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#映画感想文202『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け(原題:She Said)』を映画館で観てきた。

監督はマリア・シュラーダー、脚本はレベッカ・レンキェビチ、主演はキャリー・マリガン、ゾーイ・カザン。

2022年製作、129分、アメリカ映画。

ニューヨークタイムズの記者が主人公で、裁判に至ることなく示談で終わらせられた性的暴行事件を明らかにし、白日のもとに晒すまでが映画のストーリーである。

冒頭、ミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)は、トランプのセクハラ及び性加害を明らかにするも、トランプは大統領に当選してしまう。彼女のもとには「レイプして殺すぞ」といった脅迫の電話があり、被害者のもとには排泄物が郵送で届いたりする。ミーガンは恐怖と敗北感に打ちのめされ、その後産休に入る。長女を出産し、産後鬱を経験し、職場に復帰する。

ジョディ・カンターは、ハーヴェイ・ワインスタインの性加害を知り、記事にまとめようと調査を開始する。それに復帰したミーガンが加わることになる。

二人とも、仕事と育児に格闘しながら、取材を続けていくのだが、本作ではかなりの育児を夫がこなしており、二人の仕事は中断されることがない。ニューヨークからサンフランシスコ、ロンドン、ウェールズと出張調査にも行く。ただ、これが男女が逆であれば、子どもと離れて仕事をしているお父さんというシーンのインサートはなかっただろうし、妻側の育児への貢献が強調されることもなかっただろう。本作では、夫の不満や苦しみが吐露されるシーンもあり、ある種の「労い」もなされていた。

性加害事件の多くは示談で終わり、世間に知られずに終わることが多い。なぜなら、法律自体が性加害者である男性を守る仕組みになっており、秘密保持契約書にサインをさせられた女性は「沈黙」を強いられる。女性たちはセカンドレイプを恐れて、示談に応じてしまう。「ハリウッドの大物プロデューサーから仕事をもらうために枕営業をしたんでしょう?」「部屋に行ったのはあなたで、二人きりになったあなたが悪い」などと言われるのが関の山だと被害者でなくとも、多くの女性は知っている。

1991年公開の『テルマ&ルイーズ』でも、「一晩中、チークダンスを踊っていた相手にレイプされたなんて言っても、誰も信じてくれない。どうせ、男は無罪になって、私は生きていけなかっただろう」とテルマは言う。強姦であったことを証明すること自体も、ものすごく難しく、そのうえ、世間から白い目で見られるのは被害者の方であったりする。加害者は「女が誘惑してきて合意の上だったのに金目当てで裁判を起こされた」などと平然と言い放つ。

だからこそ、性犯罪の場合、オンレコで話してくれる被害者、記事に名前を出してもいい、と言ってくれる被害者はなかなか現れない。また、裁判で自分の被害を詳細に確認されたり、説明しなければならなかったり、日本だと性犯罪事件の傍聴席は満員になるという話もあるぐらいだから、裁判に持ち込むことができても、その後の負担があまりにも大きく、女性で闘える人はごくごく少数なのだ。

この映画は裏取りの困難さと被害者が実名を出すことへの葛藤が丁寧に描かれており、そこがクライマックスにもなっていく。

このような調査報道は、老舗のニューヨークタイムズだからできたのだろうし、ここまで予算をかけられる報道機関は、それほど多くない。お金と時間をかけて調査報道していく環境が失われつつあることが最も恐ろしいことだと思う。

佳作、良作であることは確かなのだが、取材の過程が丹念に描かれるので、とにもかくにも地味である。時代の要請によって作られた映画であり、ハリウッドで起きていた性犯罪を無視してはいけない、というハリウッドの政治的な意図もあったのだろう。そして、性加害のシーンを再現するというセカンドレイプ的な描写は控えるのが一般的になりつつあることも再確認できた。

実在の人物たちの好みであるだけかもしれないが、二人の記者のファッションに性格が現れているような気がした。服装で気合を入れるミーガンと、常にマイペースなジョディで、良いコンビだったのだろう。

わたしは鑑賞しながら「こういう映画を以前にも見たことがある」とすぐに気が付いた。その映画とは、老舗新聞社のワシントンポストの記者二人が主人公の『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』である。ただ、こちらはメリル・ストリープとトム・ハンクスの表情演技対決みたいなシーンが多く、途中から二人の顔芸を見る映画なのだなと納得した記憶がある。

製作のブラッド・ピットは、ハーヴェイ・ワインスタインと親しくしていたとも言われている。グウィネス・パルトロウが被害に遭ったときは、「俺の彼女に手を出すな」とハーヴェイ・ワインスタインに警告したと述べている。アンジェリーナ・ジョリーも、昔、被害に遭ったことがあり、ブラッド・ピットにハーヴェイ・ワインスタインに関わらないでほしいと頼んだらしいのだが、その懇願は無視され、離婚の一因にもなったと言われている。(信頼関係を維持するのは、本当に難しいことだと思う)

本作の監督であるマリア・シュラーダーは『アイム・ユア・マン』では、女性の自己決定の大切さも描いている。

主演のキャリー・マリガンは、性犯罪に対する個人の復讐を『プロミシング・ヤングウーマン』でやってのけている。

さきほど引用した『テルマ&ルイーズ』には色男として、ブラッド・ピットが登場している。ハリウッドスターも、時代の荒波の中を生きているのだ。

鑑賞作品が増えれば増えるほど、作品と作品が繋がっていく。それも映画鑑賞の醍醐味であると改めて思ったりもした。


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