GAW ~Game of Another World~  第1話

0:ゲームオープン

0.0

Tテロップ『ゲームは進化した』
T『遊ぶゲームから 体感するゲームへ』
T『ゲームの面白さ それはリアリティだった』

0.1

場所:ゲーム大会 決勝戦 コクピット型ゲーム筐体内

 新道輝しんどうてる(テル)、スタートボタンを押す。
 テルの目の前にある画面に、意識が集中する。
 ゲーム内キャラクターの前髪が風で揺れる。
 連動して、筐体から風が送られてくる。
 キャラクターが感じている風を、画面の外のテルも感じる。
 画面の外のテルが、画面の中のキャラにシンクロする。
 横から、ひいらぎはぎ(ハギ)の声がする。

ハギ「そろそろ始まるよ」

 真っ白い魔道服に、赤のラインの装飾。
 その頭上には『ハギ』の文字が浮いている。
 テルの一つ年上で、小さい時からの遊び相手。

ハギ「シンは、準備はいい?」

テルNナレーション(ボクのキャラの上には『テル』の文字がある) 
テルN(でも ハギさんはいつも 苗字の方で呼ぶ)
テルN(くすぐったい でも 嬉しい)

 テル、左右のホルダーから拳銃を抜く。
 2丁拳銃を構えて、応える。
 ハギ、ふっと笑う。

ハギ「大丈夫そうだね」

 テルに背を向けて、風の吹いてくる方を向く。

ハギ「来るよ」

 最初は微風、それから突風。
 地面を覆い尽くすような巨大な影。
 大気を唸らせ、暴風を撒き散らし、目の前に降りてくる。
 地面が揺れる。
 赤黒い巨躯。
 4対8枚の翼。
 月のように真っ赤な瞳。
 頭上に、禍々しい赤文字で『狂竜神ガガルゼゼ』。
 あか双眼そうがんを2人に向け、苛立いらだちげに首を振る。
 最後にひときわ大きな咆哮ほうこうを放った。

テルMモノローグ(さぁ ゲーム開始だ)

 画面右上にタイマーが表示される。
 1/100のくらいの数字が目まぐるしく時間を刻む。
 ボス討伐タイムアタック。
 誰よりも早く目の前の敵を倒す。
 2人と1柱が火花を散らしダンスを踊る。

0.2

場所:ファミリーレストラン
時刻:夕方

ハギ「優勝おめでとう」
テル「おめでとうございます」

  テルとハギ、コップを鳴らす

ハギ「あんまり嬉しそうじゃないね 最後 死んじゃったから?」
テル「はい 練習じゃあんな攻撃なかったのに」
ハギ「開発の人に聞いたよ 大会用の隠しギミックだって」
ハギ「5分以内に残り体力を1にすると 発生するって」
ハギ「超上級者向けの 初見殺しだよね」

  テル、口を結んでいる。
  ハギ、テルの様子を見て言う。

ハギ「テルの考えていること 当てようか」
ハギ「もっと早く気づければ2人でクリアできた でしょ」
テル「はい 予備動作があったので」

  ハギ、自分を責めるテルを見て、眩しそうに笑う。

ハギ「そういえば 何でこっちを助けたの」
ハギ「シンは攻撃に気がつけたんだから」
ハギ「シンだけ避けても クリアだったでしょ」
テル「ハギさんが 危ないと思って 気づいたら体が動いてました」
ハギ「そういうところ シンの良いところだよね」
ハギ「主人公みたい」
テル「っそ そ そんなことないです」

  ハギ、カラカラと笑う。
  優勝商品の楯に目を向ける。
  ため息1つ。
  それから1枚のチケットを取り出す。

ハギ「テルはこの優勝特典に参加する?」

  テル、同じくチケットを取り出す。
  そこには
  次世代体験型RPG『Another World』クローズドβ参加チケット
  とある。

テル「はいっ 世界初 体感型のMMORPG なんて」
テル「楽しみすぎて わくわくしちゃいます」
テル「ハギさんは 行かないんですか?」
ハギ「実はもう試遊してるんだよね 別件で」
ハギ「今回はパスかな」
テル「やってみて どうでした?」
ハギ「最高だったよ 本当にゲームの中に 自分がいるんだ」
ハギ「細かいことは ネタバレになるから ね」
テル「とっても楽しみです 早くプレイしたいな」
ハギ「でしょ 帰ってきたら ぜひ感想を聞かせてよ」

  目が閉じるように暗転。
  目をあけると、全く別の場面に。

1:Another Worldへようこそ

1.1.1

場所:見渡す限りの泥沼
時刻:昼過ぎ

  テル、泥沼の中で目をあける。

テル「あれ? ここ、どこ?」

  なぜこんな所にいるのか。
  理由を思い出そうとする。
  考えていると、尻尾が揺れる。

テル「って、しっぽっ?」

  後ろを確認。
  ふさふさの尻尾がついている。

テル「もしかして、アレもある?」

  両手を頭の上にもっていく。
  キレイな三角形の耳がついている。

テル「尻尾に獣耳 これじゃまるでゲームみたいな・・・」

  暗闇に明かりがつくように、ここがどこかを思い出す。

テル「ゲームだ 次世代体験型ゲーム Another Worldだ」

  あごに指をあて、ふむふむ、と納得。

テル「でも これからどうすれば?」

  ため息は「くぅぅ」という音に。
  不意に、こぷっという粘着質ねんちゃくしつな音がする。
  音の方を振り替える。
  泥のなかに泡が1つだけ浮かんでいる。
  目の前でもうひとつ、泡が増える。

テルM(なんだろ? イベント?)

  テル、泡へと近づく。
  泡はだんだん増え、激しくなる。
  まるで小さな噴水。
  泥水の粘性が高くなり、固まる。
  ギョロりとした単眼が浮かび、テルを見つめる。

1.1.2

テルM(スライム? かな)

  テル、警戒しながら様子を見る。
  襲ってくる様子ない。

テルM(もしかして 敵じゃなくて サポートキャラかも)

  テル、ゆっくり手を伸ばす。
  スライム、震えているが逃げる様子はない。

テルM(なんだか子猫みたいだ)

  指が優しくスライムに触れる。
  スライムはビックリしたように震える。
  触れられた場所を凹ませる。

テルM(っあ、ごめん びっくりさせちゃった)

  スライムの震えがおさまる。
  へこんだ部分を盛り上げる。
  細長いそれは、まるで指。
  その指を、テルに向かってゆっくりと伸ばしてくる。
  テル、手を置いて待つ。
  スライムの指はテルの手の前で止まる。
  迷ったように、伸びたり縮んだりを繰り返す。
  それから再び、テルの手に向かって伸ばされる。

  一瞬の出来事。

  スライムの指の先端が槍のように鋭く変わる。
  スライムの槍がテルの手を貫く。
  テル、思わず手を押さえる。
  痛みはない。
  ただ、炎にあぶられたように、じりじりと熱かった。
  テル、スライムを見る。
  スライム、小刻みに震えさせている。
  それはまるで、笑っているようだった。

テルM(敵だ だったら、倒すだけだ)

1.1.3

  テル、スライムの横に移動する。
  その動きをスライムの目が追ってくる。

テルM(動きは遅い でも あせっちゃだめだ)
テルM(まずは攻撃方法を観察する)

  スライムの表面が盛り上がり、細い槍ができる。
  槍が後ろに引かれる。それから勢いよく突き出された。
  テルは横に飛んで交わす。
  スライムは槍を引っ込める。
  目でテルを追う。

テルM(やっぱり 動きが遅い 目の移動と攻撃のあと)
テルM(特に攻撃のあと 槍を引くとき すきだらけだ)
テルM(攻撃をするなら そのタイミング)
テルM(スライムの攻撃を避ける それから攻撃する)

  テル、スライムの攻撃を誘う。
  槍ができ、後ろに引かれる。
  そのタイミングで横に飛ぶ。
  空振りした槍は、ゆっくり引き戻される。

テルM(このタイミングっ!)

  テル、スライムの脇をおもいきり蹴り飛ばす。
  水風船がはじけるような音。
  スライム、大きく震える。
  すぐに再生するが、全体が小さくなっている。

テルM(手応えあり この調子で攻撃すれば 無傷で勝てる)

  スライムの目がテルを捉える。
  槍が作られ、後ろに引かれる。
  テル、横に飛びかわす。
  槍が引き戻されるタイミングを見て、再び蹴る。
  スライムは震え、小さくなる。

テルM(この調子 あと一発 それで倒せる)

  同じ手順で、スライムの槍をかわす。
  すきだらけのスライムを見て右足を後ろに引く。

テルM(これで おしまいっ)

  ドスっという衝撃。
  テルの体が揺れる。
  何が起こったのか分からない。
  テル、スライムから細い槍が伸びているのを見る。
  その先を追うと、テルの体に刺さっている。

テルM(なにが おこって )

  体の内側で、異物が動く感覚。
  槍の先端が開き回りを切り裂く。
  返し・・になり、引き抜かれる。
  テルの目の奥で火花が散る。
  痛みは感じない。
  傷口が燃えるように熱い。
  痛みがないのが幸いし、動け、考えることができた。
  スライムと距離をとって、なにが起こったのか考えた。

テルM(連続攻撃? そんなのあり?)
テルM(体力が減って攻撃が変化した? そんなことある?)

テル「ある か」
テル「発狂」

  T『発狂』
  T『時間経過や体力減少により、敵が攻撃的になるシステム』
  T『狂ったように激しくなることから発狂と名付けられた』

テル「でも発狂はボスの特権でしょ なんでスライムなんかが?」
テル「どんな敵でも気を抜くな ってこと?」

  テル、考えたことを口に出すことで、冷静さを取り戻す。

テル「でも ノーヒントは反則じゃない?」

  テルの文句に、スライムは笑うように震える。

テル「初見殺しにしても ちょっとヒドくない?」
テル「でも おかげでいい教訓になった」
テル「もう大丈夫 初見殺しに二度目はない」

  テル、状況を確認する。

テル「痛みはなし (あついけど)」
テル「動けるし 失血とかも大丈夫」
テルM(スライムにはあと一撃 こっちはまだ全然動ける)
テルM(最悪もう一発もらっても たぶん大丈夫)
テルM(一発入れれば勝ち 一発もらっても大丈夫)
テルM(圧倒的に有利だ)
テルM(大丈夫 落ち着いてやれば出来る)

1.1.4

  テル、深呼吸をする。スライムに集中する。
  周りの景色は希薄に、スライムだけが鮮明になる。
  テル、スライムとの距離を縮める。

テルM(攻撃を誘う)

  スライムの槍先がテルに向けられる。
  予備動作を確認。
  避ける。
  回り込む。
  攻撃準備。
  2個目の眼球が浮かび、こちらを捉える。
  槍が作られ伸びる。
  避ける。
  横に回り込む。

テルM(3発目? 相打ちでも良い)
テルM(思いっきり蹴りぬく)

  テル、蹴りを放つ。
  水が弾けるような音。
  残ったカタマリは小刻みに震える。
  やがて崩れて、溶ける。
  微風そよかぜが通り過ぎる。

テルM(心臓の音だ ああ 息を止めてたんだ)

  テル、ゆっくりと息を吐く。
  張りつめた糸がゆるみ、肩が下がった。

テル「ーー勝った」

  思いが言葉になって出る。
  もう一度、確かめるために、その言葉を口にする。

テル「勝った」

  体の奥から痺れるような感覚が湧き上がる。
  全身が、心地よく痺れている。
  両腕を突き上げ、その味を噛み締めた。

テル「ーー勝ったぁぁぁ」
テルM(弱い敵でも気を抜けない)
テルM(ゲームの“お約束”が通じない 最高だ)
テルM(ダメージが体感できるのもーー)

  テル、傷のことを思い出す。
  右手の傷は塞がっている。
  傷跡が残っているが、痛みも熱も感じない。
  体の傷も同じように塞がっていた。
  残った傷跡を優しくなでる。

テルM(大丈夫みたいだ)
テルM(痛みを熱にして プレイヤーに体感させる)
テルM(斬新で面白い)
テルM(もう一度戦いたい 今度はもっと上手に)

  テル、次のスライムを探して歩き出す。
  そしてすぐに、最初の絶望を味わう。

1.2.1

場所:一面の泥沼
時刻:昼過ぎ

テルN(分かったことがある)
テルN(ボクはこのゲームでは 犬みたいな尻尾と 耳がある)
テルN(そのせいで 聴覚と嗅覚が 鋭くなっているみたい)
テルN(だから 次の泡を見つけるのは 難しくなかった)

  こぽっ、こぷり。
  テル、泡立ちに近寄る。
  泡立ちが激しくなり、スライムが出来上がっていく。
  テル、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
  さっきの戦いを思い出し気持ちを入れる。

テルM(準備OK いざ)

  テル、身構える。
  視界の端で何かが動く。目を向ける。
  泡泡立ちが始まっていた。
  目の前と向こう。合計2ヶ所。

テルM(同時に2体か 相手にできるかな)

  その答えが出る前に。
  すぐ横の足元から泡立つ音が聞こえた。
  思わず身体を引いてしまう。

テル「ウソでしょ」

  3つめの泡立ち。
  予想外の事態におもわず声が漏れる。

テルM(3体同時!? ギリ イケる?)
テルM(ちょっと辛いか 微妙なところだな)
テルM(ーーいや 違うっ)

  3体目の出現は、その先の最悪の事態を想像させる。

テルM(2度あることは 3度ある)
テルM(3度あることは 当たり前になる)
テルM(ーーヤバイっ!)

 テルの考えに応えるように、状況は加速度的に変化する。
 そこらじゅうで、泡立ちが起こり始めた。

テルM(まだ増える 5 7 もっと!?)

  テル、全力で走り出す。
  沸き上がるスライム達を避けるように。
  隙間を縫うように走る。

テルM(ココから 少しでも遠くにっ)

  走っても走っても泡立ちは振り切れない。
  逃げれば逃げた先で、新たな泡立ちが起こる。
  呼吸が荒くなる。
  呼吸の度に危機感と恐怖感が、血液に乗って全身にまわっていく。
  必死に足を動かす。
  あせりを知ってもてあそぶように、泥の沼はテルの足を絡め取る。
  ズルり。
  テルの足が、泥を蹴り滑る。
  勢いそのままで転び、全身を泥沼に打ち付ける。

テルM(いったぁ くはないか)
テルM(ヤバい 色々なところが熱い)
テルM(とにかく 逃げないとっ)

  テル、立ち上がろうと沼地に手をつく。
  そこで気がつく。

テルM(ーーっ!? 地面が揺れてるっ)
テルM(泥沼が なみってる 立てない)

  テル、両手をついて体を支える。
  大きな揺れと周囲に浮かび続ける泡。
  そして、テルの視界に飛び込んできた光景。
  体から温度が引いていく。

テルM(ウソでしょっ!?)

  一帯の泥が、まるでビルのように高く噴き上がっていた。
  巨大な噴水から、何かがい出る。
  化け物が、ゆっくりと、形を作り出している。
  テルは動けない。
  ただそれを見上げることしかできない。

  のっぺりとした頭部。
  太く長い、手のない両腕。
  ミミズのようなものが無数に集まった体。
  一匹一匹が、ねっとりとした泥をしたたらせている。

  怪物が完全に形をつくる。

1.2.2

  揺れが収まる。
  テル、上を見る。
  そこに空はない。
  怪物が、空を覆い隠すように立っている。
  怪物の顔に、横に線が入り、口ができる。
  その口から、目覚めの欠伸あくびのように咆哮ほうこうする。
  大きな音は、不可視の力でテルの体を泥沼に押し付ける。
  身動きが取れなくなったテルに、怪物が顔を向ける。
  目も耳も鼻もない。無貌むぼうの怪物。
  その怪物は間違いなくこちらを《《見た》》。
  右腕を大きく振りかぶる。
  テルに向かって勢いよく叩きつける。

  テル、地面を蹴って転がるように横に移動する。
  直後。爆風と爆音。

テルM(ーーっ!?)

  テル、空中に吹き飛ばされる。
  視界が戻る。仰向けになって空を見あげている。
  宙に舞いあがった泥が戻って、泥の雨が地面を激しく叩く。
  テル、全身を泥の雨に打たれ、茫然としてしまう。

テルM(こんなの無理だ 絶対に勝てない)

  怪物、腕を引き戻す。
  その様子を見て、テルの体が危機感で動き始める。
  怪物から逃げようと、立って走り出した。
  テル、泥沼の足の悪さで、何度も足を取られる。
  泥は音を立てて、テルの体を泥の中に引き戻そうとする。
  先に、進めない。
  テル、後ろを見る。
  怪物がこちらに顔を向けていた。
  怪物、腕を振るい上げる。
  テルに向け、勢いよく叩きつける。
  トラック程もある腕が、テルに迫ってくる。
 
テルM(避けないと)
 
  そう思い、地面を蹴った瞬間。
  足が取られ、体が泥の中に沈む。

テルM(ーーあっ)

  怪物の腕が目に入る。
  確実な死が近づいてくる。
  それまでの時間が、やけに長く感じられる。

  巨大な腕。
  目のない怪物。
  その顔は、テルを見据えている。
  微風そよかぜがテルの前髪を揺らす。
  風に乗って、何かがテルの背後を通り過ぎる。
  襟首えりくびを掴まれ、そのまま引っ張られる。
  怪物の腕が、さっきまでテルがいた場所に叩きつけられる。
  大きな音を立てて周囲をえぐり、泥のしぶきが上がる。

  時間の進みが戻る。
  襟首を離され、放り出される。
  テルは、すぐに体を起こす。
  視線を上げる。
  目の前には、凛とした背中がある。
  怪物からテルをかばうように、立っている。
  飛び散った飛沫しぶきが、土砂降りの雨になって泥沼を叩く。
  その音の中で、その声ははっきりと聞こえた。

キリ「大丈夫か?」

  よく響く、強い声。
  背中を叩かれたように、テルの頭が動き始める。

テル「はいっ」
キリ「それは良かった」
キリ「急なことで驚いてると思うが 説明は後でする」
キリ「今はここを離れることだけ考えろ」
テル「はい」
キリ「良い返事だ 大丈夫そうだな」
キリ「後ろを見てくれ 遠くに一本だけ背の高い樹があるな」

  テル、後ろを見る。
  ずっと向こうに、一本だけ大きな樹が見えた。

テル「はい 見えます」
キリ「詳しいことはそこで話す コイツは私が預かる」
キリ「だからお前は 全力でそこへ向かってくれ」
キリ「さぁ 行けっ!!」
テル「はいっ!!」

  テル、突き動かされるように走り出す。
  ただ目的地だけをみて。ひたすら走る。
  怪物の咆哮ほうこうが聞こえる。
  空気と地面が震える。
  足を取られながら転びながら、必死で目的地を目指す。

1.2.3

場所:大きな樹の下
時刻:夕方近く

  テル、目印の樹につく。
  倒れ込むように樹によりかかる。
  目を細めて、遠くの沼地を見る。
  怪物の姿はない。

テルM(あの人 大丈夫かな)

  テル、来た道を見る。
  あの人が来る様子はない。
  不安になる。
  不安を消すように、深呼吸をする。
  その息に、頭上から落ちてきた木の葉が乗る。
  くるりくるり。踊りながら落ちていく。
  何気なく樹木の見上げる。
  視線とすれ違いざま。
  樹上から影が降ってくる。

 テル「うわっ」

  影、音もなく着地する。
  すっと立ち上がる。

キリ「ずいぶんと 可愛い声で鳴くじゃないか」

  その人は悪戯げに言う。
  ぴんと尖った両耳に、浅い褐色の肌、白銀の髪、切れ長の眼。
  細くシャープにまとまった容姿は中性的に見える。
  革のスカウトジャケットに、トラウザとレギンス。
  服装からは猟師りょうしのように見える。
  ジャケットの胸元は少しだけ高くなっている。

キリ「おっと 今どこ見てた?」
テル「ご ごめんなさい」

  その人は、「ふっ」と鼻を鳴らす。
  テル、からかわれたことに気がつく。

キリ「まっ 無事そうでなにより」

 その声は、テルを助けてくれた声だった。

テル「さっきはありがとうございました」
キリ「困ったときは助け合いだ それに」
キリ「こんな所に装備もなしでいるんだ 初心者だろ」
テル「はい ログインしたばかりで」
キリ「いきなりあんな化け物だ 驚いただろ」
キリ「でも 死ななくてよかった」
キリ「開始直後に即退場なんて 興ざめだからな」

 キリ、テルと向かい合う。

キリ「私はキリ 種族はダークエルフ 職業は猟兵レンジャー
キリ「ちゃんとプレイヤーだぞ そっちは?」
テル「ボクはテルです 種族はーー」
テル「ワンちゃん? みたいな何か です」
キリ「そうみたいだな」
キリ「その耳と尻尾だ 人間ヒューマンではないし」
キリ「エルフやドワーフとも違う」
キリ「でも蜥蜴人ドラコンや 鳥人ファードって 感じじゃないしな」
キリ「まぁ 幼獣人シャルカだな」
テル「幼獣人シャルカは どんな特徴や能力があるんですか?」
キリ「あー うん カワイイ」
テル「それ以外は?」
キリ「聴覚と嗅覚が優れている」
テル「あの 戦闘に関しての特徴とか 無いでしょうか?」
キリ「無いっ! 戦闘向きの種族ではないんだ」
キリ「見た目は狼っぽいが 猟犬りょうけんというよりは 飼い犬だな」
キリ「あえて言うとしたら、仲間想いが強い、ってことくらいだな」
テル「それは 不遇ふぐうな種族ですね」

  テル、小さくため息。
  それは「くぅぅ」という音になる。

キリ「そう落ち込むなよ 弱いってことは デメリットじゃない」
キリ「全てに慎重にならざるを得ない」
キリ「その分だけ 観察眼や機転が利くようになりやすい」
キリ「どの種族よりも スリリングな冒険をできる」
キリ「一番楽しめる種族だな」

  キリ、口の端を上げて笑う。
  その笑顔は、キリの話が慰めではなく、事実なのだと物語る。

テルM(そうだ 愚痴を言っても何も変わらない)
テルM(欲しいものは 手に入るとは限らない)
テルM(でも 必要なものは必ず手に入る)

 テル、切り替える。
 視線が上を向く。

テル「あの怪物は キリさんが倒したんですか?」
キリ「あれな 倒してないぞ」
キリ「というか、私にはアイツは倒せないんだ。」
キリ「アイツは テルじゃないと倒せない」
キリ「アイツはボスだ」
キリ「この世界では キャラとボスは 常にペアだ」
キリ「テルがログインしたから アイツが生まれた」
キリ「ボスは ペアになったキャラの攻撃でしかダメージを受けない」
キリ「アイツには 私の攻撃は 通っていなかった」
キリ「近くにテルがいたからな アイツはテルのボスだ」
キリ「アイツは テルが倒す以外にないんだよ」
テル「ボクに 倒せますか?」
キリ「不安か? まぁ、そうだよな」
キリ「私も最初はそうだった 誰だってそうだ」

  キリ、目を細めて笑ってみせる。

キリ「でもな 主人公は いつだって自分より大きなものと戦う」
キリ「そういうものだろ いつだって大切なのはたった2つだ」
キリ「挑戦する意志と 折れない心だ」
キリ「だろう」
テル「はい」
キリ「でも 不安ってものは 言葉でどうにかならない時もある」
キリ「と言うか そっちの方が多いよな」
キリ「誰だって 助けが必要な時はある 特に最初は」
キリ「何かの縁だ テルが一人前になれるように 手伝ってやる」
キリ「テルが良ければ だけどな」
テル「もちろんです!  ぜひお願いします」
キリ「それは良かった じゃあ 2つだけ約束してくれ」
キリ「1つ目 私がするのは道案内だけってこと」
キリ「ココから半日ばかり歩いた所に 案内人チューターがいる」
キリ「その人が 冒険のイロハを教えてくれる」
キリ「私の師匠だからな しっかり教えてくれるよ」
キリ「私が手伝うのは そこに連れて行くところまでだ」
テル「ありがとうございます 2つ目は なんですか?」
キリ「そう こっちの方が大切だ 良く聞いてくれ」
キリ「もしこの先 危なくなることがあったら」
キリ「全力で逃げてくれ」
テル「危なくなったら 全力で逃げれば良いんですか?」
キリ「そうだ テルが危険な時に 必ず助けてやれる保障はない」
キリ「だから 危険に対して常にアンテナを張っていてくれ」
キリ「危ないと思ったら 全力で逃げて欲しい できるか?」

テルM(その約束の意味がなんとなく分かった)
テルM(言葉こそ選んでくれている でも)
テルM(初心者なんて 足手まとい以外のなにものでもない)
テルM(本当に危険なときに 頼れるのは自分自身だ)
テルM(誰かを頼って 気を抜くな)
テルM(もし その時が来たら 自分の身は 自分で守れ)
テルM(そういうつもりで 冒険をしろ)
テルM(きっと そういう意味だ)

テル「はいっ わかりました!」
キリ「それじゃ 決まりだな」

  キリ、右手を差し出す。
  テル、その手をとる。

キリ「よろしくな」
テル「よろしくお願いします」

  キリ、口の端をあげ、目を細めて笑う。
  歓迎の言葉を言う。

キリ「Another Worldへ ようこそ」

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