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私が見た南国の星 第6集「最後の灯火」④

凧揚げ大会

 政府関係者との会談が全て終了し、午後からはリクレーションとして、「凧揚げ大会」が開催された。この日のために社員たちは、毎日の就業後に凧作りに精を出していた。各部所から手作り凧が登場して、一斉に凧揚げが始まった。風が出たり止んだりするため、苦戦をしながら凧を片手に走り出す社員たちの姿は、まるで幼い子供たちのようだった。でも、彼等にとっては必死の戦いだった。いちばん高く揚がった凧には、社長から賞金が出るからだ、まるでオリンピックの選手たちのように頑張っていた。何とか自分の凧を空高く舞い揚げようと、何度も凧を片手に走っていた。しかし、凧は彼らの気持ちとは裏腹に、地面に何度も落ちてしまった。その度、皆がっかりした表情になる。
「皆さん!元気を出して頑張りましょう」
私は彼等を励ましながら、何とか風が出てくれるのを祈った。その祈りが通じたのだろうか、急に風が出て来た。
「風が出て来ましたよ、早く凧を揚げましょう」
またまた、大声が出てしまった。保安係の陳海龍が上手に風に乗せた。すると、負けずに修理係二人の凧も風に乗って、凧は舞い上がって行った。それを眺めて、社長や河本氏も笑顔でエールを送っていた。
「あぁ~、王其林の凧が・・・」
私の願いも空しく、凧は宙返りをして落下してしまった。しかし、彼は笑顔で落ちた凧を拾い、再挑戦。けれど凧は何度も地面へ落ちてしまった。それを眺めていた社長は、
「凧の足に問題があるのだよ」
と、声を掛けられた。社長の笑顔は、まるで昔の子供の頃に返っていらしたようだった。数々の凧が、なかなかご主人様の言う事を聞いてくれなかったが、それでも一所懸命に挑戦する彼等の姿が、微笑ましく感じられた。
 結局、この凧揚げ大会の優勝者は、やはり保安係の陳海龍だった。ほんの短い時間だったが、社員にとっては大いなる喜びだった。このホテルは海南島では小さな会社だが、社員のために最善の努力をしている会社は、他には無いという自信があった。こんなに楽しいコミュニケーションができているというのに、やがて廃業となるとは、この時は誰にもわからなかった。もちろん、社長でさえも再復帰を考えて訪中をされたのだから、会社を廃業させる気持などは無かったのではないだろうか。この凧揚げ大会は最初で最後となったが、社員たちの心の中では、未来に向かって風に乗った凧が空高く舞い上がっていたと思う。 
 訪中最後の夜、社長と一緒に夕食を共にした社員たちは、それぞれに満足顔だった。社長が訪中される度、最後の夜には必ず社員たちと夕食を共にされる。結局、この日が最後の晩餐になってしまってしまった。再び社長の笑顔も見る事が出来なかった社員たちだが、この日の事は彼等の人生の中で、最高の思い出になっていると今でも信じている。この思い出を胸に、廃業後も彼等は自分たちの道を頑張って進んでいると聞いている。私自身にとっても、この日の事は忘れられない思い出になっている。あの大空高く舞い上がろうとした数々の凧のように、私の人生も順風に乗りたいと願うばかりだ。社長ご自身も、社員たちと過ごされた数々の思い出は、これから何年過ぎても心の中に存在されていると信じている。
 1月31日、社長と河本氏を乗せた飛行機を見送った。海南島からの見送りは、これが最後になったとは、思いたくない。いつの日か、再び海南島へ来られる事を祈りながら、その日がやってくる事を今でも願っている。


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