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【第40回】正直TKA,未来-6:手術手技習得のための実践的アドバイス-貴方のやり方間違っていませんか?-

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

前編で人間の本性,つまり “ヒトは欲張りなだけでなくすぐに飽きる” ということを常に意識しなければならないと述べた。と言ってもそれでだけではあまりも抽象的で,実際どうすればよいかよくわからない人(の方)が多いだろう。そこで今回はもっと具体的,実際的な方法を考えてみたい。

話はそれるが,本屋へ行って一番目につく場所に,数多く並べられている書物を観察してみよう。そうすると世の中で “何が難しいとされているのか” がよくわかる。“成し遂げたいという思いは強いのになかなか達成できない” から人は本を手にするのだろうし,そう感じる人が多ければ多いほど多くの本が出版され,目立つ場所に並べられることになる。(ちなみに本稿を書いている2023/11/12の時点では阪神優勝!である)

この方法で私が長年分析(?)してきた,人生における “達成困難三大課題” 

1. お金儲け
2. 英語
3. ゴルフ

である。自己啓発や対人関係といったジャンルも思い浮かぶだろうが,これもとりあえず立身出世による経済的利益ということにして,1と関連したものとして一括りにしておく。

この3つのテーマに共通する特徴はあるのだろうか? そして,もしあるのならそれが本稿の主題である “外科手技に習得” にどのように関係するのだろうか? まったくの独断であり,結果として面白くもなんともないかもしれないが,達成困難三大課題の共通点は “人それぞれ” の部分が大きい(大きすぎる)という点である。要するに “前提が揃わないから結論も出ない” という身も蓋もない話なのである。もう少し分析してみると

●“現状” が “人それぞれ”
●“目的” が “人それぞれ”
●“目標” が “人それぞれ”
●“方法” が “人それぞれ”
●“感じ方” が “人それぞれ”

だから正解がない(得られにくい,または複数ある)ということになる。さらに,それに “時間” という軸が加わるので話はより複雑になる。ただ,経時的にすべての要因が変化するので題材としては事欠くことがない。結局 “どういう立場で何を書いてもそれに共感する人がいる” ことになるし,逆に言えば万人にあてはまる成功法則など存在しえないことになる。

少しでもわかりやすくならないかと思って,それぞれの課題について5W1Hを考えてみた。文系の職業であるライターや記者ならば,5W1Hを意識することを叩き込まれるのだろうが,理系である医師が意識することはほとんどない。それがわれわれがコミュニケーション能力が低く,“分かりやすい” 話をする人が極めて少ない原因かもしれない。筋金入り(?)の理系であろう読者の皆様に(念のため)解説しておくと,5W1Hとは「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(だれが)」「What(なにを)」「Why(なぜ)」「How(どのように)」の英単語の頭文字を取った言葉で,情報をこの要素で整理することで,正確に伝わりやすくなるというフレームワーク である。

例えば最初のお金儲け(多くの人にとって最大関心事であろう)を例に考えてみると

●When:年齢(就職・離職時期),組織の中での階級,景気
●Where:居住国,現職(会社員,個人事業主,副業,フリーター,年金受給者,無職)
●Who:特殊技能の有無,家族構成,友人関係,日常生活様式,生活防衛資金の有無
●Why:老後資金,遊興費,キャッシュフローの改善,単に通帳を見て楽しみたい
●What:株式,債券,不動産,円建て,外貨建て,Gold,FX,仮想通貨,副業,起業
●How:Whatがさらに細分化される(例えば株式なら:growth,value,高配当,短期,中期,長期,アクティブ or パッシブ運用)

というように要因を分割できる。どの要因を5W1Hのどこに入れるかは議論の余地はあろうが,確かなのは各項目の選択肢を掛け算すれば,天文学的な数の状況が設定できるということである。

ついでに私が好きな(一向に上手くならないが…)ゴルフを例に考えてみても,

●When:年齢(筋力・柔軟性・基礎体力),性別
●Where:居住地域(都心,郊外,地方,ゴルフ場・練習場へのアクセス)
●Who:プレー頻度(経済状態,家族構成,ゴルフ会員権の有無,友人関係)
●Why:上達への熱意,執念(接待→娯楽→かなり真剣→競技→半分仕事→プロフェッショナル)
●What:スイング理論,クラブ理論,その他用具理論,ゴルフ道(?)
●How:スイング理論だけでも星の数ほど存在する

とこちらも要因の組み合わせが無数にあり,それが “経時的に” 変化する。だからこちらも “どういう立場で何を書いてもそれに共感する人がいる” し,万人にあてはまる成功法則が存在しえないのもお金儲けと同様である。

近年はインターネットの普及により膨大な情報を文書のみならず,画像や動画の形で瞬時に得ることができる。まさに情報に溢れた時代である。しかし近年の金融理論の発展や “金融リテラシー” 向上のための情報の拡散によって,一般の投資家の腕は上がっただろうか? 具体的には人々の貯蓄額が増え,老後資金の貯蓄ができるようになり,詐欺に騙される人は減っただろうか? どうもそうなってはいないようである。それどころか “金融リテラシー” の有無により格差が広がり,一般人のお金の不安は増すばかりである。

ゴルフに関しても同様である。コロナ禍の中,ゴルフは比較的安全な娯楽として認知され,多くのゴルファーが(在宅勤務の間に?) YouTubeで数多くのスイング理論を学んだ。さらにゴルフ用品業界もここぞとばかりに新理論によるシャフトやクラブの導入,宣伝を行い,意外にもゴルフ業界は活況を呈している。そして用品の値段もずいぶん上がった。しかしコロナ禍が一段落して,美しいスイングをする人が増えただろうか? 飛距離は伸びただろうか? そして一般ゴルファーのスコアは改善しただろうか? 私はこれを裏付ける説得力のある証拠を見たことがない。クラブの進化とともに多くの相反するスイング理論が生まれ,われわれ素人は却って翻弄されるばかりである。実際,自分自身と身近なゴルファーたちを見ていると,腕前は一向に上がっていないと断言できる。

なぜこんな “結局無駄でした” みたいなことを長々と書いてきたかと言えば,“前提を揃えないままの情報量の増加は必ずしも(決して)プラスにはならない” ことを強調したかったからである。目的達成のためには要因を分析(5W1H)して,前提を揃えることが絶対に必要である。“主語” が大きすぎると結論が出ないだけでなく,かえって間違ったアドバイスになるのだ。

だから今回のテーマとした“外科手技の習得” に関しては,“前提” つまり “主語” をしっかり決めて話を始めたい。私が今回対象とする術者のWhen,Who,Whereは

TKA歴<10年(年齢は不問)
通算TKA執刀数<50〜100例
現在のTKA数<25例/年(月イチ~週イチSurgeon)
施設でのTKA数<50例/年(毎週TKAがある訳ではない)

である。TKA歴と通算執刀数はどちらかが当てはまればよいだろう。彼(彼女)らにWhatとHowを伝えるのが今回の目的である(Whyはあえて述べるまでもないだろうからここでは省略する)。

彼らがTKAを学ぼうとする際に,情報源は極めて多い。思いつくだけでも

●論文(Meta-analysis systematic reviewを含む)
●教科書
●医学雑誌
●ビデオ
●YouTube
●SNS

があるし,これらの情報がワンクリックで電子媒体の形で手に入る。お陰で私の書棚のファイルの量は激減したが,この情報の質的量的変化に対応できるようになっているかといえば甚だ心許ない。

以前は文献をコピー,ファイリングして,これという
論文についてはポイントを余白にまとめていた。
今はPDFファイルがPCに保存されている(はず)だが,
さっぱり頭に残らなくなってしまった。

“リテラシー” という言葉が最近頻繁に用いられるが,これは “ある分野に関する知識や能力を活用する力” といった意味である。情報過多社会で迷える術者たちが必要な情報に辿りつくのにどのような “リテラシー” が必要だろうか? ちょっと考えてみただけでも

●コンピューターリテラシー
●ネットリテラシー
●メディアリテラシー
●統計リテラシー
●経済的リテラシー
●倫理的・社会学的リテラシー

など多数存在する。言い換えれば,これらのリテラシーなしでは有益な情報に辿りつけないのだ。そればかりか,誤った情報に行きついてしまう可能性も大きい。美味しいレストランをネット検索して,それが外れだったとしても後悔はするだろうが,それはそれまでである。しかし手術に関しては,実際に患者さんが被る不利益を考えれば “外さない” ことが絶対であり,最大限の留意が必要である。

まずは身近な問題で考えてみよう。美味しいレストランを見つけるには,数あるグルメサイトで検索するより,“趣味・嗜好” に共感できる人のブログや口コミを参考にした方がはるかに成功率が高い。財力が似通っているとか,発信者の利益相反にも留意が必要ではあるが,それも含めて“なんかいいな”という感覚を大切にすればよい。先に例として挙げた “お金儲け” や “ゴルフ” に関しても,“なるほど!” とか “心地良い” と思った人のやり方を真似るのが一番効率的で間違いが少ない。

そして,最初は完全コピーから始めよう。成功の最も簡単な方法は真似ることである。貴方が “内なる声” に従って選んだのは ,(あなたが思うに)趣味がよく,(あなたが知るようになったくらいだから)実績のある人である。だからまずは全部真似して,同じようにやってみることをお勧めする。学ぶのにオリジナリティなんてものはいらない。と言うより,私が今回対象とする術者がオリジナリティなんぞ出したら,患者さんには迷惑以外の何者でもない。やっているうちに “こうした方がよいかな” とか “ここはちょっと合わないな” と思うことはあるだろうが,ひとまず気に入った人のやり方を徹底的に真似して,そのやり方をマスターしてしまう方がよい。ある起業家は会社見学に行って,その会社がよいと思ったら経営だけでなく,デスクやトイレ周りまで,徹底的にコピーしたという。真似するならそのくらい思い入れを持って徹底的にやった方が上手くいくということなのだろう。

手術手技を学ぶ際も基本的にはまったく同じである。そして完全に真似てから,もっとよくなる方法はないかと模索,改善し,その過程の中で自分のオリジナルができあがれば最高なのではなかろうか。

そうなると完全コピーする専門家をいかに選ぶかが唯一,最大の課題となる。それが身近な先輩,上司であれば貴方はとても幸運である。手術を見たり,話を聞いたりする中で色々なことを学ぶことができるだろう。そうでない場合は(周りには表明しにくいだろうが)自分でお手本を探す必要がある。そのときの基本的な留意点を(こっそり)お教えしよう。それは以下の要件を満たす術者である。

●外科的センスがよい(とあなたが信じる人)
●多数例を長年にわたって手術している人
●論文を書く必要のない(少ない)人
●COIのない(できるだけ少ない)人

こんな人の完全コピーが一番効率的で間違いが少ない。最初のセンスの問題に関しては,主観なので貴方の “内なる声” に従うしかない。ストンと落ちる感覚があれば(多ければ)是非その “内なる声” に従ってみることをお勧めする。自分に合う職人さんを見分けるには “なるほど合点” とか “目からウロコ” という感覚が一番大事なのだ。

コピー対象を決める際には貴方の内なる声:
Inner voiceに従えばよい。

また実際に,よい手術を続けていれば患者さんが集まるという好循環が必ず生まれるものなので,2番目の継続性も重要な判断材料になるだろう。論文やCOIについては,かねてから言及してきたことだが,“欲望には限りがない” のでできるだけそれから遠い(であろう)人を選べばよい。

私自身はとても外科的センスがよいとは思えないが,上手な手術はたくさん見てきた。私の日本でのTKAの師匠(自分で勝手に弟子入りしているだけだが)である近藤誠先生と新垣晃先生はお二人とも手の外科医としての素養があり,関節外科医にはない(?)繊細な外科的センスがあるように感じた。加えてこのお二人は残る3条件,つまり実績,論文,COIに関しても非の打ち所のない私のコピー対象であった。

それでは今の私が読者のコピー対象として適しているかを考えてみると,

1. 外科的センス:多分あまりよくないが,よいものがわかる感性はあった(?)
2. 多数例を長年にわたり手術して,実績がある人:まあそうだ
3. 論文を書く必要がない (少ない)人:今はそうだ
4. COIがない (できるだけ少ない)人:昔はなかったが,今は少しある

ということになる。必ずしもパーフェクトではないだろうが,総合的に判断すれば読者のコピー対象の有力な候補であると思うのだが,いかがだろうか?

『阪和人工関節センター TKAマニュアル—Basic Course—』
(著者:格谷義徳,発売:メジカルビュー社)

 

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