②逃避行2/3

大分空きましたが下の記事の続きになります

②逃避行2/3

私は何もできない人間なのです。勉強が出来ない。運動が出来ない。音楽が出来ない。絵が描けない。文章だって無理。学校に行けない。友達を作れない。電車に乗れない。銀行でお金が下せない。コンビニで買い物することだってままならない。そもそも、外に出る事すらおぼつかない引きこもり。私は何一つまともに出来ない欠陥品

だからまともに人を愛することだって出来ない


バイトを辞めた後も私はあの人の事を『店長』と呼ぶことを辞めなかった。そう呼ぶとあの人はなんだか少しばつの悪そうな困った顔をして見せて、私は彼の困った顔を見るとなぜだ胸がくすぐったいような不思議な気持ちになった。あの人のことを好きだったのか?わからない。あの人の事を愛していたのか?多分違う。一番正確な答えは『私はあの人の事を必要としていた』あの人の助けなしでは生きていけないぐらいに深くどうしようもなく私は彼を求めていた。いや、違う、きっと私はあの人のことを都合よく利用していただけ。私は何度か彼に謝罪の気持ちを伝えようと試みたけど、その試みが上手く彼まで届くという事態は最期まで訪れなかった。彼が望む物を私が与えられない事実は結局最期の最期まで私を苦しめ続けることになった。


窓の外をキラキラした街の明かりが通り過ぎていく、12月、開け放たれた車の窓から、身を切るような凍える風がびゅうびゅうと私の頬を叩きつける。実感できる痛みだけが、辛うじて私の生を「この恐ろしい世界」に繋ぎとめている。私はこの恐ろしさから逃れられるなら、自分のすべてをなげうっても構わない。痛みや傷は恐怖に駆られる私にとって唯一の慰めであるが、それが一時しのぎにすぎず、結局はどこにも逃げ場なんてない事だけは、時が立てばたつほど否応なく私の中で確信に変わっていく。

私の隣、不自然なほど無口な彼は、ただ暗闇をじっと見つめアクセルを踏み込み、ときどき思い出したようにハンドルを回している。ただ一心に4個のタイヤの上にある閉ざされた空間を外の世界から切り離す作業に没頭している。行先のない逃避行。報われることのない悪あがき。過去に一度パニックに陥った私を落ち着かせた経験があってから、それ以来馬鹿の一つ覚えみたいに、彼は私が耐え切れなくなる度に夜のドライブに連れ出すようになった。彼の車の中にある、私のお気に入りの音楽たち、私の好きなキャラクターのぬいぐるみ、うっすらと空間に漂う私の好きなパフューム、彼が私の為に作ろうとしたささやかな空間、私の居場所、そのことを意識するといつだって胸がかきむしられる。わたしはいっこくもはやくここからにげだしたいのに、こわくてこわくてたまらないのに、私の居場所を作るようなまねなんてしないでほしかった。彼にはそれがどんなに残酷な行為かも想像すらできないんだろう、何一つ理解なんてできないんだろう。何一つわかっちゃいないくせに「大丈夫だよ」なんてひどい言葉を私に投げつけるのはやめてほしい。彼はうつろな瞳でただまっすぐと眼前の暗闇を見つめ続けている。私が明け放した車の窓から吹き込む凍える風は彼の色素の薄い肌を、赤くかじかませている。明日も仕事があるのに、私の糞みたいなパニックに付き合って、寝不足で仕事に行くんだろう。バカみたい。素直に感謝もされもしないのに。バカみたい。ねぇ、あなた、助けを求めて連絡したのは私のほうなのに逆恨みみたいなことまで思われてるんだよ。バカみたい。バカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたい。ねぇ。こんなのってばかみたいでしょ?

キラキラと流れる街の明かりを綺麗だと感じる自分の事がとても滑稽に感じる。ここはこんなにも恐ろしい、耐えがたい世界だって言うのに

「ねェ店長、私なんでか街の明かりが好きだよ」

「うん」

彼は静かにうなずく

「ねぇ店長、わたし、もうさ、これ以上は無理だと思うんだ」

そう言ってしまうとこらえていた涙がせきを切ったように私の瞳からあふれ出した

子供のように泣きじゃくる私の隣で、彼は何も言わず少し苦しそうな顔をしてそっと私の手を握りしめた

深海のような暗い道を私たちの車は当てもなくさまよう。ヘッドライトの光は暗闇に吸い込まれていききっとどこにも辿りつけやしないだろう。





私は何も出来ない欠陥人間で

だからきっと人を愛する事も出来ない








【続きは30日、31日の連続更新になります】

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