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羨ましくなるのはそりゃ当たり前だよ。でもこの羨ましいなっていう気持ちが一生続くわけではない。

自分にないものを持っている人。羨ましい。

ねぇどんなに望んでも
二度とは手に入らない
私が失った憧れのものを
あなたは持っている

浜崎あゆみ / About You

自分がずっと欲しくて欲しくて焦がれてきたのに、どうあがいても今手に入らないもの。例えば、仲良しな両親、家族団欒、気軽に話せる親、実家に帰省してのんびりすること、お母さんにテストの点を褒められること、などなど。みなさん色々お持ちだと思います。
過去に戻って人生を修正することはできないので、あの歳のあの時の私がとっても欲しかった、または、必要だったものを、今、手に入れて満足することは難しいですね。

叶わなかった欲求。努力によって得られるものではないもの。取り返しのつかないもの。それは今後叶うのか。未知ですね。今後叶えようもない夢というのもあります。

そして、そのあなたの憧れのものをすでに持っている人。羨ましいですよ。当然。

羨望という嫌な感情

あの人が嫌い、合わない。なぜなら、羨ましくなっちゃうから。

そして結局その原因は私にある。あの人が悪いわけじゃないって分かってる。それがまた私の過去と現在の誇りを傷つけ、苛立つ。
あの人と話すたび、羨望という嫌な感情をまざまざと感じさせられる。
私は今、彼のことを羨ましいと思ったか。認めたくない。羨望という感情を自分が彼に抱いた事実を認めたくない。

私は羨望だとか嫉妬だとか、そういった感情を向けられるのも、そういった感情を自分が持っているのも嫌で、人を羨む自分が悲しくて、カウンセリングで相談したことがあります。

そこで言われて腑に落ちたのが、「そりゃ羨ましいよね。でも覚えていてほしいのは、その羨ましいっていう気持ちが今後一生続くとは限らないってこと。」という言葉です。

何らかのきっかけで、今後その人を羨ましく思わなくなるかもしれないと思ったのです。また、叶えようもない欲求や夢が何らかの形で消化されるかもしれない。その欲求自体が薄くなるかもしれない。

人生というのは良くも悪くも何が起きるか分からない。

この「羨ましいな」という気持ちは一生抱えなくていい気持ちなんですね。そもそも一生抱えなければならない気持ちなんて、犯罪を犯した後の罪悪感ぐらいなものですし。

また、「羨ましい」という感情はある一定の状況下では当然湧き起こる感情なんだな、と思うと良いも悪いもないのだなと思いました。良い感情も悪い感情もないんですよね。感情ってそもそも自由ですもんね。内心の自由ですね~
「羨ましい」が「憎たらしい」、「恨めしい」に変わって、その感情の対象が不幸になるように行動を起こしたら、それは本当に惨めですけれど。

心の中で羨むことはとても自然なことで、なんにも悪くないと思うようになりました。


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