はなまる

私は自転車に乗れません。
もういい年した大人なのにね。

けれど昨日の夜ふと思いたって
自転車の練習をすることにしました。
重いママチャリを1時間転がして
人気の少ない川沿いの土手に行きました。

自転車って結構重いんですね。
私は昨日まで知りませんでした。
練習するなんて考えもしなかったから。

川に着いた頃には汗だくで
タオルを持ってこなかったので
男の子みたいにTシャツの裾で拭いました。
どうせ誰も見てないでしょうから。

途中コンビニで煙草とお水を買いました。
ひと缶だけお酒も。

一旦ベンチに座って休憩して
お酒を飲みながら大声で歌いました。
カラオケで歌うくらい思いっきり。
夜中だし高速道路の下だからって。
とっても気持ちよかった。

肝心の自転車はね、乗れませんでした。
空が明るくなるまで頑張ったんですよ。
何回か自転車ごと転んじゃって。
サンダルで来たものだから靴ずれもして。
ペダルを脛にいっぱいぶつけた。
痛かった。
怖かった。
すうっと加速する自転車が。
ふらつくとすぐ地面に足つけちゃうし。

でもまた自転車を押して帰るのは嫌だったから
知らない人に変な目で見られても
こめかみから汗が垂れても
何度も踏んばったつま先が痛くても
ハンドルを強く握りすぎて手が真っ赤になっても
頑張ったんですよ、私。
大丈夫、乗れるって信じて。
風を切って街を走る自分を思い描いて。

こんなに頑張ったのいつぶりだろう。
子供の頃から何も頑張れなかった私がね
自分からちゃんと頑張ったんですよ。

でもね、乗れなかったの。
たった一日じゃ無理でした。

それでまた重いママチャリ押して帰ってきました。

帰りにね、スイカ落ちてたんです。
ぐちゃぐちゃに飛び散ってました。
ちょっと離れたところにバットも。
ああ、誰かスイカ割りしたんだなって。

セミが死んでました。
ひっくり返って。

一発だけ花火が見えました。
手持ち花火のセットにたまに入ってるやつ。

お腹が空いてコンビニでご飯を買いました。
それでお店から出たら自転車がね、
ひっくり返ってました。
かごに入れてた鍵とペットボトルが転がってた。
ああ、誰かぶつけたのかしらって。

落ちてたもの拾って自転車起こして
かごに買ったご飯と鞄突っ込んで
ちゃんと家まで押して帰りました。

部屋に戻って足見たらね、真っ黒でした。
転んでサンダル脱げちゃったり
靴脱いで裸足で漕いでみたりしたからかな。
皮がぺろんと剥けてるところもあってね
あざも何ヶ所もできちゃってて
それ見て頑張った人の足だなって思ったんです。

私ほんとに頑張ったねって。
乗れなかったの悔しくないんです。
子供の頃から悔しいって感情がないんです。

昔ね、いじめられて学校に行けなかったとき
一番仲の良かった子に悔しくないのって聞かれたの。
その時もね、悔しくないって答えたんです。
その子はちょっとずつ私から離れていきました。

なんでしょうね、悔しいって。
頑張ったらそれでいいじゃないですか。

頑張って、頑張って、でも出来なくて。
じゃあ出来なくていいじゃないですか。
自転車、乗れなくたっていいじゃない。
ちゃんと乗ろうとしたんだもの。

皆が出来ることを出来なくてもいいでしょう。
全部おんなじじゃなくたっていいでしょう。

完璧になろうとしなくていい。
出来ないことを恥ずかしがらなくていい。

だってね、これが私なんです。
自転車に乗れなくて
悔しいが分からなくて
普通ってものになれなくて
それが、私なんです。

そのままでいいんです。
変わることは悪いことじゃない。
けど無理に変わる必要はないんです。

夏になるといつも何かしたくなります。
家出とか旅行とか。
遠いところに行ってみたいんです。
知らないものを見たいんです。
それが今年は自転車だったのかもしれません。
自転車に乗ったら見える世界が変わるかもって。

変わりましたよ。
自転車にはまだ乗れないままだけど
乗ろうとした私とその前の私じゃ
ほんの少しだけ知ってるものが違う。

今の私はね、知ってるんです。
夏があそこにあったこと。
朝焼けがとても綺麗だったこと。
苦手は克服しなくてもいいこと。
恥ずかしがらなくていいってこと。
私は、頑張れない人じゃないこと。

もう自転車の練習はしないかもしれない。
でもね、それでもいいと思うんです。
乗りたくなったらまた練習します。

気が向いたら、なんてね。

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