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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝『茗荷』

前回までのあらすじ(笑)

勝手に現代語訳を始めるにあたり、『怪談牡丹燈籠』は結構長いので、短いものを試しにやってみたら、やっぱり楽しかった。

こちらは、三遊亭円朝(圓朝)の『茗荷』を勝手に現代語訳したテキストです。間違いがあっても、保証はいたしかねますので、ご心配な方は、原本をお読みください。それでは、ごゆるりと、お楽しみください。

飛脚

三遊亭円朝『茗荷』

 ある旅宿の亭主が塞ぎこんでいました。最近、宿泊客が全然来ないのです。

 なんとかうまい工夫はないものかしら。うむ、いつぞやのお説教で聞いたことがある。釈迦如来のお弟子に槃特(はんどく)というのがいて、とても愚かで忘れっぽかった。托鉢に出て人に「お前さんの名は」と聞かれても、自分の名前さえ忘れているのだという。釈迦如来が槃特の名を木札に書き、「これを首にかけて托鉢に出なさい」と言ったぐらいなのだ。その槃特が果てて、これを葬ると、その墓場に生えたのが「茗荷」だったということだ。「名を荷う(になう)」と書いて「みょうが」と読ませる。だから、茗荷を食えば馬鹿になる。今度、お客が泊まったら、茗荷を食わせよう。そうしたら、むやみに物を忘れてゆくだろう。なに、こっちは、泥棒をしたわけじゃねえから、罪にはならねえや。なんてよい考えなのだろう、と亭主は思いました。

 そのようなことをしきりに考えている亭主のところへ客がやってきました。飛脚のようです。

「ごめんなさい」
「へい、これはいらっしゃい」
「今日、泊まることはできますか」
「もちろんでございます」
「そうですか。では、この両掛けをそちらでお預かりください」
「へいへい、かしこまりました」
「お風呂が沸いておりますかな」
「ええ、沸いております。奥の二番へ御案内いたします。さあ、どうぞ、どうぞ」
「あと、この煙草入れは、人からの預かりものなんですが、そちらに預けてもいいですか。あ、それから、懐にちょっとばかりお金もありますから、これも一緒に預かってもらえますか」
「へいへい、かしこまりました」

亭主は、飛脚から預かった両掛け、煙草入れ、胴巻きを眺めながら、さっきの案について思い出していました。客がこれから湯に入る、御膳が出る、汁物も漬物も、全部茗荷ずくめだ。亭主は我慢できず、にやにやと笑っています。亭主の様子がおかしいので、飛脚は妙な宿だなと思いながら、御飯を済ませ、寝床につきました。そして、翌朝になると、早々に彼は宿を立ち去っていたのです。

「もしもし、お前さん」
亭主の妻が声を弾ませて言います。
「あのお客は、あんたの算段通り忘れて行ったね」
「どうだ! 奇々怪々だ。茗荷を食うと馬鹿になるというが、実に不思議なもんだなあ」
「本当にそうだね」

夫婦が楽しそうに話していると、さっきの客がせかせかと帰ってくるではありませんか。客が言います。

「あのね、今、田んぼまで出て、肩を取り換えようと思ったんだけど、両掛けがないので驚いた。あんまり急いだので両掛けを忘れたんですね」

「おやまあ、これでございますね。つい、私のほうでも気が付きませんでした」

妻はわざとらしい演技をしながら、両掛けを飛脚に手渡します。

「なーに、これさえあれば、大丈夫」

両掛けを受け取った飛脚は微笑むと、足早に行ってしまいました。

「はあ、私はあのお客が取りに戻ってきたとき、びっくりしましたよ。だけれども、まだ煙草入れを忘れて行ったよ」
「だからよ、不思議じゃねえか」
「おい、御亭主」
「おや、お帰りなさい」

また、飛脚が宿に戻ってきたではありませんか。

「あの、今ね、田んぼへ出て一服やろうと思って気が付いたら、煙草入れを忘れて出かけたのを思い出したんだ」
「へい、なるほど、この品でございますか」

亭主はしぶしぶ煙草入れを飛脚に差し出します。

「うむ、これさえあれば大丈夫だ」

煙草入れを受け取ると、飛脚は颯爽と去って行きました。

「うふふ、両掛けと煙草入れを持っていかれたとしても、肝心の胴巻を忘れて行きやがった。どうやら、百両あるようだぜ」
「どうも、本当に奇妙だねえ」

妻が嬉しそうに言います。

「おや、また帰ってきなすった」

またまた、飛脚が戻ってきて、亭主の顔は一気にくもります。

「ゆうべ、お前さんに預けた胴巻きを出しておくんな」
「はいはい、この品でございますか」

亭主は渡したくないという気持ちを何とか抑え、飛脚に胴巻きを渡します。

「いやいや、これを忘れちゃ大ごとだ。ああ、ありがたい。はい、さようなら」

飛脚は胴巻きを受け取ると、別れのあいさつをして立ち去りました。足が速いので、すぐに後ろ姿すら見えなくなってしまいました。

「あ、行っちまった」
「あれだけ茗荷を食わせたっていうのに、何を忘れたんだろうねえ」

飛脚が品をすべて持って行ってしまったので、妻はたいそう不満げに皮肉っぽく言いました。茗荷を食べさせたかいがありません。亭主は地団駄を踏んで言いました。

「あいつめ、ゆうべの宿賃を払うのを忘れて行きやがったんだ」

茗荷(みょうが)

落語では『茗荷宿』というタイトルになっている作品です。

登場人物全員の頭が悪い、という設定は嫌いじゃない(笑)

明日からは、『怪談牡丹燈籠』をアップしていきたい。江戸時代の人々が何を面白がっていたのか、あるいは考え方の一端を知ることのできる作品だと思う。

お楽しみに~☆

チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!