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#映画感想文206『イニシェリン島の精霊』(2022)

映画『イニシェリン島の精霊(原題:The Banshees of Inisherin)』を映画館で観てきた。

監督・脚本がマーティン・マクドナー、出演者はコリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン。

2022年製作、114分、イギリス、アイルランド、アメリカの合作である。

舞台は1923年のアイルランドの小さな島であるイニシェリン島(架空の島)。自然は壮大ではあるが、住民全員が顔見知りで、娯楽といえばパブぐらいしかない。当時、アイルランド本土では内戦が起こっている

主人公のパードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から、「おまえのことが嫌いなったから、話しかけるな。おまえの話は退屈だ。これ以上、おまえに時間を使いたくない」と絶縁を言い渡される。

パードリックはわけがわからず、混乱して、コルムの言葉を冗談だと思ったり、自分が怒らせてしまったのかもしれないと右往左往する。

確かに、この島で友情を失うのは死活問題だ。島では島民のゴシップぐらいしか楽しみがない。現代と違って、スマホはないし、テレビもラジオもない。あるのは新聞と本ぐらいだ。新聞と本を読めない人たちは、いつの時代もいる。

この作品は、SNSでは様々な考察や解釈がなされていて、どれも面白かった。

わたしが観ながら考えていたことは、コミュニケーションに対する考え方の決定的な違いではないか、ということである。

パードリックは、コミュニケーションのためのコミュニケーションが好きな人である。誰かと一緒に何となく楽しい時間を過ごせればそれでいい。内容は何でもいい。だから、馬の糞の話を二時間もしてしまう。重要なのは「交感」であって、その会話の内容ではない。

一方のコルムは、そうではない。話す内容自体も重要で、そこには情報や文化、思想が必要だと思っている。意味や意義をやり取りに求めている。わたしは、どちらかといえば、コルム側の人間で、パードリックのような人たちの気持ちがあまり理解できていなかった。特に十代の頃は、どうでもいい話ばかりして、本音をひた隠しにするクラスメイトたちに怒りすら感じていた。今、思えば、彼らはコミュニケーションをすることを目的としており、話す内容は当たり障りのないものの方が、むしろよかったのだ。年を取ってわかるのは、そのような「交感的な会話」のほうが主流である、ということだ。下手に政治信条に関わる話をして思想的に対立して関係性が悪くなるのは得策ではない、と考えるのは当然のことなのだ。

ただ、このような「あなたはつまらないから話したくない」といった理由で、関係を断絶してしまうと、悲惨なぐらいにこじれていく。パードリックはストーカーのようになり、コラムは当てつけるかのようにやり返す。しかし、二人とも善人なので、ホラーのような不気味な雰囲気にはならない。そこがこの映画の魅力であり、不思議さでもある。

それと、コルムの「作品は200年後も残るが、誰が善人だったかなんて誰も覚えていない。だから、未来にも爪痕を残せる作曲を優先したい」という主張は屁理屈だと思う。それが本心で本気なら、あのような行動はとらないはずだ。

コルムはパードリックの退屈さ、島の退屈さ、人生の退屈さにうんざりして、残りの人生を思索と音楽に使いたいと考えるようになったことは嘘ではないと思う。ただ、彼自身も「人生は死ぬまでの暇つぶしに過ぎない」という諦観と孤独を抱えている。よりよい暇つぶしをするために人間関係を壊すのはちょっとやりすぎである。でも、それぐらい「退屈」を嫌悪しており、日常を破壊してもいいとも思っていたのだろう。

パードリックは、コルムがいなければ暇つぶしすらできない。彼に打撃を与えるかのように、妹のシボーンは司書の働き口を見つけ、アイルランド本土へ移ってしまう。シボーンは献身的に兄の世話をしてきたが、島では「行き遅れ女」と言われ、読書だけを救いに生きていた。年下の野卑で粗暴な青年であるドミニク(バリー・コーガン)の告白を断ってしまったので、身の危険もどこかで想像していたのかもしれない。終盤のドミニクの行動は、失恋とは無関係ではないと思う。

コリン・ファレルは、もはや目ではなく、眉毛で演技していると思うが、あの眉によって困惑が強調され、とてもよかった。

友情や愛情を失えば胸が痛むのは当然のことだ。ただ、人生は常に誰かがそばにいてくれるわけではない。一人で過ごすことに慣れること、自分自身と対話すること、それを訓練をしておくべきなのだと改めて思った。

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