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あなたが生まれる前に

 夕方のスーパーに行ったら、食パンの「超熟」が売り切れていた。旦那さんの看病が続く中、ちょっとはおいしいものが食べたいなと思ったんだけど……。幸いクロテッドクリームとジャムがあるので、味なしの蒸しパンでも作って食べますか。

 
 お腹の中に赤ちゃんがいると、胃が圧迫されるせいか、空腹感がいまいちわからなくなる。ただ、お腹の中の人のほうはバッチリ空腹を感じるらしい。食事の時間が空くとよく動く。最初はなんだろうと思ってたけど「メシよこせ」の意味なんだろうな、これ。
 
 人格形成というのは、受精した瞬間から始まっているんだそうだ。産婦人科の先生が言ってた。だから、お腹の中にいる段階でたくさん愛情を伝えられた子とそうでない子では、出産時点でもう性格が違うと言う。それがどこまで本当かは知らない。
 
 自分の場合はどうだったか考えてみる。まず特異だったのが、母の妊娠がわかったのが宿って「6ヶ月」の時点だったことだ。これはかなり遅い。もう目に見えてお腹が出ている時期。太っているとかでなく、お腹だけがポンと出てくる。
 
 どうしてそんなに遅れたかと言えば、父親が否定し続けたから。妊娠なんてそんなことは絶対にない、だってしてないんだから。父が頑なにそう言うので、母もそうなのかなと考えた。そこでしばらく様子を見ていたら、腹部だけが日に日に大きくなっていった。
 
 ここまでは両親の記憶が一致しているので、事実と見なしていい。母親の体内で、自分がなにを感じたは覚えてない。すでに宿っているのに、それを否定され続けるのはどんな感じなんだろう。誰も自分の存在に気づかない、ということ。
 
 仮に外界の様子が少しでもわかっていたなら、それはとても孤独だっただろうな、と思う。真っ暗な子宮の中、だれにも認知されず名前も与えられず大きくなっていく。人生が始まる前の、ごく最初の時期にそうだった人間は、一体どんな大人になるんだろう。
 
 小さい頃に「幸せだった」という感覚はほとんどない。大人の顔色をうかがっていたし、お金を使うときや欲しいものを言うときには「家族に負担をかけている」という罪悪感がつきまとい、家で蛇口をひねるにも水道代を気にしてケチる子どもだった。
 
 妊娠がわかってからのことは、父と母で話が食い違う。父は「驚きはしたけど嬉しかったさ。俺は子どもは好きだからね」と言い、母は「お父さんは『堕ろせ』って言った」と恨むように主張して譲らない。その後、母は4ヶ月の妊娠期間を経て無事、出産した。
 
 父親に肩入れするわけではないが、母の言い分は信じにくい。大黒柱たる父親が産むなと言えば、泣く泣く諦めざるをえなかったはずだ。そこを強行突破して出産する母とは思えない。せいぜい「父はしばらく妊娠を信じなかった」あたりが事実なんじゃないか。
 
 そして、そういう妊娠期を送った人間でも無事、大人にはなれた。それなりにいろいろあったし、小学生のときからカウンセリングに世話にはなったけど。大人になってからも、メンタル由来の出費は絶えずあったけれど、それでも。
 
 旦那さんが買ってきた妊婦向けの本には「極論、親の愛情さえ伝わっていれば、妊娠期に何をしてもしなくてもいい」と書かれていた。愛情。言い換えるなら「あなたは歓迎されている」という思いであり、生まれてきてもいいという承認。
 
 まだ言葉も話せない相手に、そういう感情は──あったとしても──伝わるものなんだろうか。それとも言葉のない世界であればこそ、感情だけがダイレクトに伝わるのか。はたまた、子宮の中のことなんて結局のところ誰にもわからないのか。
 
 とりあえず食事は定期的に摂ります、と、ときどき暴れるお腹を見下ろして思うなど。

超熟。食べたい。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。