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【小説】夢見るドリー


 ドリーは夢を見ていた。天から与えられた四肢は、なんの障害もなく、作動している。この世界で、不自由のない健康が、どれだけ尊いか忘れてしまった。もう何十年も――飽きるほど――生きたのに、いまだ勢いよく土を蹴り、走りまわることができた。仲間と同じように草原で食事を反芻したし、夜は母のぬくもりのなかで眠る。ドリーはそんな夢を見ていた。長すぎる白昼夢は、現実を麻痺させて、幻惑を溺れるほど与える。そして、だんだんと、リアリティと非現実の境界線は曖昧になる。牛、山羊、鼠、豚。群れの仲間はたくさんいた。ドリーは群れの中では、たった一匹の羊だ。なんの変哲もなき、子羊。迷うことすらない。生まれてから“母と同じように”生き、成長した。姿は子供のまま。人の言葉で「クローン」と呼ばれることを、ドリーは知らなかった。言葉も、運命も理解できないまま、時間は過ぎていった。残された時間がどんなに残酷な数字でも、夢見るドリーには永久と変わりない。
「実験体は、もう限界かと」
「これ以上の実験は、殺すことと同じです」
 薄れいく意識の中で、理解できない音が、ざわざわと聞こえる。そしてドリーは夢をみた。母とはぐれ、群れと離れ、門をぐぐり、生まれ変わる夢を。

(了)

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