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令嬢改心3-1 夜会ドレス? 装飾品? 贅沢は敵と彼女は言った。(1/2)


 それはヴィオレット様主催の夜会も差し迫ってきた、とある日の事である。
「では……この赤薔薇の最新ドレスはご入り用でない、と?」
 共布の靴と共に商会の若手から渡されたドレス。
 侍女のリュシー殿が指示し、メイドが広げて見せたドレスは素晴らしく、目を輝かせ手を叩いて「素敵!」 と褒め称えたヴィオレット様は、神妙な顔でこくりと頷いた。
「はい。素敵ですけど、とっても着たい気持ちはあるんですけれど。でも、今はわたし贅沢してる場合じゃないんです。もっと、みんなの為にお金を使わなきゃ」
 拳をぐっと握り込んで、前のめりに言うヴィオレット様。それは奇妙に熱を帯びた言葉であった。神聖な誓いのような。
 しかし、まるで贅沢を悪か何かのようにおっしゃるが使い回しのドレスを己が主催の夜会に着るなどという恥ずべき行為をなさる事の何処が、領民の為になるのだろうか。ただ、貧乏貴族の誹りを受けるだけなのでは?
「贅沢、とは……。公爵令嬢が社交の為にドレスを新調する事が何の贅沢でありましょうか」
 私が内心に首を傾げていると、国内屈指の商会を率いるブリス殿が額の汗をハンカチで拭いつつ困惑したように小太りの体を揺すりながらヴィオレット様を諌めている。
「知恵者のヴィオレット様の事ですから、とうぜんに秘策がおありで仰っているのでしょうが、これはヴィオレット様だけがお似合いになる特別なドレスです。新進気鋭のドレスメーカーである『赤薔薇』 の自信作であり、私めも自信を持ってお勧めしております。少々、勿体のうございませんか?」
 そう言って、必死にとりなすブリス殿。
 その目は、不審というか信じられないものを見るというか、全く理解出来ない者を前にした人間が見せるものであった。それはそうだろう。ヴィオレット様が夜会ドレスぐらい何着でも作れる程度に自らが指導する事業を成功させている事を、彼は知っているのだから。
 ブリス殿と言えば冒険商人と名高い人物で、家は没落貴族であったが若くして貴族の人脈を駆使し商会を設立。危険を承知で傭兵を雇用し大集団にて地上へ降りて多彩な商材を確保、それを高値で売り抜き、裸一貫から大商人へと成り上がった野心家の人物だ。その野心と先見性を高く評価し、ヴィオレット様は早くから彼と懇意にしていた。今では冒険商人と呼ばれ地上へ資源調達へ向かう者らも珍しくなくなったが、ブリス殿がその走りであったのは間違いないだろう。
 ヴィオレット様の仮の姿、新進気鋭の夜会ドレスメーカー『赤薔薇』 の販路を広げているのも彼だ。だからこそ、ヴィオレット様に思い留まるよう説得しているのだろう。何せヴィオレット様本人が着る事で人気商材である『赤薔薇』 のドレスがさらなる価値を持つのだから。
 ……と、揉め事の元となったドレスに戻ろう。このドレスは、自ら主催する独身最後の夜会……と言うと語弊があるが、この国では親類縁者などと共に祖先への宣誓を粛々と行う厳かな結婚式よりも、華やかに披露の宴を行う婚約式の方が重要なことが多いのだ……に向けて作っていた、いわば赤薔薇の独身最後の作品となるものであった。
 布色はヴィオレット様の髪色の御髪に似た落ち着きのある灰色がかったピンク色で、ふんわりした袖に、胸元をあえて隠すことで清楚さが強調されている。くびれた腰から下にボリュームを置き、少女の夢を詰め込んだようなレースやリボンで飾られて贅沢にひだを寄せ、ふわりと膨らませたスカート部には当日に生花の薔薇を縫い付ける予定であるのだ、とのこと……針子も兼任する衣装係の侍女の受け売りであるが。
 どちらかと言えば大人びたきつい顔立ちのヴィオレット様であるが、年回りを考慮すればこのような可愛らしいドレスこそお似合いの年齢であり、決して場違いな選択ではない。我が公爵家の優秀な侍女であればドレスに相応しい化粧を施すなど容易い事であろう。
 まさしく、独身最後のドレスに相応しいお仕立てだ。だがヴィオレット様はそれを拒否なさると言うのだから、商人殿が困惑するのも当然である。
「では……夜会はどうなさるおつもりですか? 今度の夜会は、友人を沢山呼んで夜通しはしゃぐのだと、楽しみになさっていたのはヴィオレット様ではないですか。まさか、ご友人達を着古したドレスにてお迎えなさるのですか」
 ブリス殿は困ったようにそうヴィオレット様に問い掛けた。私も、幼児返りなされる前のヴィオレット様は、楽しげに仰っていたのを記憶している。最後だから羽目を外すのだと。
  何せ、ヴィオレット様の立場は大貴族の後継者である。婚約が成った後は、次期公爵家当主として公的なお立場で過ごさねばならないのは目に見えている。だからこその、娘らしい装いの薔薇色ドレスだ。
 なのに何故、と問いたくなる気持ちはよくわかる。
「そこは、沢山あるドレスをリメイクすれば良いと思うんです!」
「……は?」
「何ですと?」
 聞き間違えかと、思わず間抜けな声を上げたブリス殿と私は、悪くないと思う。
「リメイク……ですか? 聞き慣れない言葉ですが、それはどのようなものなのでしょうか」
「リメイクも通じないの? ええと……例えばだけれど、わたしの持ってるドレスに、同じような色のものが何着かあるでしょう? それの上下を繋ぎかえるとか、袖部分を付け替えるとかでも雰囲気が随分変わりますよね? そうやって作り直すというか、新しい感じに見せる訳ですよ!」
 身振り手振りでヴィオレット様は私達に説明して下さるが、どうも想像しがたい。まさか、庶民らが古着を下の子供や親戚の子供などに渡す時に行う、服の継ぎ当てや裾丈や袖の長さを合わせたりする事を指す訳ではないだろうし……。
「老婆心ながら、それは悪手かと思われます。ドレスにはその時々の流行の型を反映されておりますし、布地が同じと言っても、染色工房によって染め方が違います。異種の物を組み合わせて出来るのは、誰もが羨むものではなく誰も手にする事のない物にしかならぬと、私は思います」
 ヴィオレット様の話を聞いたブリス殿は呆れている。
 それはそうだ、意匠(デザイン)も違えば素材も違うドレスを解き、組み木のように繋ぎ合わせたところでとてもまともな形になるとは思えない。
 この場に居合わせた者らも同じように感じたものか、侍女達は困った顔をしているし、新しいドレスに合わせた靴や装飾品を掲げている商会の若手も、何とも言い難い表情をしていた。
 とはいえ、ヴィオレット様は自ら斬新なドレスを発表してきた方だ。紐や幅広の布で調節する従来の着付けを、立体裁断なる手法でただ着ただけで美しい形を保つドレスは余りにも斬新であった。
 そんな方の言葉である。私達と違う発想で素晴らしいものを生み出されるのかも知れないが……かも知れない、という期待のみで賛同出来る程、私も能天気ではない。
 ヴィオレット様の座した横に立つ私が目線で反対の意を示すと、主人はキッと目をこちらを睨んだ。いえ、そんな顔をされても無駄ですよと、至極真面目な顔で無言の返答をする。
 そんな私達のやりとりを他所に、テーブルの向こうではブリス殿が難しい顔をしている。
「ふむ……商人としてでなく、友人としても反対ですな。ヴィオレット様は王家に次ぐ高位貴族のご息女として、常に注目の的です。そんな方が、身を危うくしてまで節制する事が良いとは私には思えません」
 そう穏やかにブリス殿に忠告されると、ヴィオレット様は肩を落とし、指先をこすり合せるような素振りでぽつりと呟いた。
「でも……しかし、ですよ? わたしの婚約者である第八王子殿下は、贅沢な女は嫌いだって話です。婚約するのに、相手に嫌われてるのって不幸じゃないですか? わたしは、もう婚約者に嫌な女だって言われるのは嫌なんですけれど」
 あの婚約延期騒動で倒れてられてからしばらく、殿下に婚約破棄されるのだと誤解したままだったヴィオレット様だが、リュシー殿などお付きの侍女達に何度も説明されて、最近ようやく落ち着かれた。
 しかし、浪費家だから嫌われているという思い込みが悪さをし、気晴らしのメイドの真似事で余計に庶民の感覚が身についてしまったのか、未だ奇妙な節制に勤めている有様だ。
 全く頭が痛い……ここに居ないというのに、どこまでも悪影響を及ぼす第八王子殿下である。
「はあ……まあ確かに、第八王子殿下は昔から庶民派のお方ですからなぁ」
「そうなんです。婚約者の反対がある訳ですし、わたしは頑張って節約しないといけないんですよ!」
 その勢いで、ヴィオレット様は殿下がいかに庶民に優しいか、またご当人の誰に対しても変わらない態度は公平性を表していうようで好ましいなどと熱意を込めて語る。
 頬を赤く染め殿下を語るその様子は、ある意味婚約者への熱い擁護のようにも見えたが、何せ、メイド扮するヴィオレット様は目下のところ殿下の熱愛相手だからな……。メイドとして殿下に求愛されている間に何だかんだ絆されてしまったかと、裏を知る私にはそう思えてならないのである。
 そんな私の内心を知らぬヴィオレット様は、殿下のご不興を買いたくないという一心で必死のようだ。
「殿下は下々の者にも気さくに声を掛け、上下の区別なしに励ましてくれるようなお方です。そんな殿下ですから、わたしがまたドレスや装飾品にお金を掛け出したら、きっと悪く思うでしょうし……それは、婚約者として嫌だなって思うんです」
 力強く言うヴィオレット様の様子だと、今説得したとしてまともに話を聞いて頂ける気がしない。
 これは仕方がない、と……ブリス殿と目線で示し合わせ、私達は話を切り上げる事にした。

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