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柚木沙弥郎・熱田千鶴『柚木沙弥郎のことば』

 図書館でもらった選書リストから、まずはこれを選んで借りてきた。選書してくれた館員からのメッセージには「染色家の柚木沙弥郎にインタビューされた本で、98歳の氏の生き方から発せられることばは、迷ったときに進み方を教えてくれそうです」とある。
 柚木沙弥郎という存命の美術家のことは知らなかったが、本を借りてみたら、オーシャンブルーの地に切り絵の鶴が並んでいる。なるほど、こういう型染めもするのか。
 というわけで本を開くと、まずこのことばが飛びこんできた。

日本の場合、絵画であっても屏風に描かれているものは、つまりは実用品となる。それは工芸だと思う。焼き物や漆の椀にしてもそう。明治になって諸外国に向けて発表するときに、それを美術と呼ぶようにした。だから、日本美術といわれるもののほとんどは工芸品なんです。

本書p30より

 ここ数年、美術館に足を運んだり美術史を勉強したりと、少しだけ美術に足を突っ込んでみた。素人ではあっても、なんとなく心の奥で感じていてことばとしては浮かび上がってこなかったことがある。それが「日本美術は工芸品」。ああ、そういうことかと得心した。
 こういう「納得感」を初盤で得られると、本との距離が一気に縮まってどんどん読み進んでいける。
 先のページには、こんなせりふが飛び出してくる。

「(86歳で開催したフランスでの個展で)まず『今作ったものはどれだ』と聞かれる。(中略)過去のことは一切関係ない。『今あなたは何をやっている? 何に興味がある?』(中略)僕も生きている限りはそうあるべきだと思う」

本書p104より

 86歳の美術家が個展をやっても「今」何をやっているのかが問われるものなのか。厳しい世界だ。
 だが柚木沙弥郎は、「僕だって物心ついたのは80歳になってから」という。80代になってからもどんどん新しい人と出会い、新しい仕事に挑戦していった。そして92歳で、フランス国立ギメ美術館に作品が収蔵されることが決まった。
 老齢になっても精力的に挑戦を重ねる姿は、「いや、80代や90代になってそんなにエネルギッシュに行動できないでしょ」と思う。わたしには、いや一般人には難しいだろう。
 けれども、本書には美術や作品の話だけが載っているのではない。もっとも心に残ったのは「価値観」についての話である。

「もっと自分の選択眼を持つこと。ものを選ぶということは、自分に自信を持つことなんだ」
(自分なりの価値観を築くには)「失敗してもいいから、とにかく身銭を切ること。それを繰り返すうちに、自然と眼は磨かれていくんだ」

本書p144, p145より

 ほかの人になんと言われても、自分なりに選択していく。他人から買ってもらったり、物をもらっていてるのではだめで、身銭を切って「面白い」と思ったものを観にいき、聴きにいき、購入する。それを繰り返せば価値観が磨かれていく。それでいいのか。
 これから年を取っていくなか、自分の価値観に合うものと暮らすのはとても重要だ。遠出をしなくても、身近なところにも、そうした自分の選択眼に合ったものがあるだろう。きっと「身の回りから自分が楽しいと思えることを発見」することができるし、そうしたら「楽しい」暮らしが待っているはず。
 そう思って本を閉じたら、表紙では歩いていた鶴が、裏表紙では飛び立っていた。

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