長崎出身者の『オッペンハイマー』レビュー・個人的感想
なぜ書こうと思ったのか。
私は日本人かつ長崎出身者なので、思考の文章化をしないと冷静にこの作品を評価できない判断したからだ。
実際、映画を見終えたあとはやりきれない怒りのような、素晴らしいものを見た感謝のような、悔しさのような、色々な感情が湧いてきた。
鑑賞から2日経った今なら冷静に書くことができるのではないかということで、今回はレビューと個人的感想を分けて書く。
レビュー
音響(95/100)
ほぼ100点。特に原爆の最終テストのシーンの音楽は圧巻。ドルビーシネマで見れたことに感謝。
減点したのは、ノーラン特有の野太いラッパみたいなフレーズが多用されていたことへの飽きみたいなものから。あまり映画を見ない人は気にならないと思う。
映像(80/100)
伝記なので真新しい表現はない。オッピーの脳内演出と夜の台地の映像は良かった。
原爆の映像はなんかしょぼかった。わざとCGを使わずに撮影したとのことだが、これならCG使ってでも実際の原爆に近づけたほうがよかったのでは。
脚本(90/100)
時系列をモノクロとカラーで交互に映す手法はメメント以来のお家芸。もし円盤が出るなら時系列順に並べ替えてほしい。
最後のアインシュタインとオッペンハイマーのやり取りが特に良かった。
登場人物が多いのは仕方ないとは言え、字幕等でもう少し配慮が欲しかったかも。
原爆開発の話と赤狩り(共産主義者狩り)に係る聴聞会の話、ストローズの公聴会の話の3つが交錯しているが、見せ所のために時系列がぐちゃぐちゃになっていて、1回では理解しづらい。だが、この見せ方でなければ淡々と進むため飽きてしまうという問題もある。要は2回以上見ることを想定している。
脚本内で訂正したい点が2点ある。
最初の標的は小倉と広島だったが、実際は雲がかかっていてよく見えなかったから標的を長崎に変更した。
次に、原爆を2発撃ったのは威力を見せつけるためと降伏するまで何度もやるという意思表示のためということだが、実際はウラン型とプルトニウム型の2発を作成したので、その実験のために元から2発撃つことは決まっていた。
演技(100/100)
ロバート・ダウニー・ジュニアはアカデミー賞でやらかしたが素晴らしい演技だったし、ゲイリー・オールドマンは最初誰か全くわからなかった。
演技も素晴らしいがメイクが素晴らしい。
個人的感想
まずは原爆の話題を映像化してくれたクリストファーノーランに感謝。ノーランはイギリス人だが。
この映画が作成された経緯(予想)
(1)赤狩りについて書きたかった?
当時ハリウッドも赤狩りに協力しており、長らく赤狩りについて正面から描いた映画は存在しなかった。ほとぼりが冷めたから作成できた?
(2)ロシア・中国への牽制?
現在、世界中で緊張が高まっており、オッペンハイマーが懸念した世界の状況が作られている。各国に向けて「早まるな!」と言いたかったのか?
原爆と日本人について
映画の中では広島と長崎の直接的描写はない。
私はこの手法は正解だったと思う。監督は直接的描写をして物議を醸し、本題の赤狩りや原爆を作ってしまったことの重大さから主眼が外れることを嫌ったためだ。
そして、ラジオで原爆投下の報を聞いて喜ぶアメリカ人科学者・一般市民。当然だ。そのためにみんな必死になって原爆を開発していたのだから。だが、オッペンハイマーだけが釈然としない表情のまま話が進行していく。
このシーンだけが日本人への「救い」なのかもしれない。
東京大空襲や原爆投下について、アメリカ人は「戦争に勝つために必要な犠牲だった」と教えていると聞く。
だが、カーチス・ルメイを知っている人はそうは思わないだろう。当時の東京大空襲は「効率的に民間人を殺すために急遽作戦を変更し効率化されていた」からだ。
そして、それはアメリカだけではない。戦争に参加したすべての国が、多かれ少なかれ効率的に敵国の戦力を削ぐために戦っていたのだ。日本もそうだ。
ただし、日本だけは自虐史観が強いため、悪いのは日本だという教育が続けられているのも事実だ。
戦争していた国に良いも悪いもない。あるのは勝つか負けるかだけで、勝者が歴史を作れるということだけだ。
私はこの映画は『大人の事情でカットされた原爆投下とその後のドキュメンタリー』だと総評する。
カットされた部分が知りたい人は広島や長崎の原爆資料館に見に行くと良い。目を覆いたくなる現実がそこにはある。
私は小学生の時に修学旅行で長崎の原爆資料館に連れて行かれた。その光景や事実は12才が抱えきれるものではなく、以降爆弾の描写があるフィクション作品でも胸が苦しくなる経験を覚えた。
あれ以来一度も資料館には行っていないが、私は今週末、資料館に行こうと思う。
この映画を見て、我々大人の役割は、核の恐ろしさをもっとよく知って、オッペンハイマーが想像した光景を現実にしないことだと思った。
それが監督の狙いかどうかはどうでもいい。ありがとう、制作者のみなさん!
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