Dr.こいぬ

Dr.こいぬ、病院のいぬ、こいぬ、ま、要するになりたてホヤホヤ一年目です。吠えたり、噛…

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Dr.こいぬ、病院のいぬ、こいぬ、ま、要するになりたてホヤホヤ一年目です。吠えたり、噛み付いたりは控えたい(笑)大人しくね。

最近の記事

重罪

僕は、掃除用具入れに身を潜めていた。そこまで狭くはない。光は、通気の隙間から漏れてくる以外には無い。背中には、何本かほうきの柄がもたれかかっている。空気が埃っぽくて、咳き込みそうになるのを抑えていた。 大人になって、こんな状況に陥るなんて思いもしなかった。隙間から見える、月明かりに照らされた机や椅子は、記憶のどこをどう探っても見つかるものではなく、懐かしいようで奇妙なものだった。 警察から逃れるためには好都合に思えた。校舎の構造は、10年ほど前にいた時とほとんど変わってい

    • ケンゴ

      もうすぐで頂上に着く。両肩から腹部にかけて、頑丈に安全装置で固定されてはいたものの、どこか体と合っていないような気がして、ケンゴは気が気じゃなかった。ケンゴは拒食症だった。友人に誘われて行った初めての遊園地、初めてのジェットコースターだった。友人は美味しそうにチュロスを食べていたが、ケンゴにとっては油臭い砂糖の塊に過ぎず、食べれば胃に居座り続け、しまいには吐き気を催す悪魔のような食べ物だった。その友人がチュロスを片手に乗ろうと提案したのが、世間で話題になっていた、絡まったバネ

      • エミ

        目が覚めると電車の中にいた。まだ視界はぼやけている。頭の後ろの方が暖かい。背後から西日が射していた。乗客は一人もいない。空気がやけに澄んでいた。エミは、自分が制服姿になっていることに気づいた。ただ、ウエストがきつい。どうやら夢らしい。気持ちは若返っていたが、体型が置いてきぼりになっていた。立ち上がって、車内を詮索しようと歩き回っているうちに、体の動きだけは軽くなっていることに気づいた。階段を上がればすぐに息が上がり、バーゲンでもみくちゃにされるだけでも脈が早くなる、あの体では

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          「でも、みんなも聞いてたと思うけど、アクアまでの移動中におっさんの言ってた落ち着きのない独り言は、なんか嘘っぽくなかったよね。テンサ対策の鍵は俺が握ってる。誰も手は出せない。コロナウイルスの用意は万全だって。なんて言ってたっけ。熱帯地方で活性化するように設計されたコロナウイルス?もう効果は出始めている?目には目を歯には歯を?盛者必衰?腸内細菌と一緒で、形勢を逆転させれば良いだけのこと?テンサをコロナで封じ込めるんだよとかなんとか。まあ確かに、一般的なコロナウイルスは子供のうち

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          シュンジは、この男がリスナー数を把握するまでの余裕は無くしていると踏んで、大胆な行動に出た。少なくとも男は、考え込みはするだろうと思っていたが、男は判断を急いだ。 「わかった。言う通りにしよう。条件を言え」 男の声は、必死に本心を押し殺そうとしたのも虚しく、明らかに震えていた。 「そう。即決が正解だ。事態は緊急を要する。あと数分もしないうちに俺の配信は制限時間を迎える。最後の挨拶が、あんたを前にして動揺したものになると、一部の俺のコアなファンはそれすらも聞き分けて、勝手に不安

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          気安く、ちゃん付けで呼ぶな。にしてもお前は、殺してしまうには惜しいな。どうしたものか」 男は、本気で迷っている様子だった。 「おっさん。確かに俺は、映画やアニメ、本はよく観て、よく読む。過剰なくらいだ。そして、あんたもあんたでウイルス研究に没頭し過ぎたようだな。浮世離れした雰囲気もそのせいと見た」 「そうだ。その成果が最高傑作のテンサウイルスだ。それがどうした」 「俺が、人の話をよく聞くのも本当だ。ただ、こんな面白い話、独り占めするには勿体無いだろう」 「スマホか?電話はあい

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          シュンジは考え込んだ。しかし、どう答えても結果は変わらないと感じて、思うがままを言った。 「世界大戦、大量虐殺、パンデミック、宇宙人の侵略」 「宇宙人の侵略!?あっはっはっはっは。映画の見過ぎだろお前。俺が宇宙人にでも見えるか?あははは、良いだろう、教えてやる。近いのは大量虐殺だ」 やっぱりかとシュンジは思った。テンサウイルス陰謀論の現実的な線は、思想犯が引き起こした、パンデミックの皮を被った大量虐殺しかない。そう結論付けていた。他の答えは、ただ言っただけにしか過ぎなかった。

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          男は、まるで子供の相手でもするかのように言った。そして、品定めの目つきをわざとシュンジに見せつけながら話し始めた。 「俺は、中国のとある研究機関でウイルスの研究をしていたんだ。結構、優秀だったんだぜ。そして、その手腕はテンサを生み出してしまう程までになったんだよ。いや、俺からすると、あれ程までに充実した施設があるのにもかかわらず、何も成果を上げられない上司や同僚、部下が、俺の半径5m以内に存在することの方がおかしな話に感じられた。要するに、バカの集まりだったんだよ。もしくは、

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          気だるさとともに目を開けると、シュンジはマスタングの助手席に座っていた。車内には熱気が充満していた。運転席には例の男と思しき男がいて、身を乗り出してシュンジの顔を覗いていた。 「よお、起きたか」 籠った低い声が車内に響いた。 「んん、なんだ、何をした」 「ちょっとばかり睡眠薬をな。ただ、睡眠薬と言っても、前向生健忘を引き起こすベンゾジアゼピン系のやつだがな」 前向性健忘。投薬した後の一定時間の記憶を忘れてしまう、あの症状。シュンジは薬理学の講義を、まだはっきりしない意識のなか

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          その気持ちとは裏腹に、シュンジが車を降りるとすぐに天候は悪化し、小雨が降り出した。日中の日差しに焼きつけられ疲弊したアスファルトは、雨を吸い込むとその代わりに、焦げた疲労臭を大気に漂わせようとしていた。その臭気を含んだ上昇気流は、シュンジや公園の利用客を瞬く間に蒸し、そして囲んだ。緩やかな熱風は、シュンジのなけなしの冷徹な自制心を腐らせようと、音を立てず心に忍び込もうとした。シュンジの心は反発した。それは意志力によってではなく、習慣による力によるものだった。平素から徹底的に冷

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          「そう考えると、美容整形の世界も、羞恥心を利用したビジネスとも受け止められるわね。例えば、たくさん子供を産んだお母さん。これは欧米での話だけど、子供を4人5人と産んでいくと、アソコも段々ヘタってくるらしいのよ。表現は適切じゃないかもだけど、熱帯雨林に生えてる食性植物にみたいになるんだって。嫌だなぁ。でも、当の本人からするとほんとにそんな感じに思えるらしくて、人間の自分自身の体に対するコンプレックスって、ものの見え方すらも禍々しく変えちゃうのよ。そしてそれは愛するパートナーであ

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          「思ってしまったんだけどさ、今現在の医療業界はさておき、日常生活でお股が蒸れんのは、どっちかというと女性の方なんじゃないかな」 シュンジは自分が、股間股間言い過ぎていたような気がしていたので、言い方をお股に路線変更した。 「まあ、そうかもね。生理やらナプキンやら。男の生活にはないであろう、お股の水分やら密閉性を考えると」この手の話はレイナぐらいにしか話せないだろうなと、シュンジは思い、続きを待った。 「でも私は、普段から薄着だし、すぐ脱いじゃうからあんまりかも」 「うん、男は

          自宅のアパートに到着すると、シュンジの専用の駐車スペースの横には、レイナのレモン色のビートルが停められていた。シュンジは、またか、と思った。合鍵を強制的に作らされ、不用意に渡してしまったがために、レイナはシュンジの家に頻繁に居座るようになっていた。レイナには、押しの強さと相手の気持ちを上手く盛り立てる話術と、きわめつけには、それらを効果的に支える魅力的な容姿が備わっていた。シュンジは当初、当たり前に合鍵の件に関しては抵抗したが、レイナと知り合ってからは日を追うごとにまんまと良

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          結果はドローだった。通算勝率は圧倒的にレイジの方が高かったが、ワクチン接種による肩の痛みと、僕の集中力が回復したこともあって、どうにか負けをチャラにできたということに過ぎなかった。レイジのアベレージは182、僕は155だった。 「痛がってんの嘘だろお前」 「いやいや、ほんとに痛いんだって」 レイジは笑いながら言った。 「レイジのくせに、全然アベレージじゃないんだよな。全国のアベさんに謝れよ」 僕はふざけた調子で言った。 「でた、しつこいやつ。毎回謝られる方がアベさんは迷惑だっ

          「いたたた」 「どうしたん」 レイジは右肩をそっと押さえるようにしてボールを持ってきた。 「ワクチン打ったんだよ」 「ああ、なるほどね、え、でもじゃあ、安静にしておいた方が良くないか」 「いや、大丈夫。久々で楽しみにしてたし、俺の場合だと意外とスコアは良くなるかも知れんしな」 「あはは、それ以上良くなってどうすんのよ」 レイジのボウリングの腕はセミプロ級だった。しかも、お得意先にボウリング好きがいるとかなんとかで、定期的に密かに練習もしていたらしい。 「あ、賭ける?」 レイ

          久しぶりに会ったレイジは一回り大きくなっていた。ボウリング場の入り口の前に立って、こっちだと手を振って合図をしていたが、一瞬、違う人だと思ったくらいだった。近づいて見ると、肌の色まで白くなっていた。でも、相変わらず髪は短く刈り込まれ、元が整った顔立ちなものだからか、決して清潔感までは失っていなかった。表情に関しても、数ヶ月間は会ってはいなかったがとても明るく、それはレイジの社交性があってこそ為せる技なのだと僕は思った。暑くないのか、長袖のネイビーのセットアップのジャージにハイ