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日本語のバランス感覚

見れば意味がわかる。漢字の大きな利点だ。読み方を知らなくても雰囲気が掴める。「驚安の殿堂(ドンキホーテ)」の「驚安」なんて、辞書には載っていないけど、まあ言いたいことはわかる。つまり安い。そしてあのコピーは、それさえ伝わればいい。読みが「きょうやす」なのか「きょうあん」なのかは問題にならない。

世間では「ひらがなのほうが簡単で読みやすい」と言われがちだ。「漢字は難しいから、極力使わないのが読み手にとって親切」と思っている人もいる。だけどどうだろう。ひらがなは本当に、読むことを楽にしてくれるのだろうか。

次の二つの文を見比べてみてほしい。
①うちゅうこうせんは、ちきゅうのひょうめんにふりそそぎます。
②宇宙光線は、地球の表面に降り注ぎます。

②のほうが、見た目もスッキリしていて読みやすい。①は、文の終わりまで読まないと意味が取れないが、②のほうはパッと見で理解した人も多いだろう。漢字の連続が意味のまとまりを構成するから、目に飛び込んできた単語だけでおおまかな文意が掴める。

あるいは
①あいびょうか
②愛猫家

「『あいびょうか』ってなんやねん……」と思った人も、②を見ればすぐにわかる。発音がわからなくても「ああ、ネコが好きな人ね」と一瞬で了解できる。この「秒でわかる」メリットはとても大きい。だから「ひらがな=簡単で読みやすい」風潮に乗れない。

もちろん、漢字にもデメリットはある。そもそも字を知らないと、意味がわからない。しかも覚えるべき数が多い。小学校で漢字テストに苦戦した人にとっては憎き存在だろう。実際、小中学校の頃、親が外国籍だというクラスメートが特に苦しんでいた。日常的に使わない環境に育った人間が、後天的に学習するのは苦労を要する。

なにせ小学校で習うだけでも1,000文字だ。アルファベットの26文字に比べれば、文字通りケタ違いに多い。だから「漢字は学習に時間がかかる。非効率」との意見もあって、これもわからなくはない。自分だって、これから学習する言語の文字が難解かつ数が多いとしたら、始める前から息切れするかもしれない。

とはいえ「見ればわかる」は手放せない利点だと思う。日本語を学んでいる人も「外国人には漢字は難しいと思ってない?そんなことない。だいたい部首を覚えれば意味を予測できる。だから、下手にひらがなで書かないでほしい」と言う。彼らによると「あいろ」よりも「隘路」と書かれたほうが理解できるのだそうだ。「だって『路』って字から、なんとなく道の話をしてるのがわかる。ひらがなじゃ何の話かわからない」。確かに。

それはきっと、私たちが中国語を見るときの感覚に見ているんじゃないだろうか。「ハオ」と発音だけ書かれても「?」となるけれど、「好」と書いてあれば「なんか肯定的な意味なんだね!」と見当がつく。きっとそんな感じ。

だから「日本語学習者にわかりにくいから」とか「子どもに漢字は読めないから」と侮るのもよくない。ひらがなやカタカナにしたことで、かえって伝わらなくなる場合もある。氾濫するカタカナ用語に疲れている人は、その感覚が肌でわかるんじゃないだろうか。「アグリーです」って言うくらいなら「賛成です」って言えばいいのに。「コンテンポラルな」だって「現代的な」って言えば済むのに。

カタカナでしか言えない感覚もあるから「全部、廃止しろ!」なんて過激な主張はしない。漢字が一番だっていう話でもないし、ひらがなにはひらがなの良さがある。極端に振れるのはよくないってだけだ。漢字ばっかりでも読む気が失せるし、ひらがなばかりだと脱力するし、カタカナが多過ぎるとうんざりする。日本語のバランスはなかなか奥が深い。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。