なんて言ったらいいんだろう?

「未病」とか「未解決」とかいう言葉には「そうなる可能性がある、でもまだなっていない」ニュアンスがある。病気になるかもしれない、解決されるかもしれない、でもまだそうはなっていない。だとしたら「非常事態になる可能性があるけど、まだなっていないとき」をなんて言うんだろう?

平時でありながら、有事に備えている言葉。それがあれば、いつもの気構えだって少し違うかもしれないのに。健康なんじゃなくて、これから病気になるかもしれない。そんな風に「今は無事だけれど、それが有事に変わることもある」と意識させてくれる言葉。

自分のボキャブラリーの中にないだけの可能性もあるが、ないなら作ればいいのだといいのだと思う。「未有事」というのはどうだろうか。意味はわかる。だけど、漢字三文字というのがちょっと仰々しい。「ミユージ」という語感もあまりよくない。それなら「未事」はどうかと思うけれど、これだと短すぎる。「ミジ」って言いにくい。

その次に「未発」という単語が頭をよぎったけれど、これは既に存在していて、起こるかもしれない出来事に対して使われる。「事件を未発の内に防ぐ」という用例なんかも出てきたが、それなら「未然に防ぐ」のほうがポピュラーだ。これは存在はするものの、あまり市民権を得ていない単語らしい。

最後に、まだ害は出ていない(有事ではない)という意味で「未害」っていうのはどうかな、と思う。「ミガイ」と、発音しても三文字で済み、書いても漢字二文字。「害」という字の印象がやや強めではあるけれど、妥協案としては悪くない。

ただ、これだと「未だ害していない」という意味なのか「未だ害されていない」という意味なのかよくわからない。能動なのか、受け身なのか、その両方を指しているのかが曖昧だ。うーん。「未害」も、「有事に備えておくべき事態」を示す適切な語にはなりそうにない。

こうして考えてみると、言葉を編み出すって難しい。日本は、西洋から様々な概念を輸入し、そのつど苦労しながら訳語を生み出してきた国だ。「人権」「恋愛」「哲学」……訳とは言え、新たな日本語を作るのは非常な苦労を伴っただろう。そう思うと、当たり前に使っている言葉も先人からの恩恵なわけですね。

いまでは外来語はほとんどカタカナ表記になり、海外由来の概念を取り入れるスピードは格段に上がっている。だけど一方で、日本語として消化していこうという努力も失われている。それらは天秤の両端だから、片方が浮かべば片方が沈む。仕方のないことだ。だけど、何か新しい事態に直面したとき、それを表現する言葉を編み出すだけの体力は残っていてほしい。

有事になる可能性がある、でもまだなっていない。日常は続いている、でも非日常に転ずる可能性はいつだってある。これをなんて言うんだろう?なんて言ったらいいんだろう?

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。