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依存症当事者の家族の普遍的な手記として【書籍レビュー】「IF WE BREAK」 by キャサリン・ビュール(ハンター・バイデンの元嫁) 

今回の書籍レビューは、何かとバイデン大統領の足を引っ張り続ける次男ハンター・バイデンの離婚した元妻、キャサリン・ビュール氏の手記「If We Break」です。発売は2022年6月。日本語版は未発売です。

前年には夫のハンターによる手記「Beautiful Things」(レビューはこちら)が出ていますが、こちらと合わせて読むと2人が全く違った視点で生活していたことが浮き彫りになって興味深いです。

「If We Break」では、シカゴ近郊のごく一般的なワーキングクラス(労働者階級)の家庭に生まれ育った著者が、ほとんど社会に出ることなく24歳で政治家の息子と結婚して味わった場違い感、アルコールと薬物の依存症の夫に翻弄される重圧と疲弊、精神を蝕まれた末にスパイラルを脱して自信を取り戻すまでが、著者自身の視点でつづられています。ハンターとは2017年に離婚したので2020年のバイデン大統領誕生時はすでに別れた後でしたが、2008年から2017年1月まで副大統領の家族「セカンド・ファミリー」の一員ではあったため、内輪でしか知り得ないバイデン家のエピソードも盛り込まれています。

ただ、暴露本という性格のものではなく、あくまで回顧録。随所に出てくるDV夫同然の心無いハンターの言動などは痛々しくもありますが、相手への非難を込めるのではなく自分が何を感じどう接したかという事実を語っているので、恨みつらみが滲み出ている印象は受けませんでした。

では以下、あらすじ紹介のあと、読みポイントを解説していきます(ネタバレあり)。

あらすじ:

シカゴ郊外の町で生まれ育った著者、キャサリンは、大学卒業後オレゴン州ポートランドのボランティア団体で活動していた時に、ハンター・バイデンと知り合い、結婚する。ハンターの父親は上院議員のジョー・バイデン氏。政治家ファミリーの一員になることに戸惑いを感じつつも、バイデン家に温かく迎えられ、3女をもうけて進学校に通わせ、良妻賢母の役割をつとめ上げていく。ところがある頃から、ハンターがアルコールとコカインに依存するようになり、生活にも支障をきたすように。キャサリンは共にリハビリに通うなどして献身的に夫を支えようとするが、真実を語らずごまかすハンターに疑心暗鬼になり、自身の精神をも疲弊させていく。ハンターの実兄ボーを癌で無くしてからは、ハンターの依存症はますます悪化。出張中に別の女性と関係を持ち、しまいには未亡人となったボーの妻ハリーと交際し、娘たちにも状況を隠しきれなくなってしまう。ハンターとの別居を決意したキャサリンは、家庭の不和を堕落の言い訳にさせまいと、娘たちに必要以上に厳しく接するようになる。「壊れてはいけない」と頑なに秩序を保つことに躍起になっていたキャサリンに、ある時娘が言う。「ママ、少しくらい壊れたっていいのよーー」。

この一言にハッとさせられたキャサリンは、そこから自分や娘たちが無理をせず、幸せになる道を模索し始める。ハンターとは正式に離婚し、50歳を前に初めて社会人として自活することで、失われていた自尊心が徐々に自分の中に戻ってくるのを実感する。そんな最中に大腸がんという新たな困難に見舞われるが、治療ののち病気を克服。そして、半生を共にしたバイデンの姓に別れを告げ、キャサリン・ビュールとして生きていく。

読みポイント

1、固い絆は両刃の剣? “質素で家族思い”なバイデン家のちょっとした闇
2、依存症当事者の家族の普遍的な手記として
3、ボー・バイデンはバイデン家の緩衝材だったのかも

1、固い絆は両刃の剣? “質素で家族思い”なバイデン家のちょっとした闇

バイデン大統領一家がとりわけ家族や仲間とのつながりを大切にしているのはよく知られたところです。ハンターが出張先で外国企業と交渉中にも「最近どうだ、元気か」的な電話をかけていたといいますし、孫たち一人ひとりに毎日電話しているという話もどうやら言葉のアヤではなく事実のようです(よく時間あるなという感じですが)。

ところがこの緊密な距離感が、バイデン家で育っていない者にとっては必ずしも快適ではなくどこか気後れしていた様子を、ビュール氏は著書で明かしています。

ハンターと付き合って、初めて両親と顔合わせをしたときのこと。当時連邦上院議員だったジョー・バイデンと会うとあって緊張していたビュール氏でしたが、初対面で息がかかるくらいの距離に顔を近づけてきたバイデン氏から、頬を両手で包むように触れられ「君はハンターの嫁になるなら、君は僕の娘ということだ、分かったね」と告げられて、大いに戸惑ったそうです。“気持ち悪い”というダイレクトな表現は避けているものの、愛情深さゆえとは言え近すぎる距離感はビュール氏にとってトゥーマッチだったことが、行間ににじみ出ています。

また、バイデン家に初めて行った時にも、ビュール氏は格差を実感することに。ハンターからは、「うちの父は政治家だけど労働者階級の出だから質素だよ」と聞いていたので安心したのもつかの間、ボールルーム(パーティー向けの大広間)のある豪華な一軒家にしばし唖然とし、やはりハンターはお坊っちゃまだと実感します。

このバイデン家独特の距離感と生活レベルの差は、その後もビュール氏の心に潜み続けていたようです。時には自宅のペンキ塗りをジョー・バイデン自ら手伝ってくれたりと、一家の和気あいあいモードに助けられることもあるのですが、うまく馴染んでいてもどこか完全に溶け込めない感覚が、事あるごとに沸きあがっていきます。

その疎外感が大きく表れているのが、バイデンが副大統領に当選した時です。バイデン家直系の家族には皆シークレットサービスの護衛がついたのですが、息子の嫁にはつかない事が判明。ハンターと、長女ナオミ、次女フィネガン、三女メイジーの全員護衛がついたのに、ハンターの家族でビュール氏だけが護衛がつかないという事態になりました。政府の決まり事なので仕方ないこととは言え、同じ家族の一員でリスクは大して変わらないのに自分だけが「必要とされない立ち位置」とみなされたようで、不満を隠しきれないビュール氏。その様子にハンターは、どこの大統領一家も同じなんだから文句を言うのは筋違い、と諭すだけで感情に寄り添う様子は見せてくれず、ビュール氏が常に抱いていたバイデン家に対する引け目が色濃くなっていきます。

そして極めつけとも言えるのは、ハンターが兄ボーの未亡人、ハリーと不倫を始めた頃のこと。ボーを亡くし失意の底にいる遺族の力になろうとハリーの家に通い詰めるうち、ハンターとハリーは仲睦まじくなっていきます。しかもハンター自身もアルコール依存症治療が必要な状態というカオスな状況でした。ビュール氏は自分の家庭を顧みずハリーの家に入り浸るハンターを問いただしますが、ハンターは「ボーの家族は今悲しみに暮れている、彼らには僕が必要なんだ」の一点張り。悲しみに暮れる家族を守るために自分の家族をほったらかしにするなんて本末転倒じゃない・・・と、ビュール氏は愕然とします。いずれ携帯電話のテキストメッセージから、ハンターとハリーの不倫は3人の娘たちにも知られるところとなりますが、そんな中、ハンターはメディアで公式にハリーとの交際を認め、「僕たちはお互いを見つけることができ、非常にラッキーだった」と声明を出します。自分の家族など頭の片隅にもないと言わんばかりの声明に、ビュール氏は「何がラッキーだ、ふざけるな」と怒りに震えますが、これに追い打ちをかけるようにジョー・バイデンからも同じ内容の声明が出されます(バイデンの声明については本人は躊躇したところをハンターがゴリ押したと、ハンター自身が自著で認めています)。ここにも自分やハンターの3人の娘への言及は一切ありません。

ビュール氏は著書で、バイデン家の悪口のような書き方をしているわけではありません。ただ、家族の強い結束から外れてしまった立場の疎外感を率直に提示することで、ちょっとした闇の側面が浮かび上がっているようにも思えます。

2、依存症当事者の家族の普遍的な手記として

同著はバイデンファミリーの一人だった著者が知られざる内情を語る本でもありますが、依存症の家族と向き合った人の体験談として普遍的なメッセージを伝えている側面もあります。

温かみがありロマンチスト、しかもハンサムというハンターに惹かれ結婚したビュール氏でしたが、ハンターのアルコールやコカインへの依存症が表面化すると、徐々に2人のバランスが崩れ始めます。ハンターは依存症治療を受け一旦は克服したかに見えましたが、どうもこっそりお酒を飲んでいるフシもあり・・・。ビュール氏はハンターの部屋やゴミ箱を逐一漁ったり、ストーカーのように尾行したりと、嘘を暴こうとするあまり自身も偏執的になってしまいます。一方でハンターも疑われると感じ取ってますます防戦的になり、2人の関係は悪循環に陥っていきます。

そして2013年、自ら志願して入隊した米海軍の予備役からハンターは突然除隊させられます。理由は、コカインの陽性反応が出たこと。ビュール氏はハンターから「自分は断じてやってない。検査前に行った店でタバコをもらって吸ったのを覚えてるから、おそらくそこにコカインが混ざってた」と説明を受けますが、ハンターの話には無理があり、内心「そんなバカな話があるか」とはなから信じませんでした。

当時、ビュール氏も同行していたハンターの治療の一環のカウンセリングで、話が海軍除隊の話になり、ハンターはカウンセラーにも同じ説明をします。ビュール氏はカウンセラーに話の矛盾点を指摘したい衝動に駆られましたが、カウンセラーもハンターの説明をそのまま受け入れます。

ここでビュール氏は自分とハンターの関係性を改めて悟ります。お互いに不満があっても口にせず心にしまい込むことが日常化した、嘘と秘密に塗り固められた関係だったと。

ハンターが最も信頼する兄のボーが生きていた頃は、ボーと一緒にハンターの依存症治療計画を立てられたのですが、2015年にボーが死去し、ビュール氏はいよいよ一人で抱え込まなければならなくなります。3人の娘たちにはそれまで“嘘と秘密”で塗り固めてハンターの依存症の深刻さを伏せていたこともあり、3人ともそれなりに父親を慕っています。ある時、ハンターがコカインでハイになっているまさにその瞬間に遭遇し、シラフでは絶対に認めなかったコカイン使用をあっさり認めますが、結局娘たちにはその事実を話せず胸の内に留めるしかありません。ハンターをどうにかしなければという不安や焦りは誰とも共有できず、次第におかしいのは自分の方なのではないかという自責の念が、ビュール氏の心に立ち込めてきます。

ビュール氏の精神状態はもう限界に。娘から壊れた携帯電話を預かり修理店に行ったところ、営業時間外なのでできないと言われただけで、できないのは自分のせいだとその場で泣き崩れてしまうほどに、疲弊してしまいます。

ビュール氏のように、家族が依存症など精神的な問題を抱えている場合、それと向き合う周囲の方が疲弊し、さらに家族も精神的な助けが必要な状態に陥ってしまうという状況は、バイデン家云々に興味がない人にも共感できる部分かもしれません。一方でビュール氏の場合は、依存症当事者である夫の父親が副大統領ということもあって、何でもかんでも周囲に相談できる状況ではなく、余計に孤独に身を置かざるを得なかった事情もあるでしょう。

そんな中、救いの瞬間は思いがけないところで訪れます。三女メイジーの誕生日パーティーに、ハンターは来られないと告げたビュール氏。ハンターを娘たちと会わせないと取り決めていたためでしたが、メイジーは納得が行かず泣き出します。それを見たビュール氏は、また自分がみんなの幸せを奪っているのではと考えてしまい「私がおかしいのよね」と言いますがその時、次女のフィネガンが「ママはおかしくなんかない」とはっきりと告げます。聞くと、ハンターがメイジーを連れて旅行に行った時、飲酒はしないという約束を破ってお酒を飲んでいたとのこと。メイジーも「ママは正しい。パパは助けが必要」と認めます。

この瞬間、あまりに長いこと独りで虚しい闘いを続けてきた心が一気に解け、何トンもの重い荷物を一気に降ろされた気分だった、とビュール氏はつづっています。

誰よりもハンターをよく知る自分の娘たちと、ハンターの状況の深刻さを初めて共有したこと、そしてまだ10代の娘たちに自分が壊れそうな心を救われたことで一瞬のうちにエネルギーが湧き上がり、改めて娘の誕生日パーティーをやろうと友人たちに電話し集まってもらおうとするそのビュール氏の明白な変化は、著書の中で最も心を揺さぶられる瞬間でした。

3、ボー・バイデンはバイデン家の緩衝材だったのかも

時折バイデンファミリーの近すぎる距離感に戸惑わされていたビュール氏ですが、その中で絶妙な関係性を築けていたのが義理の兄、ボー・バイデンだったようです。

同著からは少し逸れますが、ボーは生前、父親のジョー・バイデンが「将来自分を超えて大統領になる」と信じ、自分は引退して跡目を譲ろうと考えていたほど期待をかけていた人物。自分が大統領になったのは、本来ボーに託すはずだった道を代わりに歩んだと言っても過言ではありません。そしてハンターにとっては、兄と言っても年子でほとんど同じ時間軸で育ち、幼い頃に生死に関わる事故を生き抜いた経験を共有し、自分の分身とも言える存在でした。

肉親ではなかったビュール氏にとっても、ボーの存在が非常に大きかったことは、著書からも伺えます。ハンターの依存症治療に唯一同じ温度で向き合うばかりか、ハンターが事実を認め説得を受ける唯一の相手として、ビュール氏がボーを最も頼りにしていたのは先述のとおり。まだ結婚してほどない頃、ハンターが少々分不相応な一軒家を買ったときには、独身だったボーも同居し家族同然の付き合いをしていたこともあり、ボーとは近い距離でも苦にならない存在だったようです。

著書では、「ハリーとハンターはインスピレーションで動く行動派、私とボーが動く前に色々考える慎重派」というような記述もあり、もしかしたら弟よりも兄の方がビュール氏とウマが合っていたこともあるのかな、という印象を受けました。

ボーが亡くなったとき、ビュール氏も「多くの人に愛され、愛された分の愛を返す人」「彼と話す時、彼の目は相手だけに注がれ、しっかり聞いてくれていると実感できる」と稀有なボーの人柄を思い返し、「ボーのいない人生が考えられない」とまで述べています。

ボーを失ったときのハンターの精神状態は最悪で、そんな状態で運転はさせられないと車に乗るのを止めようとするビュール氏に「キャサリン、お前は今まで会った誰よりも最悪だ」など敵意をむき出しにすることも。ここから坂を転がり落ちるように、ハンターは依存症に飲み込まれ、冷静な判断ができなくなり、心無い言動をビュール氏に浴びせるようになります。

ボー・バイデンが生きていたら、ハンターの依存症は治らなくともビュール氏とボー、引き続き2人で協力して向き合い、ハンターとハリーとが不倫することもなく、ビュール氏はハンターと離婚することもなく、まだキャサリン・バイデンとしてバイデンファミリーの一員だったかもしれません。

それが良いか悪いかは言わずもがなですが、バイデン一家におけるボーの存在がいかに大きかったかを改めて感じさせます。

最期に

ビュール氏はハンターと正式に離婚し、50歳目前で社会人復帰。バイデン姓からビュール姓に戻し、それまで専業主婦だった女性がほぼ初めて自立し、仕事をして生活を支えていくことに向き合います。そして離婚後のクリスマスにハンターと再会し、歯並びがきれいになっていたハンターを見て「あなた、カッコよすぎよ。ひどい歯並びだったから人間味があったのに」とジョークを告げたビュール氏。結婚生活では振り回されたものの、ようやく乗り越えて相手を許容する余裕ができた様子には、勇気を与えられます。



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