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ジャニーズ問題とエプスタイン事件 vol.3〜ニューヨーク当局の覚悟と、日本が見過ごしたもの

日本のジャニーズ問題になぞらえ、一部のメディアやインフルエンサーがアメリカの性犯罪者、ジェフリー・エプスタインに言及しています。前回のブログでは、そのエプスタイン事件でほぼ不発に終わったフロリダの捜査について解説しました。

本来であれば終身刑と言われたところ、連邦検察による司法取引によって実際はわずか禁錮13カ月、しかも収監中は週6日、1日12時間仕事に出掛けてOKという、まるで刑務所生活お試しキャンペーンとしか思えない超異例の刑罰でした。

しかしその約10年後、今度はニューヨークの連邦検察が、再び起訴に踏み切ることになります

今回は、ニューヨークでの事件における捜査当局の対応を解説、そして日本のジャニー喜多川の問題で為されなかったことを語りたいと思います。

フロリダの時とは覚悟が違ったニューヨーク連邦当局

フロリダの刑務所を出所後、性犯罪者の烙印は押されたものの再び富豪としての暮らしを満喫していたエプスタインでしたが、それから約10年が経った2019年7月6日、パリからニュージャージー州の空港に到着したところ、FBIとニューヨーク市警の合同捜査隊に逮捕されます。その2日後、ニューヨーク南部連邦検事局のジェフリー・バーマン検事は、「未成年者の性的人身売買罪」および「未成年者の性的人身売買を企んだ罪」で、エプスタインを起訴したと発表しました。

ジェフリー・バーマン検事(当時)

主な内容は以下です。

  • 2002年〜2005年にかけ、ニューヨークとフロリダの自宅を中心に未成年を含む女子の性的人身売買を行っていた(注:おそらく犯行のごく一部でしょうが、この時点で確実な証拠があった分がこの頃の犯罪、ということだと思います)

  • 被害者の中には当時14歳の少女もいた

  • エプスタインも少女が18歳未満であることを把握していた

  • 手口としては、2〜300ドルを払って少女にマッサージ(からの性行為)をさせ、その少女に仲介料を払って友達を紹介してもらう

  • 友達にもマッサージ(性行為)をさせ、その友達にも仲介料を払ってさらに別の友達を紹介してもらう…というやり方でエンドレスなネットワークを作った

  • ニューヨークの家宅捜索では、自宅マンションから何千ものヌード写真(未成年者のものも含む)などが押収された

  • 有罪になれば最高で禁錮45年。当時66歳のエプスタインにとっては事実上の終身刑

前回の起訴から随分時間が経っていますが、この間も当局が水面下で捜査を続けていたのか、もしくは突然何かのきっかけで問題が急浮上したのか、今もなぜこのタイミングだったかははっきりとは明かされていません。しかし、フロリダの事件以降、司法取引を不満に思った被害者らがエプスタインやその関係者を相手取った民事訴訟が続発。2018年11月にはマイアミ・ヘラルドが司法取引に関し、内部資料などを交えた調査記事を大々的に掲載した背景があり、米司法省もこの記事を調査報告書で引用したりしているので、おそらくこれが再捜査へと大きく舵を切ったきっかけだったのではと思います。

ニューヨークの捜査当局の対応は、フロリダの時とは明らかに違っていました。

勾留されたのはニューヨーク南部連邦検事局管轄事件の被告が従来送られるマンハッタンのMetropolitan Correctional Center(メトロポリタン矯正施設)。ここは定員449人のところ750人以上が収容され、衛生環境も悪く水漏れなど老朽化も指摘されるような(これはこれで大問題ですが)場所でした。エプスタイン側は1億ドルの保釈金支払いを申し入れたものの、裁判所は、国外逃亡の恐れがあるうえ「抑制不能な性欲の被害者がさらに増える」として保釈申請を却下。ジェフリー・エプスタインだからといって特別扱いされることはありませんでした。

「今度こそ絶対にエプスタインを見逃さない」という捜査当局の姿勢は、声明にも表れています。

(事件を)起訴に持ち込み、被害者のために立ち上がったことを、我々は誇りに思う。

NY南部連邦検事局 ジェフリー・バーマン検事

ジェフリー・エプスタインから被害を受けた可能性がある人、彼の犯罪行為に関する情報を持っている人は、1-800-CALL-FBIに報告を。

FBIディレクター補佐 ウィリアム・ スウィーニー・Jr氏

今回の起訴は、社会で最も弱い立場の人々を搾取し続ける者たちへの警告でもある。我々は必ず捕まえる

NY市警察 ジェームズ・オニール本部長

フロリダの事件での司法取引で「連邦からは起訴しない」という取り決めがありましたが、バーマン検事は「取引はあくまでフロリダ州南部の管轄で決まったもの。ニューヨーク州南部連邦検察はこの縛りを受けない」と明言。ただ手痛い前例があったことで、「また金の力で検察が丸め込まれるんじゃないか」「強力な弁護団が無罪に持っていくんじゃないか」「公に保釈を認めなくても、協力者が逃亡を手助けするんじゃないか」など、エプスタインが正当に裁かれ刑を全うするかどうかには、懐疑的な声が飛び交っていました。

そんな中、エプスタインは2019年8月10日、裁判を待たずに留置場で自殺してしまいます。

普通であれば自分にもはや未来がないと悟るのは当然の状況ではあるものの、そこはジェフリー・エプスタイン。彼ほどの財力があれば検察と戦う、もしくは逃げることは難しくないと思われていただけに謎が謎を呼び、「本当は生きている」「自殺と見せかけた他殺」など陰謀論も相次ぎました。

結局、検視局はエプスタインを自殺と断定。遺書もないので、理由は今に至るまで分かっていませんが、もう表に出ることができないと悟った、劣悪な留置場の環境に耐えられなかった、など自分の状況を悲観したか、あるいは少女たちに愛情を注いだつもりが伝わっていなかったと悟った、という倒錯の末の絶望が背景にあるなど、様々な憶測がささやかれました。

2019年8月29日、事件はうやむやのまま、被告の死亡をもって起訴取り消しとなり幕を閉じることになります。

ジャニー喜多川の性加害、立件はできなかったのか

(注:法律や行政に関して私はド素人ですので、以下は的外れな内容もあるかもしれません。素人の勝手な考えとして受け止めて頂ければ幸いです)

エプスタイン事件、結果的に法で裁くには至りませんでしたが、少なくともフロリダの件も含めて2度刑事事件として扱われ、警察や検察など法執行当局の覚悟を世に知らしめたことは、大きな意味があると思います。

2000年頃にジャニーズと文春が訴訟沙汰になり、ジャニー喜多川による性被害を訴える証言も出ていたはずですが、法執行当局がこれを拾い上げて「法で裁く」姿勢は見られませんでした。

このタイミングで検察が動かなかった(表向きの)理由としてよく言われるのが、法整備の問題。日本の法律では男性を性被害の対象としたものがなかった、当時の性交同意年齢が13歳以上だったため「被害者」に当てはまらない人が多かった、保護者以外の人は虐待の加害者と認められなかった、などの要素がネックになったと言われます。

ただ、そもそも「他人の嫌がる行為を無理強いするのはいけないこと」で、程度によっては刑事罰の対象のはず。告発した人がいるのであれば、仮に「性犯罪」や「未成年者の虐待」では立件できなくても、何らかの過剰なハラスメントとして刑事捜査に着手することくらいはできたのではと感じます。

日本の検察は特に、確実に勝てる見通しがない限り起訴しないとよく聞くので、ジャニー喜多川の件も、証拠が揃っても被告側弁護士が巧みに抜け道を探し、メディアに付きまとわれ、しかも世論は敵に回り…という状況が目に見えているので、そのリスクを負うよりはノータッチでいる方が理にかなっていたのでしょう。

ジャニーズ問題で“共犯”として叩かれているのが、事務所との蜜月関係を優先し性加害に見て見ぬふりを決め込んだと言われるメディア(テレビ)です。ただ、少なくとも民放に関しては、都合の悪いニュースを報じず自社の利益を優先する権利が無いかというと、そんなことはありません。あくまで「けしからん」だけです。

一方で、警察や検察が法に触れた者を取り締まるのは「義務」です。私はジャニーズ問題で検察が全く動かなかったことを追求する声が圧倒的に少ないのに、違和感を感じました。

エプスタインの事件も2000年代のフロリダの立件当時は、ジャニーズ問題と五十歩百歩な状況が垣間見えますが、それでも時間をかけて何とか司法の場に引きずり出しました。その命運を分けたものは何だったのか。諸説あるとは思いますが、私はアメリカの捜査機関の構造が、少なくとも問題を表面化に導いたと思います。

次回は、その点をもう少し掘り下げてみたいと思います。

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