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オカスピやタルパに軽い気持ちで手を出す貴様らに言いたいことがある。(補完編)

(これはどちらかと言うと覚え書きです。前回記事よりも辛口めです。)
(アメブロでも似たような記事は書いていますが、それよりもオカルト色が強いのでアメブロでは取り扱わない、noteにまとめます。)

(↑本編記事)


 大前提として「自分は大丈夫、ではない」のがこの世界の常だ。そんな慢心や怠慢が、いつどこで自分の足が奈落に引きずり込まれるかなど、誰にも分らないのだから。何をもって大丈夫だと思っている?
そもそもだ。"面白い!手軽!自分だけのカスタマイズ可能なパートナーが作れる!何でもできる!"とだけ"書かれ広められているものに、何の違和感も覚えないのだろうか。
メリットや目立ったリスク面に関して詳細に書かれたものへ誘導されもしていないのにもかかわらず、面白そうだとスナック感覚で手を出す人があとを絶たない。それは本当に安全なものなのか?危険や不安要素は本当に皆無なのか?なぜ誰もそこを疑わないのか!
ここまではっきりと「面白そうだし便利そうだったのでよく考えてませんでした(テヘペロ」程度の頭しかもっていない人間ばかりだとわかってしまうのでは、それはどう考えても安全要素のほうが少ない返ってこれるかどうかも怪しくなってくる高次元アトラクションなんだよ。
家系が元々"そう言う血筋"だから日頃から訓練している人だとか、そうでなくても魔術修行をしている・していただとかで多少の「影響」で狼狽えることもない人とかであれば、お勧めはできないとか拳骨を落としたくなるとか、そういう領域の話なのを、知らない人があまりにも多いということなのだ。
後先考えず目の前の便利で面白そうなものがあったからとしか考えていなかった証拠ではないか。
考えてみてほしい。タルパ界隈でよく言われる"憑依"は、ヒトでないもの(見えない、高次元体)に精神や魂を明け渡すものなんだと。信頼問題がどうとかではない。そのようなことを繰り返すうちに、脳科学や心理方面にもよくない影響が出るようになってくる。具体的には、乖離や健忘の悪化だ。
何故そんなものが訓練メニュー内で必修化されている?おかしいと思わないのか?

 まあなんとかなるっしょ!ではない。根拠のない自信は自滅につながるぞ。
それらの危険から回避する具体的な策は、「自分は何も知らないでそんなことをしていた、取り返しのつかない怪我をしたかもしれなかった」と自覚し、改めて関連する分野の学問を広く取り入れていくことだ。
自分が今まで積み重ねてきたやり方に文句をつけるのか!、と言いたいのか?別にそれでも構わないぞ。その後どうなっても知らないぞ。こちらの話が不要だということだそうだからな。
素直な耳を持っていないことで忠告に耳を貸せないから悪さを修正できないまま時間が経ち悪循環に陥る。
脳には「現状維持機能」というものが備わっており、これが"変化することを嫌う"。これは「行動しない人」だけではなく「行動する人」にも等しく機能するが、なぜ両者に違いが出るのか?行動する人は「やる・やれる理由」を探し続け、行動しない人は「しない理由」を探し続けるのだ。

コンフォートゾーン(慣れ親しんでいてストレスや不安を感じずに過ごせる、心理的な安全領域)からいつまでも出ないのなら、お前は自分でお前の能力や未来をそこで頭打ちすることになる。誰のせいでもない、お前が動こうとしないからだ。


 「正しく怖がる」ためには、正しく知識をつけることである。
無知、それについて詳しく知らないから過剰に怯え、過度に警戒し、自分を守りたくてとにかく突っぱねたくなる。
その対象を詳しく知ろうともしていない、つまり向き合おうとしていない。知らなければ、自身をそのように駆り立てる”不安”を自分で解消することもできない。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、という言葉を知らないのだろうか?
お前が散々怖がっていたお化けか幽霊のように見えたそれは、ただの風に煽られて夜道を舞うビニール袋である。

書き記しておかなければならないことを長いこと忘れていたのだが、「依存させるやり方をする占い師(会社からそうしろと言われるため不本意な場合がある)」、「クライアントに対して誘導的な言い回しをする占い師(それ以外選択肢がないかのように思わせる心理テクニック)」、「主導権や思考力、未来への可能性をクライアントに与えない占い師(不安を煽るタイプ)」等のパターンが世の中には溢れている。
占いなんて占者側が玉石混交ピンキリなんだから”その一点だけしか見えてない狭い視野や先入観だけで全ての占い師が怪しいと決めつけて排他する”のは己の狭量さを他人に曝すだけだと知ったほうがよい。

この記事や前回の記事、このアカウントこそが不安を煽ってるじゃないかブーメランだぞ、と言いたいならお前は何を読んできたんだ?人に石を投げる前にその無知さ浅慮さを改めろ。「だからきちんと視野を広く持ち、柔軟さをもって学び直せ」と言っている。


 ひとくちに「タルパ」と言っても、そういう「人智の外に触れる可能性があるもの」に関わるのなら自らを危険にさらさぬよう知っておくべきものが、少なくとも「精神疾患(心理、病理)」「霊能、スピリチュアル(心霊にあらず)」「魔術(魔女術)」ほか、宗教学や歴史などといろいろある。
お前がこれらを真面目に勉強しようと思わないならそれで結構だが、この記事の書き手のような人間は、クソみてえな結末に転がり落ちていく奴が1人でも出てしまうのが心底気分悪い。シンプルに、防げたはずのものが防げなかった、助けられたはずのその人を助けられなかったからだ。
オカスピは正しく関わらないと、頭がおかしくなって人生をダメにする人間が山ほど出るジャンルだということをよくよく理解する必要がある。

だから前回今回と、これだけ口うるさく言い聞かせるように書いている。
そもそも、タルパは流行っていいものではない。その理由すらわからない人が多いのだろう。
作ってしまったものは今更どうしようもないのだし、(タルパ等を)消せ、ではない。自衛のためにきちんと「知ること」をしろ、と再三言っているのだが、この主張すら理解されない(受け入れるとは異なる)のであれば、その読者はきっと日本語が読めていない。
前回記事や上述からもわかる通り、所謂メンヘラ界隈や霊能界隈とタルパ界隈が「妙に混ざり合ってしまいやすい」性質をお互いに持ち合わせているのがこんなにもぐちゃぐちゃになってしまった原因の一部ではあるだろう!

 いずれ「タルパの作り方から運用の仕方からゴールとその後及び各質疑応答までの本気で本格的な記事」を書く予定でいるが、先に著書を出されている人たちの本+自分の蓄えたものからの抽出になるので、さすがに無償提供というわけにはいかない。
某界隈のゆるゆるガバガバでひどくいい加減な状態にいい加減イライラを隠せないところまで来てしまっているので、自分が「それらの不足分を補完できるだけのもの」を作り上げてやる、と10年ほど前から考えてはいた。故あってしばらくオカスピ離れをしていたら、この有様である。
結局、自分が自分を向上させるきっかけになるのは「もっといいものをぶつけてやって文句言わせないようにしてやる」という実力主義的な理由なのは、他ジャンルであっても変わらないのだ。
(おそらくこういうところが野心的なのだろうな。山羊強めの部分)

もっというと、なぜこんなにまで人によって基準や捉え方とか認識がバラッバラなんだ、よくこんなんで平気だなお前ら。



しかし、どうにも記事が喧嘩腰になりがちなのは自覚はしている。
長年の鬱憤、鬱積は確実にある。こちらも散々傷つけられたりしてきた。
だがこれ以上は無理だ。占星術的土星、天王星がそんな手加減できるわけがないのと同じで。

やらない善よりやる偽善。見ないフリ知らないフリして通り過ぎる保身的人間のほうがよほどどうかしている。
そういうことをするなら絶対に潔白でないとならないという極論をぶつけたいのであれば、私を利己的な偽善者と好きなだけ言えばいい。「人助けというもの」を勝手に神聖視しすぎ。人間なんて白も黒も併せ持つものであるのをお前が知らないだけだから。


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