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なんてったって名古屋

 名古屋はいい。東京より人が温かく、大阪ほど騒がしくない。あの独特の、地域を誇りに思いつつアピールは激しくない感じがいい。
 このあいだ「名古屋土産だよ」と貰ったお菓子のパッケージには、宣伝文句「でらシャス・スイーツ」の文字があった。お国言葉への愛情を感じる。
 
 小学校のとき父に名古屋城に連れて行ったもらったときも、似たようなことがあった。お城の上のほうで物販をやっていて、そこに腕一本分くらいの大きな鉛筆が売られている。六面ある鉛筆の側面に、一面おきにこんな文句が書かれていた。
 
名古屋に行ったらあったがね
どえりゃあ書きづら~でらでか鉛筆
消しゴムもついとるでよ~

 
 おもしろかったので父に買ってもらう。その後しばらくして、文具好きだと言うおじさまに出会ったのであげた。おじさまはいたく感激して、「どこで作ってるんだ……部下に調べさせます」と言って、本当に調べさせたらしい。
 他の地域ではまずもって見ない、変わった土産物だったな……と今でも思う。あの名古屋弁が効いている。
 
 名古屋城を築いたのは徳川家康で、名古屋はそのときに武士や町民が大移動してできた街だ。太平洋戦争ではアメリカの爆撃を受け、街が焼かれる。このあたりの話は、当地の人々と話すと当然のように出てくる。
「俺たちが小さかった頃は、戦後の焼け野原で何もなかった」。
 それから次にこの文句が続く。
「そのあとの復興っていうのは、すごかったな」。
 
 その通り、名古屋は戦後、端から端までの長さが100mの「100m道路」を中心地に作り、車社会に備えた。さらには自動車や航空機、セラミックスなどなど、日本のものづくりの中心地である東海地方の要となり、文字通り完璧な復興を遂げる。
 平成17年には中部国際空港(通称セントレア)を開き、愛知万博も行なわれた。
 
 このへんは「教科書に書かれた名古屋」とも言うべき内容で、実際のところ自分が見つめているのは、そのお国言葉だったりする。
 
 父が名古屋郊外に住んでいるので、行くと必ず喫茶店に連れて行ってもらう。名古屋と言えばモーニング。朝は喫茶店で済ます人が多い。一人で、あるいは連れ立って、人々は思い思いに席を取る。
 そうして「~だがね」とか「~だぎゃ」という、独特のイントネーションで話している。もっとも、あれは生粋の名古屋人に言わせれば「下町の言葉」らしい。本物の名古屋弁は「~なも」の語尾で終わり、もっと洗練されていて上品だ。しかしもう話者がいない。
 お国言葉は庶民の勝利に終わった。
 
 東京の、いわゆる「標準語」と比較して、名古屋の言葉はどこか優しい。自分が聞いた中では、容姿に恵まれない人のことを「おへちゃ」「へちゃふくれ」と言う人がいた。「ブス」「不細工」より語感がいいと思った。
 一般的な「美人」の枠ではないけれど、なんだか憎めない容姿を指して使われていた言葉で、名古屋以東ではあまり聞かない表現だ。単にその話していた人の造語なのかもしれないが、初めて聞いても意味が通じるあたりがすごい。
 
 思うに、名古屋の人はアピール下手なのだと思う。お国言葉と言い、その経済力と言い、地方の中では突出した部類に入るのに、なかなかそれを外に出さない。おもしろいし住みやすいのに、存在感が地味。
 もっとも、徳川時代から「下手に目立って江戸に睨まれたら死ぬ」のDNAが受け継がれているなら無理もない。いまだに名古屋の人々は、その実力に対して控えめで、実利を重んじて生活するところがある。だからケチだとも言われる。
 
 ご当地の人がしないなら、関係ない自分が推してみよう。喫茶店のモーニングも、聞こえてくるお国訛りも、東京に劣らない文化催事の数も、ちょうどいい。だから私は名古屋推し。


冒頭で紹介したお菓子。HPに「でらシャス・スイーツ」の文句がない……!そういうところだぞ、名古屋。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。