見出し画像

「ままどおる」と、しないよりマシなこと

 氷に触れる。冷たい、ということは、体温が奪われるということだ。それでもまだ体は動く。少し冷たくなったくらいで、体は動くのをやめはしない。でもパフォーマンスは下がる。体温を奪われながら、絶好調ってわけにはいかない。
 
 「なんの比喩なんだよ」と思う人もいるだろうか。もうひとつ、喩えを聞いてほしい。たとえば手にスプーンを持つこと。こんなことは簡単にできる。片手で持てばおしまいだ。重くもないし、大きな負担にならない。
 
 でもそのスプーンを、24時間持つとしたら?寝ているあいだもトイレに行っているときも仕事中も。こうなってくると難易度が上がる。たいしたことでなかったとしても、ずっと続けば、ゆるく確実に生活を重たいものにしていく。
 
 そういう感じ。ひとの生活はあらゆる些細な物事でできているけれど、そのどれも侮ってはいけない。小さな負荷でも、続けば大きな負担になる。ひとつの巨大な不幸が起こるよりもずっと確かなやり方で、生活の全体をむしばんでいく。
 
 小さなことは大事にしたほうがいい。小さいから大事にしたほうがいい。そんなことをいつも思っている。幸せになりたいとか、不幸から脱したいとか、人はいろんな考えを持つけど、それなら足元のことから始めるほうがいい。
 
 大きな幸運やその反対は、たいていひとりではどうでもできない。でも目の前の些事は、いつだって自分がどうにかできる距離にある。そうして何かを変えたいと思えば、いつもそこからしか話は始まらない。
 
 すこし前の妊婦検診で「体重が」と言われた。「つわりがなくなって、食べ物がすごくおいしい時期なのはわかるんだけどね、このままだとダメ」。もうすこし運動するか、食べる量を減らすかするように、と言われる。
 
 ライフスタイルを大きく変えるわけにはいかない。家で旦那さんと過ごす時間は確保する必要があるし、もちろん仕事もしている。「運動のために、日中まいにち10km歩きます!」ってわけにはいかない。
 
 だから帰宅すると、5分とか10分とかの短い散歩に出る。前は夜の11時くらいまで平気で出歩いたけど、いまそれは家の消灯時間になった。5分や10分のウォーキングが、なにになるのか知らない。だけどやらないよりはマシだろう。
 
 やらないよりもマシなことは、やったほうがいい。そういう理屈で、オフィスでもちょこまか動いたり、コピー用紙を切らさないよう印刷機まで何度も歩いたりしている。劇的に変わることはなくても、やらないよりマシならやるほうがいい。
 
 食生活はお菓子を減らしたくらい。職場で配られるものは、その場で食べずに家に持って帰る。だいたい旦那さんの胃袋に入る。まあそれでいいのだと思う。この前は、福島銘菓「ままどおる」をいただいた。包み紙がほっこり愛らしい、あのお菓子。
 
 体重がいま、どうなっているかは知らない。一般的に、妊娠前と比べて臨月までに10kg程度増えると言われている。ざっくり計算すると、増えていいのは1ヶ月に1kgまで。これを超えると、妊婦検診でブーイングされる。がんばろ。
 
 これから妊娠・出産を経験する人は、そういうことでちょっと覚えておいてほしい。妊娠中期、食べ物がおいしくなりがち。ただ体重が増えすぎると、冗談じゃなく出産に影響が出る。よって日々の運動と食事は大事という、あたりまえの話に落ち着いてしまう。
 
 あたりまえの話は、あたりまえだから大事にしないといけない。
 
 家の中はちゃんと掃除したほうがいいし、挨拶はしたほうがいい。仕事はさぼるより真面目にやるほうがいいし、人間関係は良好であるほうがいい。物言いがキツいよりは穏やかであるほうがいい。
 
 なんだかそんな、すべての「ほうがいい」程度のことを積み重ねたい。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。