、上司論に関する本(「リーダーの仮面」)が1冊ランクインしているものの、「1%の努力」や「本当の自由を手に入れる お金の大学」など、どう個人が自由に生きていくかにフォーカスした本が目立ちます。

ビジネスパーソンとして組織でキャリアップしていくためのビジネス書というよりは、いかに個人の資産を増やして自由に生きていくかというニーズが濃くなっているようです。

若手向けのマネジメント論の「リーダーの仮面」のサブタイトルは"「いい人」になるのはやめなさい”です。
1995年の「おごるな上司!」とか2000年の「上司が「鬼」とならねば部下は動かず」を振り返ると、えらい時代が変わったな感がします。2000年前後は上司と部下の関係性が良くも悪くも近かったように思えますが、現代においては上司は仮面をかぶって役割を演じなさいというスタンスが興味深いですね。

そして、相変わらず話し方と聞き方についての本が人気です。

2022年

  • 投資に関連したお金の増やし方に関する本が3冊ランクイン

  • 上司論に関する本(「リーダーの仮面」)が1冊ランクインしているものの、「1%の努力」や「本当の自由を手に入れる お金の大学」など、どう個人が自由に生きていくかにフォーカスした本が目立つ。

  • 相変わらず話し方と聞き方が好き

内向きになった日本。ネット化したビジネス書は、個の生き方にフォーカスする(そして、話し方と聞き方が好き。)

ということで、過去30年に渡るビジネス書ベストセラーを振り返ってみたのですが、1990年と2022年のベストセラーを比べると味わい深いものがあります。

上:2022年、下1990年のベストセラートップ10

1990年時点でのビジネス書は体系的に世界をとらえようとしていて、読者にもある程度の読解力や基本的知識などの頭の良さが求められていたように思えます。

2000年代後半のインターネットの普及とともに、どんどんビジネス本のタイトルがWebメディアのようにキャッチコピー化し、「誰にでも読める易しい内容」に人気が集まるようになります。

そして、直近についてはビジネス的に圧倒的に成功しようというよりは、日常の片付けなどに価値を見出したり、自由に生きるための方法を模索したりと、個にフォーカスされたビジネス書の需要があるようです(そして、2000年代前半以降はずっと話し方と聞き方というコミュニケーション方法に注目が集まっています)。

つまり、世界の中での相対的な日本の立ち位置を把握するという、外側と国全体に向いていた目線が、日本国内においてどう生きていくかという、内側と個人への目線へと変わっていっています

そしてその「個人がどう生きていくか」についても、90年代における上司や部下との関係にフォーカスした「組織における自身の立ち位置」という視点よりは、日常に何か価値を見出したり、自由をどう獲得するかなど、個人としての生き方にフォーカスしているようです。


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